「聖書にこれあり、赦される事の少なき者は、その愛する事も少なし。この意味が分かるか。間違いをした事がないという自信を持っている奴に限って薄情だという事さ。罪多き者は、その愛深し。」
(太宰治)
私も同感です。希望の明日の力になる言葉だと思いました。
皆が会うのも会食も自粛しているのに、国のお役人は誰も罪の意識がないのだろうか。これこそ薄情者というのだ。
この世は交通事故や突然の不幸や病気、災難で亡くなった人は無数にいます。この世に未練があって残っている浮遊霊が多い。神社仏閣、遺跡、名所、森林、静寂な所…で魂が見えたり聞こえたりします。
ある者は救いを求める者、どうして良いか迷っている者、幸せそうな人を見て私もなりたいとその人につきまとう者…。
私はその魂を「淨佛」させたいと思っています。姿なき声を聞いた時、「淨佛する言葉」を掛けます。成仏されるように。あの世で生きる力になる言葉です。皆様も苦労している人や迷える魂に出会った時には救ってあげてください。ここで蓄えた力があればできます。
合掌 amen
日は昇り日は沈む。毎日8時間続けても飽きないものは何だろうか?
いくらでも旨いものを食べてもいいと言われても8時間は食べれない(早食い→長時間食い)。
好きな遊びや趣味も8時間は続かない。
自分にとって毎日8時間続けられるものて何だろう?
仕事、勉強、書道、書き物、ボランティア活動。あまり浮かばない。
「日が沈むまでやれるもの」それがライフワークになるのかもしれない。