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「日本は現代のナチス」──。中国の習近平国家主席は、世界中でそう喧伝し、「反日」機運を高めようとしている。
韓国の朴槿恵大統領も、外遊のたびに「従軍慰安婦」問題を訴える。そして、アメリカの各メディアも、靖国神社に参拝した安倍晋三首相を「右傾化」と牽制する。
だがいずれの批判も正しくない。なぜなら、「先の大戦で日本が戦かったことは正しかった」からである。
それは単なる日本人の「弁明」ではない。欧米人からも同じ声が挙がっているのだ。今回は、そうした欧米の識者へのインタビューを通じて、欧米こそ歴史の見直しが必要であるという事実を確認したい。
歴史問題で責め立てられる日本。そこには、常に「戦中の日本は悪魔の国だった」という前提がある。だがその批判の根拠は、戦勝国が東京裁判などで捏造した“つくられた"歴史だ。
さらに言えば、捏造でもしなければ、戦勝国のほうが“悪魔"呼ばわりされかねないほど、日本の戦いには崇高な大義があった。
「大東亜戦争」を支えたのは人種平等の理念だったと語る、イギリス在住の歴史家、デービッド・ウィリアムズ氏に、世界史における日本の戦いの意義について聞いた。
「八紘一宇」の意味は人類愛
──いわゆる「太平洋戦争」には、どのような意義があったと考えますか。
ウィリアムズ(以下、ウ): 先の大戦の本質を理解するには、「大東亜戦争」という表現を使うべきでしょう。日本は戦争に負けはしましたが、連合国がどんなに「日本は間違っていた」と言おうとも、日本の戦いが、アジアにおける欧米の植民地支配の幕を下ろさせた事実は、誰も否定できません。
先の大戦の意味を正しく理解すべき
──当時の日本は世界的にも、高いレベルの思想を持っていたように感じます。
ウ: 大東亜戦争が始まる直前、近衛文麿内閣の下で掲げられた「八紘一宇(注)」という思想は、とても興味深い。この言葉に対して、リベラルな歴史家は、日本の侵略主義を象徴するネガティブなイメージで捉えています。
しかしよく調べると、八紘一宇には、2つの意味が込められていたことが分かりました。理念としては「普遍的な人類愛」、外交的には「アジアの安全保障」を意味していたのです。
たとえば、当時の日本が台湾海峡1カ所だけを守ったとしても、アジア地域の平和を維持できるわけではありません。
八紘一宇の意味を正しく理解することは、先の大戦の本質を正しく理解することと同義なのです。
──国際社会では、「アメリカをはじめとする連合国が、日本のアジア侵略を阻止した」と受け止められています。
ウ: その認識が誤りであることは、1919年のベルサイユ会議の時点で、すでに日本が人種差別の撤廃を提案していたことを考えれば分かります。
ウィルソン米大統領によって却下されましたが、国際会議の場で人種差別の撤廃を提案したのは、日本が初めてであり、歴史的なことでした。
ウィルソン大統領は南部出身で、政府の職員から黒人をすべて排除しており、この提案を受け入れられませんでした。
アメリカではその約30年後に公民権運動が起こりましたが、世界の人種差別をなくそうという流れは、日本から始まりました。その意味では、当時の日本は世界をリードしていたと言えます。
かたやアメリカは、先の大戦で、アジアにおける日本の権益を奪おうとしていましたが、そればかりか、イギリス、フランス、オランダの覇権も取り除きたいという帝国主義的な野心を抱いていました。
今日における「アメリカ一極支配体制」は、そのときすでに始まろうとしていたのです。
開戦は不可避だった
──「そもそも、日本は戦争を始める必要があったのか」という見方があります。
「大東亜共栄圏」は人道的な統治を意味する
──日本が行った植民地支配について、どう考えますか。
ウ: まず言えることは、日本の台湾統治のメインテーマは「投資」だということです。鉄道やダムなど巨額のインフラを整備しています。朝鮮統治について韓国人の感情は複雑でしょうが、台湾と同じように日本が莫大な投資をしたのは動かし難い事実です。
当時の日本を象徴するもう一つのスローガン「大東亜共栄圏」は、各国の主体性を尊重した人道的な形での統治を意味しますが、欧米の植民地支配では、こうした理想は一切見ることができません。
逆に欧米諸国は、この崇高な理想を「世界征服」に置き換えて、東京裁判で裁いたのです。
──アメリカから与えられた日本国憲法について、どう考えますか。
ウ: 特に憲法9条は、完全な主権の否定です。交戦権を放棄すれば、もはや国の主権はありません。9条と前文は捨てるべきです。
その意味で、現在の日本は、独立国家として名誉ある状態にはありません。国家としての主体性は、戦前の方がありました。
現在日本では、憲法改正の問題でもめているようですが、結局、日本人自身が「犠牲や負担を負うなら主権を持ちたくない」と考えているのでしょう。
しかしそれは、アメリカが東京裁判で日本を一方的に断罪し、主権の一部を奪ったことが発端です。やはり、歴史に対して誠実であろうとするならば、「日本は犯罪国家だった」という歴史認識は、見直されるべきです。
たとえそれが、アメリカ人にとって「不都合な真実」であったとしてもです。
ウ: ほかに選択肢はなかったでしょう。アメリカが世界の覇権を握るための次のステップに進むには、日露戦争、第一次大戦で勢力を伸ばしてきた日本の存在は脅威でした。
アメリカは、日本に対して国家の生命線である石油や鉄の禁輸を行い、さらに最後通牒とも言えるハル・ノートを突きつけました。それは、満州や仏領インドシナからの即時撤退など、日本が長年かけて広げた影響力を放棄するよう求めるものでした。
これを受け入れることは、日本がアメリカの保護国になることを意味し、現在の韓国の独立もなかったはずです。共産主義を広めるソ連の脅威を防ぐ必要もあり、日本は決してこの要求を飲むことはできませんでした。
原爆投下こそホロコースト
──日本に対するネガティブな国際評価は、フェアではありません。
ウ: その通りです。実は東京裁判に出てくる「戦犯」という概念は、本来存在しません。さらに、戦争を起こすこと自体は国家の主権であり、国際法違反ではない。
東條英機などが逮捕され、処刑される根拠はないのです。
ヨーロッパでは、1648年のウェストファリア条約以降、「敵にも正義がある」と考えてきました。しかし300年以上続いたこの伝統を、アメリカが覆しました。
十字軍のように「自分たちにこそ正義があり、敵には正義がない」という考え方に逆戻りした。その結果、日本の市民を焼夷弾で容赦なく焼き殺し、原子爆弾を落としました。そして、東京裁判で日本だけを裁いたのです。
─裁判官や陪審員、検事などがすべて戦勝国側の人々でした。
ウ: そんな裁判などナンセンスです。インドのパル判事だけが国際法の専門家でしたが、「日本は無罪だ」という彼の主張は無視されました。裁判ならば双方が行ったことを公平に審議すべきです。
一方、アメリカは市民を狙った爆撃を行いました。これは明らかな国際法違反です。アメリカの東京大空襲、2度に渡る原爆投下こそ「ホロコースト(大量虐殺)」です。
米ソが日本を開戦に追い詰めた
(おいかわ・ゆきひさ)
1960年神奈川県生まれ。上智大学文学部、国際基督教大学大学院行政学研究科卒業後、外資系証券会社を経て、幸福の科学に入局。現在、幸福実現党外務局長。
(ジョン・コスター)
アメリカ陸軍を退役後、ジャーナリストに転身。アメリカの軍事や歴史などに関する著書を書き、『この大地、わが大地―アメリカ・インディアン抵抗史』で、アメリカのジャーナリスト協会が選ぶシグマ・デルタ・カイ賞を受賞。他、『カスターの生存者』(原題:Custer Survivor)などがある。
コスター(以下、コ): 日本が真珠湾を攻撃したのは、アメリカ政府の思惑通りでした。
及川(以下、及): アメリカが戦争を望んだ理由をどう考えますか。
コ: アメリカにとって、中国は何としても制したい巨大市場でしたが、すでに日本が利権を得ていたので追い出したかった。さらにフランクリン・ルーズベルト米大統領は、ドイツに敗れかけていたイギリスを助けるためにも参戦したかったのです。
しかし、当時のアメリカ世論は戦争に反対でした。「イギリスとドイツの問題だ」という意見が大半で、ルーズベルトも大統領選で「外国に出兵させない」と3度も公言して当選したので、参戦を言い出せませんでした。
世論を変えるためには、日本から先にアメリカを攻撃させるしかなかったのです。
「日本は保護国になれ」
及: 具体的には、どのように日本を追い詰めたのでしょう。
コ: その戦略を立てたのは、財務省高官のハリー・ホワイトでした。アメリカとの戦争を避けようとしていた近衛文麿首相は、ルーズベルトとの会談を望んでいましたが、ホワイトは2人を会わせないように画策しました。
そして、在米日本資産の凍結や、日本に対する鉄鋼や石油の禁輸を進めた。さらに、インドネシアを植民地にしていたオランダからの石油の供給まで断ち切ったのです。日本は生命線である石油を止められたことで、窮地に立たされました。
及: 日本への最後通牒と言われるハル・ノートを作成したのもホワイトですね。
コ: そうです。「満州からの即時撤退」などの要求は、日清・日露戦争の犠牲を反故にして、戦わずして降伏しろと言っているようなものです。これを受け入れるくらいならば、日本はペリーが来航した1850年代の時点で、すでにアメリカの保護国になることを選んだはずです。
アメリカも予想した真珠湾攻撃
コ: 真珠湾攻撃は、当時のアメリカ人も予想していたはずです。
及: 当時のメディアは、どのように報じていたのでしょうか。
コ: 新聞各社は少なくとも7日前から、「極東の危機は深刻」「太平洋で戦闘か」という見出しを掲載し、「開戦間近」とまで報道しました。日本との間で何かが起こるのは、誰の目にも明らかでした。
またこの時期には、戦闘用の装備をしていない戦艦が、理由も告げられないまま真珠湾に派遣されています。艦長のジェームズ・リチャードソンがルーズベルトに抗議したところ、突然解任され、別の艦長が任命されました。ルーズベルトとその側近たちは日本に攻撃される可能性を知りつつ、わざと犠牲にしたのです。
及: ホワイトはソ連のスパイだったことが判明しています。
コ: 日本が真珠湾を攻撃したことは、実はソ連にとっても有り難いことでした。ソ連は東から日本に攻められ、西からドイツと挟み撃ちされることを恐れていました。日本がアメリカと戦い始めたことで、ソ連はドイツとの戦争に専念できたわけです。
他にも、日本の世界征服計画が記されている「田中メモリアル」が世界に出回り、日本は国際社会で糾弾されました。これはソ連の軍人が日本を貶めるために捏造したものだったことが、戦後明らかになっています。
ソ連の脅威を防ごうとした日本
及: 先の戦争は日本の侵略だったと思いますか。
コ: 日本が戦ったのは自衛のためであり、侵略目的とは言えません。日本が満州国を建国したのも、ソ連の共産主義がアジア全域に広がるのを防ごうとしたからです。ソ連は、政府を批判した人が銃殺される専制国家でした。
また、韓国併合も、「桂・タフト協定」によって国際的に承認されていたし、満州地域を支配することも、ポーツマス講和会議でセオドア・ルーズベルト米大統領が承認しています。
及: 他のアジア地域については、どうでしょうか。
コ: 日本が中国からインドまで進軍したのは、アメリカとイギリスからの中国国民党軍への補給を断つためでした。日本は石油の禁輸が解除され、国民党軍との戦闘も終結すれば、仏領インドシナから撤退すると言っていたので、アメリカがこの譲歩を認めれば戦争にならなかったはずです。
アメリカ人は真実を知るべき
コ: 日本は世界征服など考えておらず、アジア地域で最初の半年から1年で取れるだけの陣地を取って和平交渉に持ち込み、その後に陣地を返すつもりでした。第一次世界大戦までの戦争は、そのような形で終結していたからです。
しかし、アメリカは日本に無条件降伏を求めました。これは前例のないことでした。日本もそんな要求は飲めないため、戦争は長期化しました。
及: 原爆投下については、どうお考えですか。
コ: 日本を降伏させるとともに、ソ連のスターリンにその威力を見せつけて牽制したかったのです。ただ、その背後には、有色人種への強い差別意識があった。アメリカ人はそろそろ先の大戦の真実を知るべきです。
及: 戦後、白人優位主義は変わりましたか。
コ: 戦争中に、日本がフィリピンからアメリカ軍を追い出したことはアジアの人々に希望を与えました。大東亜戦争後、植民地だったアジア諸国は、疲弊したイギリスやオランダ、フランスなどの宗主国を追い出しました。ヨーロッパの植民地だったアフリカでも、あらゆる国が独立していったのです。
植民地主義の終焉は、おそらく伊藤博文たちが考えていたことです。日本政府は、少なくとも1800年代後半からアジアの解放を目指していたのです。