以下の文は、NEWSポストセブンの『『刀剣乱舞』がきっかけで短刀買った女性、人生が一変した』と題した記事の転載であります。
『『刀剣乱舞』がきっかけで短刀買った女性、人生が一変した』
名刀を擬人化したゲーム『刀剣乱舞』などをきっかけにして、女性の間でブームとなっているのが「日本刀」だ。
戦前の1939年に発行された岩波新書の『日本刀』(本間順治著)は、2019年10月に76年ぶりに復刊すると全国から注文が殺到し、4か月弱で累計1万5000部を売り上げるベストセラーになった。
名刀200本の魅力と歴史を紹介する『名刀大全』(小学館)も、本体価格3万5000円にもかかわらず、売れ行き好調だ。
見た目が美しく、そして一振りごとに壮大なストーリーがある--こんなにも尊く崇高な世界に、翻って言えばなぜこれまで女性たちは気がつかなかったのだろうか。
日本刀を保存・公開する刀剣博物館学芸員の久保恭子さんはその理由を「刀剣の世界は、長らく女人禁制の風潮があったからこそ」と解説する。
「私が刀剣の道に入った約30年前は、刀をお借りするにも場合によっては私ひとりではダメで男性が必要でした。刀工さんの仕事場は相撲の土俵のように女人禁制、研師さんも同様で『女が研ぎ場に来ると砥石が割れる』と言われたものです。
でも時代とともに女性にも開かれるようになり、女性の研師さんも誕生しました。男性専一でなくなったことによって、ほとんど接する機会がなかった刀に多くの女性が触れるようになった時流も、ブームにつながった大きな要因だと思います」
刀匠・河内國平さんはその変化を肌で感じた1人だ。
「たしかにぼくが若い頃は刀を女性が持つことが無礼だとか、女は触ってはいけないと言われました。今では信じられないし、批判されても仕方がない話ですよね。だけど当時はそういう風潮があったのです。
それが段々、刀を趣味にしていた男性が高齢化し、その代わりにゲームやアニメなどの新しい切り口で刀を知った女性が入ってきてくれた。彼女たちはただただ、刀の持つ美しさや物語に魅了されている。これはとても尊いことです。男性は切れ味や日本人のロマンなど、建前が多い(笑い)。刀の本当の美しさを理解してくれる女性が増えたのは本当にありがたいことだと思っています」
専門書や展示物に飽き足らず、「マイ刀」を購入した女性もいる。
都内在住のOL平元寛子さん(30才)がその1人。
「小さな車が買えるくらいの値段でこれまでの人生で最も高い買い物でした」と笑う。
「5年ほど前から『刀剣乱舞』をきっかけに博物館や美術館に刀剣の展示を見に行くようになり、刀にまつわる歴史や伝承にも興味を持つようになりました。天眼鏡で刃紋や地金を拡大したときの美しさにますます虜になって、イベントで知った河内先生のもとを何度か訪れるようになり、2年前に『先生、私に刀を作ってもらえませんか』とお願いしたんです」(平元さん)
1年ほど待つと見事な短刀が完成した。
その日から、平元さんの生活は一変した。
「出来上がりを見て素晴らしいと思いました。現代刀ではあるけれど古い刀の気配を感じる作品で、こんな素晴らしいものが私ごときの手元にあっていいのかと。それまでひとり暮らしだったし、忙しかったから雑然とした生活をしていましたが、短刀を手に入れると“ちゃんとしなくちゃ”という気持ちになり、鞘から短刀を取り出すときはきちんと部屋の掃除をして、きちんとした服に着替えるようになりました。
素敵なものが手元にあると女性としてウキウキするし、シャンと背筋が伸びる気がします」(平元さん)
大阪に住む実業家の山田富美子さん(69才)も、河内さんの刀を購入している。
「刀って実は手入れがとても大変なんです。長いし重いし億劫になることもあります。だけどふっと見たくなったら、取り出して手入れをすると気持ちが落ち着くんです。同時に背筋が伸びる感じになります。昔から仏像が大好きで、よく奈良の寺院などに見にいきました。刀は仏像とは違うけど、流れてくる静謐さだとか、神秘性だとか、底流には同じものを感じます」
彼女たちのような本物志向の刀剣女子が登場する背景には日本社会の変化も関係している。
『名刀大全』を担当する小学館の高橋進さんは「金銭面でも精神面でも自由に振る舞える女性が増えたことが大きい」と指摘する。
「女性たちが自分なりの価値観を持ってそれを表明し、行動に移せるような時代になったことも大きいと思います。女性の生き方が画一的だった昔と違って現在は多様な生き方が認められるようになった。加えて、昔は女性が『刀が好き』だとは公言しづらい雰囲気もありましたが、いまはそうではない。自分で稼いだお金を自分が価値を感じたものに堂々とお金を使うことができるようになりました」
マーケティングコンサルタントの西川りゅうじんさんが注目するのは、刀の持つ「普遍的な価値」だ。
「変化のスピードが速い世の中ですが、天皇家に伝わる三種の神器の1つに剣があるように、刀剣は歴史を超越した日本の文化です。また、匠の技によって鍛え抜かれた日本刀の切れ味と美しさは世界一と言っても過言ではありません。そんな揺るぎない本物の魅力と価値が、多くの女性を魅了しているのでしょう」
移ろいやすく複雑で、先行き不透明な時代ゆえ、変わらない価値を持つ刀が多くの女性を癒すのかもしれない。
そんな刀剣女子たちに河内さんは心から感謝しているという。
「ぼくは復元も含めていろいろな日本刀を作ってきましたが、刀は昔の『斬る』という意味をなくしたから、このままではいずれ滅びるのではないかと思っていました。それを女の人たちが刀の生きる道を教えてくれた。これからは、美しさとしての刀を大事にすればいいという方向を示してくれました」
そう言って現代の名匠は頭を垂れる。
作り手と持ち手が相思相愛になり、刀ブームはさらに加速しそうだ。
転載終わり。