やあやあ、読者諸賢、ごきげんよう。ハウリンメガネである。
最近、急に涼しくなったせいか少々調子が悪い私である。皆様も体調にはご注意を。
まあ、そんな話はさておき、今回のお題は写真でもうお分かりであろう!
前回のクリス・クリストファーソンの回でも名前の上がったジャニス・ジョプリンの遺作であり、前回書いたとおりクリスの名曲「ミー・アンド・ボビー・マギー」を収録した大傑作!「パール」である!
(写真の並び順で左上から逆時計回りに日本盤(ステレオ)、日本盤(クアドラフォニック)、EUリシュー(2007年)、EU(オランダ)盤である。そう、四枚!私が思わず四枚そろえてしまうほどの大名盤である!ガラッとミックスが違うということはないのだが、なんとも面白い事に四枚を聴き比べると日本盤(ステレオ)が一番迫力(ダイナミズム)があり音が良い。それ以外の3枚はそれぞれ細かな違いはあるが、はっきり言えばダイナミズムが少しスポイルされている感がある。なお、クアドラフォニックとは4チャンネルステレオのことでこの盤だけ妙にエフェクトがかったような音が聴こえる時があるのだけど、私がノーマルのステレオで聴いている為かもしれない。閑話休題。ちなみに表題のパールとはジャニスの愛称である。これまた閑話休題(笑))
こんなふうに書いてはいるが、先に白状しておこう。
私は昔、ジャニスが苦手だった!
最初に聴いたジャニスのアルバムは「Cheap Thrills / Big Brother & The Holding Company」だったのだが、当時グランジやハードロックに夢中な中学生だった筆者はCheap Thrillsを聴いても「あんまりハードじゃないな……」やら「なんでこの人はこんなにしゃがれた声で歌ってるんだろう……(サマータイムを聴いての感想ね(苦笑))」やら思い、「よくわかんねぇや」とこのアルバムを棚にしまいこんだのであった……
時は流れて数年後。たしか高校生だったはずだ。夜中にラジオを聴いていた私の耳にやたらとファンキーなベースが聴こえてきた。
裏で聴こえるギターや鍵盤がロックの気配を残しつつタイトにシブくリズムを刻むなか、ボーカルがハスキーな声で吐き捨てるように歌う”Won’t you move over”というフレーズは当時多少なりともブラックミュージックに接近しだしていた私の心を捉えた。(誰だ?メモしなきゃ……)とDJが曲名をナレーションするのを待っていた私に聴こえた言葉は……
「はい。お聴き頂いたのはジャニス・ジョプリンの”Move Over”でした」
……えーぇぇぇ?今の人が?あのえらい嗄れ声の?あの人?
翌日、学校帰りにCD屋によって”Move Over”が収録されているアルバムを探した私が見つけたのがそう、今回紹介の盤である「パール」なのでありましたとさ……
そんな紆余曲折を経てジャニスへの苦手意識が消えた私だが、その思い出を抜きにしてもジャニスの作品中一番好きなアルバムは、やはり「パール」だ。
理由は単純。ジャニスが一番レイドバックしているのがこのアルバムだからだ。
ものすごくざっくり言えば、先に挙げた「チープ・スリル」はやはりロック、それもサイケデリックブーム華やかりし頃ドンピシャのサイケデリックロックアルバムだろう。
次作である「コズミック・ブルース」はジャニスが一番ブラックミュージックに接近していた時期の大傑作であり、ジェームス・ブラウンもかくやと云わんばかりのホーンセクションもド派手にブロウするゴージャスなビッグバンドサウンドに仕上がっていた。
であるならば、この「パール」のサウンドを表現するのに最も相応しい言葉はなにか?そう、「レイドバック」である。
ジャニスが残した有名なメジャーアルバムは3枚(細かく言えばもう少しあるが、まあ、3枚ということにしてほしい)。その3枚全て、バンドが異なる。
チープ・スリルでのBig Brother & The Holding Companyはギター2人にドラムとベースの4人組。
コズミック・ブルース期(この時期にあのウッドストック・フェスティバルに参加している)のKozmic Blues Bandは先に述べた通り、ホーンセクションを含む大所帯。
そして、この「パール」でジャニスをタイトにバックアップするFull Tilt Boogieだが、鍵盤2人にギター、ベース、ドラムという5人組みである。
そして、パールはこのFull Tilt Boogieのプレイがとにかく素晴らしい!
ギター、ベース、ドラムがタイトにリズムを締め、そこに鍵盤2人が自由自在に彩りを添える。さらにコズミック・ブルース・バンドに比べて人数を絞ることで、よりジャニスとの密接なコミュニケーションを図る事ができたに違いない。
そんなバンドがしっかり脇を固めた結果、ジャニスが最ものびのびと歌うことができた、レイドバックしたアルバム、それがパールだと筆者は断言しよう(故にこのアルバムが遺作となってしまったことが本当に残念でならない。このコンビネーションが続いていたらさらなる名盤を生み出していたであろう気配がプンプンするのだ。さらに云うならばもしジャニスが生きていたらアレサと向こうを張れる白人女性ボーカリストになっていたであろうと筆者は夢想する)。
彼らのプレイの素晴らしさをざっくり書かせて欲しい。
先に述べた[A-1]Move Overのタイトさや、[A-2]Cry Babyでの緩急自在なリズム、[A-3]A Woman Left Lonelyでのモノホン感が凄まじいチャーチミュージック的サウンド、[A-4]Half Moonでの小気味よいファンクネス、そしてジャニスの死によってボーカルレスでの収録となった[A-5]Buried Alive In The Blues……これについてはジャニスのボーカルが入っていたらどうなったのかと想像するのも楽しいが、逆にフル・ティルト・ブギーのプレイに耳を済ませてみて欲しい。他の曲ではジャニスに歌に気が集中しがちだが、こんなに上手いバンドはなかなかいるものではないのが良く分かると思う)
盤を返してB面では先ほど述べた「レイドバック」というキーワードがよく合う楽曲が並ぶ。
[B-1]My Babyでのザ・バンドにも通じる神々しさすら感じる演奏、コーラスともに素晴らしいし、もう皆さんお馴染みであろう[B-2]Me And Bobby McGeeではリラキシンなカントリーもしっかりこなし(ここではジャニスもアコースティックギターを弾いている)、[B-4]Trust Meではソウルフルなグルーヴを惜しみなく発揮!(なお作曲者であるボビー・ウーマックがアコースティックギターで参加していることもお忘れなく!)。そして最後の[B-5]Get It While You Canでは[B-1]同様、またまたザ・バンドに匹敵する神々しい演奏できっちり〆る、という、まことに素晴らしいバンドなのである!(逆にジャニス級のボーカルでなければ彼らの方が主役になってしまうだろう。その意味において、まさにこれはボーカルとバンドの実力が拮抗した状態で生まれる名盤のお手本である)
さて、駆け足でご紹介してしまったが……皆さん上記の曲紹介で抜けているトラックがあったことにお気づきだろうか?
そう、[B-3]Mercedes Benzである。
なぜ飛ばしたか?そりゃそうである。この曲だけはバンドは入らず、ジャニスのアカペラなのだ(笑)!そして、この曲は私の一番好きなジャニスの曲でもある。
ジャニスの死の3日前に録音されたこの曲はジャニスのストンプと歌しか入っていない1分少々の小品である。それなのになぜ、この曲はこんなに素晴らしいのだろう。彼女のこの独唱はブルースにも、フォークにも、ゴスペルにも聴こえる。
ジャニスは歌う。
「ねえ、神様、私にベンツを買ってくださいな。友達はポルシェに乗ってる。私も負けてらんないのよ。友達の助けも借りず、働き続けてきたんです。ねえ、神様、私にベンツを買ってくださいな」
この曲の〆にジャニスの笑い声が入っているのだが、何とも飾らない、素朴な笑い声なのである。
大量消費社会への皮肉として書かれたとも言われるこの詩をジャニスが独り歌うとき、何を想っていたのか。
ショウビズの世界で戦い抜いて死んだ、心にブルーズを抱え込んだ女、ジャニス。
秋が近づきだし、物思いにふけりがちなこの季節。彼女の声に耳を傾けてみるのはどうだ。きっとあなたも何かを感じるはずだ。
ハウリンメガネでした!