ことの発端はヴァンゲリスの死去であった。
5月のことである。
ヴァンゲリス死去のニュースが流れ、編集長から「キミ、ヴァンゲリスのレコード、キープしてるぞ。せっかくだしヴァンゲリスについて書いたらどうだ?」とメール。
率直に言って筆者はヴァンゲリスの音楽を大して知らない。それこそ彼が音楽を担当した「炎のランナー」と「ブレードランナー」(あ、ランナー繋がりだ。原題だと炎のランナーは"Chariots of Fire"だけど)ぐらいなのだが、この「ブレードランナー」の音楽だけでもヴァンゲリスは素晴らしい(SF者としてはやはりこれは外せませんな)。
ヴァンゲリスという人はシンセサイザーが相当お好きだったようで、スペイシーなフューチャリズムに溢れた音(今となってはレトロ化してしまったきらいがあるが)をふんだんに使う(ただ、彼の良さの本質はそこではないのだが、それは後述する)。このヴァンゲリスが作り出すシンセのフューチャリズムとリドリー・スコットが作り上げたあの映像のフューチャリズムがドンピシャでマッチした結果が現在に至るまでの「ブレードランナー」の評価に繋がったのは間違いあるまい。
とはいえ、これはやはり映画のサウンドトラック。サントラというのはやはり絵と音をセットで鑑賞してこそ本領が発揮されるものであり、単体で鑑賞するより、DVDなどで楽しむのがベターだろう。
では「ヴァンゲリスの音楽」を楽しむのにちょうどいい作品は?
それがこの「ジョン・アンド・ヴァンゲリス」のアルバムである。
ヴァンゲリスは過去、リック・ウェイクマンの後任としてイエスへの加入を打診されている。
自身の作風を変えたくない、とヴァンゲリスが断ったが、この時に知り合ったイエスのジョン・アンダーソンと気が合ったらしく、その結果生まれたのがこの「ジョン・アンド・ヴァンゲリス」のアルバムである。
ヴァンゲリスが作り出すフューチャーオリエンテッドなサウンドをバックに歌うジョン・アンダーソンはイエスでの彼とも異なる魅力があり、中々の良盤。
イエスといえばキーボードのリック・ウェイクマンもミニモーグの愛好家だが、ヴァンゲリスはどちらかというとポリシンセ(シンセにはモノ(単音)とポリ(複音)があり、ミニモーグはモノ。前者は同時に発音できる音は1音、ポリは回路構成によるが2音以上の音を同時に出せる。簡単に言えばモノは独唱、ポリは合唱だと考えればよい)を愛用していたらしく、モーグ的なファットなアナログシンセサウンドというより、クラフトワークに通ずるような「生楽器では出せない音」の作り方がとても巧み。
そしてヴァンゲリスの良さはこの「生楽器では出せない音」と生楽器の組み合わせ方であり、彼の本質的な良さは曲のメロディと、バックのオーケストレーション能力にある。
曲を俯瞰して見たときに「このメロディは力強さが欲しいな。これはサックスだな」とか、「このベースラインは単調な感じがほしいからシンセベースとシーケンサーの組み合わせだな」というように、必要に応じて楽器をコンビネーションさせているのであり、ブレードランナーでシンセを全面に出したのも映像がシンセサウンドのフューチャリズムを求めたからであり、必要な箇所に必要な音を配置した結果があの音楽だったというわけだ。
ヴァンゲリスがシンセを好んでいたのは彼が必要としていた、生楽器では出せない音をシンセが出せたからであり、「シンセが使いたーい!」という欲求ありきでのあのサウンドが生まれた訳ではないのである(これ、私も機材オタクな面があるので常々自戒するよう意識しているが機材が使いたい欲求が先にくると大概ろくな結果にならない)。
その結果生まれた彼の作品の質はこの「ジョン・アンド・ヴァンゲリス」にも現れており、賛美歌のような美しいメロディと、生楽器とシンセを巧みに組み合わせ、必要十分な音色で構築された過不足のないフューチャー・オリエンタリズムに溢れた素晴らしい音に仕上がっている……
ということを考えていたのが6月半ばのこと。
そして今回の本題はここからである。
日本が誇る大作曲家、渡辺宙明先生が6月にお亡くなりになったのだ。
宙明先生の名前を知らなくても先生の音楽を聴いたことのない人は殆どいないはずだ。なにせマジンガーZの主題歌(劇伴も)は先生の作品!
そしてヴァンゲリスには悪いが、私ゃ宙明先生の音楽の方が百倍影響されている!
何故なら初期東映戦隊ヒーロー(ゴレンジャーからゴーグルファイブ)、キカイダー、アクマイザー3、東映版スパイダーマン、そしてギャバンからスピルバンまでのメタルヒーローを筆頭とした70年代〜80年代初期東映特撮ヒーローの主題歌と劇伴は、ほぼ先生の作!(私は正確には世代ではないのだけど、子供の頃、親がレンタルビデオで借りてくれたのでしこたま観ていたんですな。ちなみに96歳で亡くなる直前の戦隊シリーズ、機界戦隊ゼンカイジャーの劇伴もご担当!最後まで現役を貫かれた!)
先生ご自身は大正のお生まれで、映画音楽やクラシックの影響が根底にあるようなのだが、プロになってからも渡辺貞夫氏にジャズのレッスンを受けられるほど勉強熱心な方で、息子さん(作曲家の渡辺俊幸氏)が聴いておられたブラッド・スウェット・アンド・ティアーズのようなブラスロックも「これは良い」と、ご自身が良いと思ったものをドンドン取り入れられ、結果生まれた、俗に「宙明節」と呼ばれる作風(特に先述の特撮ヒーローシリーズで全面的に聴けるものだが)、これが誠に素晴らしい!
マイナー・ペンタトニックやブルーノートスケール(ブルースやジャズでよく使われる音階)を主体としたエモーショナルかつクールなメロディ、フレーズを主体に、タイトでグルーヴ溢れるリズムセクション、キレのあるブラスやストリングス、ティンパニやヴィブラフォンによる装飾が先述のヴァンゲリスにも通じる「必要な箇所に必要なものを入れる」というマナーの下に使われており、重厚かつ過剰感のない見事なオーケストレーション!
レコーディングでは先生も立ち会っておられ(細かいフレーズはセッションプレイヤーにお任せなケースも多かったらしいのだが)、例えば「ジャッカー電撃隊」のOPでのイントロ、コンガがタイトにリズムを刻む中、ヌルッと入ってくる地を這うような粘っこいベースの入りは非常にスリリングだし、宇宙刑事ギャバンのED「星空のメッセージ」のギターはヴァースではタイトにワンコードの裏打ちカッティングに徹し、コーラスでは一気にドライヴサウンドでの白玉コード一発で迫力を出すなど、今聴いても大変勉強になる(特に後者は筆者のお気に入りで、串田アキラさんの歌の良さと相まって、素晴らしいロックバラードに仕上がっていると断言しておこう。歌詞もいいんだよなぁ。余談になるが先生の作品、結構な頻度でワウギターが入る(前述のジャッカー電撃隊のOPとか)。特にキカイダー01のOPなんかクリーム期のクラプトンばりのワウギターが入っており、今考えるとマイナーペンタやらカッティングやらワウやら、私がブルースロック、ひいてはブラックミュージックの道に進んでいったのは子供の頃に宙明節を刷り込まれたからでは?という自問が湧いてくるのだが……結果オーライ!)
そして忘れてはいけない。ヴァンゲリスと先生には大きな共通点がある。
それがシンセサイザーの使い方だ!(なにせ日本に最初に輸入されたミニモーグ数台中の1台を購入されたのは宙明先生その人!)
例えばキカイダーでキカイダーを苦しめるギルの笛の音。最初オーボエのような音で始まるのだが、徐々にノイズ成分が増えていき、耳障りな音に変化していくあれ、あれがモーグ(先生ご自身で音を作ったとのこと。聴くだけで不安になるメロディも凄い)。
他にもデンジマンのOPでのシーケンシャルなフレーズや「プシューッ!」といったノイズ音なんかもシンセで作っておられたり(モーグではないらしい。ちなみにこのシーケンシャルフレーズのプログラムを担当したのはYMOのマニピュレータである松武秀樹氏とのこと。時代を感じますなぁ)、メタルヒーローシリーズでの楽曲ではまさにアナログシンセ!という音が多用されている。
そして先生もヴァンゲリス同様、シンセの使い方は徹底している。
そう、宙明先生もまたオーケストレーションの達人!あくまでシンセを使うのは生楽器では出せない音が必要な箇所のみ!
故に生楽器の良さとシンセの特徴的な電子音が見事に組み合わされた宙明サウンドは今聴いても血が滾る!
ヴァンゲリスにも宙明先生にも職業作曲家としての美学を感じる。
もちろん作風は異なり、ヴァンゲリスには教会音楽的な荘厳さがあり、宙明先生には普遍的なメロディの良さとそれを支えるアレンジの多彩さがある。
だが、両者に共通すると感じるのは「オーケストレーションの美学」だ。
その作品に沿う音楽(劇伴だろうが主題歌だろうが)、それを構築するためにはどんな音が必要か。生楽器だけでは出せない音が必要ならばシンセを使って新たな音色を使う。シンセでも出せない音なら楽器を違う奏法で使ってみる(宙明先生はヴィブラを弓で擦ったりもしたそう)。シンセが不要なパートであれば生楽器できっちり構成する。
今の我々は技術の発達によって最初からシンセだろうがサンプラーだろうが使い放題だ。だが、本来シンセサイザーとは生楽器では作り出せないような音を作るために生まれたもの(まあ、異論もあるだろうが)。
まず生楽器があり、電気楽器があり、そして電子楽器がある。クラシカルな方法のようだが、これが本来の音楽の作り方だ。
そしてヴァンゲリスと宙明先生の作品はそれをちゃんと教えてくれる。
偉大なる作曲家お二人に哀悼の意を!
ハウリンメガネでした!