読者諸賢、ご機嫌いかが?
ハウリン・メガネである。
季節は早々に真夏に向かっているが、
諸君、盤の保管は大丈夫か?
盤が頑丈な媒体であるとはいえ、
そこはやはり"ヴァイナル"なだけあって、
あまりにも高温になるような場所におかれてはひとたまりもない。
直射日光の当たるような場所は極力避けて頂き
なお湿気が多い場所もカビ対策で避けたい。
良い物は大事にしよう。それが引き継がれる為にも。
さて、今回ご紹介する盤は
Beaver&Krauseの1971年作「Gandharva」
の紹介である。
おそらくある程度音楽に詳しい方でさえも
彼らについては「誰?」となってしまうであろう。よって少々長くなるが、前置きを含めお付き合い頂きたい。
1964年、一つの楽器が産声を上げた。
「ムーグ・シンセサイザー」
そう、現代的シンセサイザーの全ての源流と呼ぶべきシンセサイザーだ。
(開発者はロバート・モーグ博士。近年では博士の意思もあり正しい発音でモーグシンセと呼ぶ媒体が多いが、ここはあえて馴染み深い"ムーグ"と呼称させて頂く)
「ムーグシンセ」は簡単に言えば電気信号による発音をキーボードで操作可能にした始めてのシンセサイザーだ。
そのユーザーはビートルズを筆頭にELPのキース・エマーソン、クラフトワーク、ピーター・ガブリエル等々、枚挙にいとまない。
さらに言えば、映画でもSEやBGMに多様されており、
現代においてその音を聴いたことがない人はおそらくいないであろう、
まさに"シンセサイザーの始祖"と呼べるシンセなのだ。
(ちなみにムーグよりも先に開発されたシンセサイザーはテルミンやオンド・マルトノなど多々あるのだが、シンセサイザーをポピュラーな存在にしたのは間違いなくムーグの功績だ)
さて、そんな「ムーグシンセ」だが、ミュージシャンへ受け入れられるまでのハードルはかなり高かった。
なにせ、音を作る為の回路へジャックを挿し、
回路を構築するところから始めなくてはならない以上、
それまでの楽器とはそもそもの発想が異なる為、
一般的なミュージシャンへ受け入れられるには難しかったようだ。
そんなムーグシンセをポピュラーミュージックの世界へ紹介した立役者、それが、Beaver&Krauseの2人なのである!
申し訳ないことに私は彼らの経歴については詳しくないのだが、
どうやらモーグ博士がムーグシンセを開発していた際に親しくなったようで、
彼らが「ムーグシンセ」のデモンストレーターに近いことをやっていたらしい。
この頃にBeaverことポール・ビーバーは
モンキーズに「ムーグシンセ」を導入してサウンドメイクに一役買い、
同時期にBeaver&Krauseを結成するに至る。
モンタレーにも参加して注目されているのだが、
どうやらこの時期に友人だったジョージ・マーティンを通じてビートルズ…
特にジョージ・ハリスンに伝わっている模様だ。
また、Krauseことバーナード・クラウスが「ムーグシンセ」を紹介したユーザーを紹介すると...
スティーヴィー・ワンダー、ピーター・ガブリエルに前回この連載でも紹介したトーキングヘッズのデヴィッド・バーン!
どうだろう、この早々たる面々!
さらに米国の映画音楽業界に紹介したのもクラウス...
正に今の音楽業界にシンセを広めた大立役者達なのである。
そんな彼のグループBeaver&Krauseの作品が「Gandharva(US Mat1/1)」なのである!
さて、ここまでの文面から皆さんがご想像するのはどんな音だろう。
シンセばりばりのELPのような音か?もしくはクラフトワーク的なテクノサウンドか?
答えは否!その音は驚くほどの正統派ブルース・ジャズの系譜に並ぶGood Musicだ!
このアルバムのビーバー、クラウス以外の参加ミュージシャンを見ていただきたい。
ジェリー・マリガン(B.Sax)
レイ・ブラウン(bass)
ハワード・ロバーツ(guitar)
マイク・ブルームフィールド(guitar)
etc...
もう面子を見るだけで黒い気配が立ち上ってくるだろう(笑)。
事実その音は驚くほど正統派のブルース・ジャズサウンドで、
ELPやクラフトワークが使っていたような音は殆ど使っていない。
曲の合間合間や、ピンポイントの効果的な一瞬にシンセらしいサウンドは鳴っているものの、
それ以外のシーンではベースラインの補強や、裏で鳴るパッド的な役割に徹している。
だが、このアプローチ、間違いなく
「シンセの正しい使いかた」である。
どんな楽曲にもいえることだが、楽曲の成立自体を特定の楽器に頼る楽曲はその構造自体が弱いのだ!
さすがにデモンストレータとしてムーグに精通していたクラウスはその辺りのさじ加減が抜群に上手い。
さて、この盤はブルース、ジャズフィールの強い曲の合間合間にシンセを主体にすえた曲が挟まれる構成なのだが、A面とB面で印象が異なる。
A面ではブルース、R&B的な面を、
B面ではジャズ的な面を強く打ち出している。
A面では「A2: Saga Of The Blue Beaver」
「A4: Walkin'」、「A5: Walkin' By The River」がソウルフルで素晴らしいのだが、今回はB面に注目したい。
はっきり言おう。このアルバムのB面は優れたプログレアルバムである!
B1: Gandharva
シンセが荒地に落ちた雷のような風情をかもし出す、B面のイントロに相当するタイトルトラック。このニュアンスはムーグを始まりとするアナログシンセでなくては出ない。
B2: By Your Grace
ジェリーのサックスが中期クリムゾンのメル・コリンズを彷彿とさせる(ジェリーが先輩だけどね)が、中盤でクラシカルなオルガンが響き、全体に淡い哀切の響きが通奏低音のように響く良曲。
B3: Good Places
B2から流れるようにつながるが、前者が哀切ならこちらは切ない喜びを感じさせるメロウな曲。「星に願いを」を思い出す進行が美しい。
B4: Short Film For David
おそらくここでギターを弾いているのはハワード・ロバーツだろう。ウェットなリバーブの効いたギターをバックに、これまたジェリーが軽快なメロディを奏で、合間にビーバーと思われるピアノが転がる。
B5: Bright Shadows
怪しいメロディをサックスが奏で、それに応答するようにフルート、ピアノが柔らかなレスポンスを繰り返し、静かに、そしてふと気づけば終わってしまうエンディング曲。
以上、5曲がシームレスに流れていく様は私には優れたプログレッシヴロックに聴こえたのである。
B面を何度も聴いていて感じたのは、
このB面のニュアンスに近いものを感じさせるミュージシャンのことだ。
それはブライアン・イーノ。
そう、前回、トーキングヘッズの稿でも名前の出た自ら「ノン・ミュージシャン」を名乗る男のことだ。
イーノもシンセプレイヤーとしてクラウスのことは意識していたらしいのだが、この盤の音を聴いてそれがよく分かった。
イーノのプロデュース作品に通じる
「出しゃばり過ぎない電子音的アプローチ」の源流はここにある!
現代のシンセ音がビキビキいうだけの音との圧倒的な差がここにあるのだ!
若者よ!シンセの正しい使い方とはこういうものだ!聴け!この盤を!
こういう「埋もれてしまった名盤」
というものに接することができるのもアナログの面白さじゃないか。
夏の暑さに血を燃やして、アナログに熱を上げようじゃないか諸君!
以上、ハウリン・メガネでした。