生まれてきたのはよかったが、世の中がそう甘くないと深酒(ふかざけ)が分かったのは、困ったことに年金生活に入る少し前のことだった。神話の邇々杵(ににぎの)命(みこと)じゃないから、深酒の降臨はそうスンナリと上手(うま)くはいかず、時すでに遅し・・だったのである。ひとえに世の中を甘く見て、お供(とも)の者も少数で、整えず生まれ落ちた報(むく)いなのだが、深酒自身の責任でもなんでもなかった。だが、今更(いまさら)死んだ両親を呼び出し、愚痴(ぐち)る訳にもいかず、深酒は日々、ことあるごとに世の中は甘くない…と苦慮(くりょ)していた。そして今朝も、縁遠かった身の上を愚痴りながら、コーヒーを啜(すす)ると、口に含んだコーヒーの味は、やはり甘かった。深酒は散々、心を弄(もてあそ)ばされビターだった甘くない人生を振り返っていた。供揃(ともぞろ)えは、生まれる場合、かなり重要なのだな…と。そんな馬鹿なことを思いながら腕組みをし、「あああ…」と愚(おろ)かな溜め息を一つ吐(つ)いている間に、楽しみにしていたカップ麺がのび過ぎていた。
「あああ…」
深酒は、また一つ、溜め息を吐いた。
完
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