闇の中、
細い蚊取線香に火を点し的の前の砂に立てる
しかし闇の中にあって、その火は阿波研造師範とヘリゲルの位置からは微かに光る一点にしか見えない
もちろん的のあたりも真っ暗だ
師範は、弓と二本の矢を取り
まず第一の矢を射た「発止(はっし)」という音で的に命中したことがわかった
続いて第二の矢が打ち込まれた
ヘリゲルは的に近寄って二本の矢をあらためた
第一の矢は、的の真ん中を
第二の矢は、第一の矢の筈に当たって、それを二つに裂いていた
阿波研造師範は言う
「第一の矢はともかく、第二の矢はどう見るか?これは私から出たものではなければ、私が当てたものでもない。こんな暗さで一体狙うことが出来るものか。それでもまだあなたは、狙わないと当てられないと言い張れるか?」
このことがあってからヘリゲルは
疑うこと、思いわずらうことをぷっつりと止めてしまった
彼は矢が的に当たるかどうか
自分がどう矢をいるかどうか
一切気にすることなく
ひたすら稽古に励み
ついに入門五年目にして弓道五段の免状を与えられるまでに上達した
この頃の心境を彼は
「このように体得したことは、たとえ私の手が突然弓を引くことができなくなっても、決して失われることはないだろう」
「弓を射ることは、弓と矢をもって射ないこと。射ないことは、弓も矢もなしに射ることになる」
【原因(無心)→結果(矢が的に当たる)=弓と矢で射ない、弓も矢もなしで射る、、私はいない、計らない行為があるのみ、それはいったい何が動いているのか、、完璧な命の発現か、、】