よく分かる 住まいづくり・・(檀建築コンサルタント)

私達の考える住まいは、住まいづくりの原価を探り、無駄のない資金で、遊び心のある家を作る事。

作る

2010-03-11 08:07:20 | 物づくり

作ることは、全て我々の生活に繋がり、有形のもの無形のものも含め、広い意味からの”作る”ことは私達の生活の中では、大切なことであり、作れなくなったら生活その物が成り立たなくなると言っても間違いではない。

作ることは、つまり生み出すことであり、人も物も、考えも生み出さないと増えてはいかない。
ただ、今の時代は自らが生み出す事をわすれ、生み出された物を使う側に廻っており、流行に乗り、ラベルを求め、本来の作り出す価値を忘れかけているようにも思える。

長年家づくりに携わっていると、それが良く分かり、物づくりの情熱が年々薄くなって来ているようにも思える。

多分、時代の流れの中で、出来上がった商品ばかりの中で、作る事を考えず、作られた物を自分の生活の中に当てはめる事を考える事が増え、作る情熱が徐々に薄らぎ、自分の個性も何処か大切に思わなくなってきているのだろう。

”おしきせ”と言う言葉があるが、 おしきせは、嬉しい言葉ではなく、また喜べる行為でもないが、それが一つの流行の中では”おしきせ”が流行となって受け入れられているのは驚きでもある。

メディアで、今年の流行をコマ-シャルで流し、それを見た消費者達は、まんまとその流行にはめられ、知らないところで”おしきせ”にはまってしまい、流行に火を付けてしまう。
赤い服を着て似合う人と、似合わない人が居るが、
どちらも、流行を追いかけ、似合わない人も、流行色を身につける事で満足する。

本人は、個性を表に出さない人だと言われているが、
作り出す意識が薄らいでいく中で、ますます個性が失われ、個人個人が持つ色が薄らぎ、日本色を作り出す事になってしまう。


作る

2010-03-10 07:56:12 | 物づくり

 つくる・・・には”作る”と”創る”とがあり、実際に物を組み上げて作るのと、物を考えながら想像し創りあげるの二種類があり、後者は時には妄想になってしまう場合がある。
創造の世界の中には、バ~チャルがあり、それさえも今3Dで仮想敵に形に表す事さえ出来るようになった。

図面をかざすだけで、自動で3Dが立ち上げる事の出来る機能もあり、創るも、作るも、領域を持たない表現となってしまいそうなのが現実になりつつある。


日常生活の中にも、バ~チャルは存在し、私達の物づくりの中にも存在する。
日常の中には映画があり、テレビがある、今人気のあるアバタ~などは、その典型で仮想世界の中に引き込まれ、現実では起こりえない世界を観ることが出来る。

私達の物づくりの中のバ~チャルは、現実的で造り上げる事の出来るものを創造し、頭の中で3Dを立ち上げながら、それを図面やスケッチに描き写す。
書くときには、殆ど頭の中では出来上がっており、立ち上げにくいところを絵の中で具体的にまとめていく。

映画やドラマのようなバ~チャルとは違い、妄想にならないように、予算を考えながら組み上げなければならない。
そんな中でも、組み上げられた物に、夢を与え、遊び心を思い起こさせるような物で無ければならない。

時には、予算と想いの板挟みの中で、迷わなければならない時もあるが、そこが物づくりの楽しい所なのかも知れない。


作る

2010-03-09 07:31:44 | 物づくり

 今の時代は物があふれ、自分で作らなくと殆ど必要な物が揃う。特に子供のおもちゃなどは、今自分で作ることは殆どしない。
物を作る行為は、欲しい物を手に入れる為だけではなく、
作る過程の中で色々学ぶことが出来る為、物づくりは価値のある物がいっぱい副産物として作り出される。

私達が子供の頃は、おもちゃは買う物だとは考えられず、
自分で作る事が普通であり、飛び道具を作ったり、おもちゃの船を造るため、建設現場に行き、大工さんに使わなくなった材料の切れ端をもらい受け、のこぎりを使い、釘を打ち、ナイフを使い、池に作った船を浮かべた。

時には頭でっかちになり、浮かべるとひっくり返ってしまったり、傾いたり、それをまともに浮かぶように修正をし
修正する過程で、船はどんどん形を変え、船らしくなっていく。

このように、物づくりに共通するものは、作る過程の中で、思考力とアイデアとデザイン制を考えながら工夫することによって、思いもよらない満足感を得ることが出来る喜びを味わうことも出来る。

作ることにより発想が生まれ、自分の限界も知ることが出来、時には自分の性格が、その過程の中で邪魔をしたり、その性格と格闘しなければならないときもあるのだ。

根気が養われ、諦める屈辱を味わい、自分と向き合いながら、自分に苛立ちを覚えながら造り上げていく。
自分で作ることにより、物づくりの苦労が分かり、物の価値が分かってくる。

理屈通りに行かないことや、望む物を作るには多くの時間がかかることなど、経験の中から多くのものを学ぶことが出来る。


作る

2010-03-08 09:16:41 | 物づくり

物を作るのは楽しいもの、簡単な物や難しい物が有るが、難しい物ほど楽しみがあり、また苦労もある。
難しい所を上手く納めることの出来た時の、満足と爽快感は、作る楽しみでもあり、それとは逆に思い通りにならない時の苛立ちと、自分の未熟さに腹をたてる時もある。

失敗に気付いた時は、何段階も先に進んでおり、後戻りすると、苦労して納めた部分もばらさないと戻れない時、などはどうしたものかと悩み、戻る手間の大きさで戻れない場合さえあるが、そのまま戻らず出来上がった物は、結局後悔する羽目になってしまうことがよくある。

趣味の中の物づくりは、思い通りに出来なかったとしても、自分が納得の上での結果として受け止めることが出来るが、依頼を受けて作る建物はそう言う訳には行かず、失敗に気付いたとき誤魔化さず、非情になり戻る指示を出さなければならない為、辛い決断になる場合もある。

手抜きが見つかるのとは違い、一生懸命やった結果の中の間違いは、簡単に”やり直してください”とは言えず、職人の立場や思いを理解しながら、説明を加え、職人にやる気を無くさないように元に戻さなければならない難しさがある。

人間には、思い違いや、間違いは必ずあり、それを責めるのではなく、間違いは間違いと認め、戻った時落胆を残さす、やる気を持続させる心遣いが、物づくりを楽しくさせ、良い物を残す事に繋がるのだろう。


作る

2010-03-07 09:22:59 | 物づくり

 物づくりの中では、基本的な考え方は全て同じで、料理を作るにしろ、家具を作るにしろ、思い描いた物を形にし、出来上がったものに対し、満足出来るかどうかでその価値は決まってくる。

料理の場合、作る人の性格なり、かけた食材の良し悪しによって出来上がりが違い、納得できるか出来ないかはそのひとの技量もあり、そこにかける予算によっても違ってくる。
このようにして、自分で物を作るとき、予算や作り方の工夫により、思う以上の物が出来たり、思い通りに出来なかったりするが、その結果に対しては、自らの中で反省すべき問題や、予算の都合なぞにより、納得出来る。

住まいづくりにおいても同じ事が言え、納得出来るものや予算にそぐった物、それ以上の物を手に入れたいと望むのは当然の事で、その為にプロにお願いし、専門的な知識を借り、計画を進める。
自分で作る物と違って、依頼先の会社や人により方向が変わり、ともすれば自分の望む物に行き着かない場合もある。

この時大事になってくるのは、見極めであり、その見極めとなる条件は、会社の大きさでもなく、ブランドのラベルでもなく、物づくりをする基本姿勢の中に有るのだろう。
利益優先の考えなのか?
デザイン優先の考えなのか?
品質優先の考えなのか?

 

条件を挙げればきりがなく、行き着くところは、住む人の為に何処まで配慮しているかと言うことになってくる。


 



 


作る。

2010-03-06 07:58:28 | 住まいづくりの進め方、考え方

商品を買い、支払をするとき、「ポイントカ-ドお持ちですか?」・・と必ず聞かれる、「お作りしましょうか?」と聞かれるが、「結構です」と答えるのが常、ポイントをあげるって言うんだから、もらっとけば良いものを、つい、作る面倒さと、持つ面倒さがあり、作らずじまい。

私は、料理が好きで、従業員の昼食は、いつの間にか事務所のキッチンで毎日せっせと作り、最近は殆ど外食や、お弁当を買ってくる事もない。
特別、献立を考え作っている訳でもなく、有るもので作るようにしている。
一週間の定番メニュ-を決め、買い物に行ったときはその材料を籠にほりこみ、後は適当に野菜、肉、魚、と言ったように、何かを作るために買うのではなく、・・適当。

買い物に行くサイクルは。一週間から10日に一度行き、一度に1万円前後の買い物をする。
時間のあるときは、業務ス-パ-で野菜を買い、その他の物はス-パ-で揃える。
自分の分も含め、一日5食を作り、食材費と調味料代で一食200円で作れる計算となり、米や熱量費用を含めても、一食300円以下となる。

レシピは持たず、とにかく15分で作れる事と、作るからには美味しい物で有ることが鉄則で、時間のかかるにものは、夜に煮込み一晩寝かせて昼食に出す、その方が味が染みて美味しく頂ける。
いつの間にか、「美味しい!」・・と言って貰えるのが嬉しくなり、いつの間にか毎日昼食を作るようになってしまった。

 

いつの間にか、従業員はお昼を楽しみにし、その楽しみを裏切らないようにと、自然とひとひねりする事が自然になり、それが楽しみとなりマンネリの中で作るのとは違う喜びを味わい、美味しい物が食べられる。
美味しい物を食べる事は、難しい事でもなく、手間のかかることでもない。
ちょっとした心の持ちようや、意識の違いで美味しくもなり、まずくもなる。

 

 


選択

2010-03-05 08:02:02 | とりとめもなく

 選択肢の違いにより大きく変わる。人生も同じように誰と出会ったかによって変わる場合が多いい。
出逢った人が変えてくれるのではなく、出逢った人の影響を受けながら、自分の行動や物の考え方、捉え方が微妙に違ってくるのだろう。

持って生まれた体質や、気質が変わるわけではないが、自分が持っているものが出せるようになってくると言った方が分かりやすいのだろうか?
子供が、成長過程の中で、悪友仲間と一緒に遊べば、子供はその環境に自然と適応し、その世界が自分の居所と思うようになり、そこから離脱出来ず悪に染まっていくように、最初の出逢いでその先で手に入れる物が変わってくると言っても過言ではないだろう。

社会にでる時、結婚をする時、その時々で選択肢があり、その時の決断で自分の人生に大きな変化を強いられる事がある。
就職先が思惑と違った場合、その時その会社を辞め、その失敗を踏み台に、次の就職先を決めることも出来るが、結婚をし子供が出来、「私が求めてるものはこんな人生ではない」と思っても、仕事先を変えるように簡単に移ることはできず、我慢して生きていかざるを得ない事にもなる。

住まいづくりの選択肢は、何処か結婚を決断する時の人との出逢いに似たところがあり、どんな人に出会うかによって、建物の中身や満たされる物が変わり、満たされた物の中に住み、気に入った物の中で生活する充実感を味わえるのも、選択肢の違い、つまり出逢いにより変わってくる。


選択

2010-03-04 07:43:43 | 住まいづくりの進め方、考え方

 住まいづくりの選択肢の中で、今までは広告や口づてでしか情報が入ってこなかったが、今日、本当に納得する物づくりをと考え、探せば多くの情報を入手することも可能となった。

この多くの情報の中で、さて・・この情報をどのように選択していけば良いのか、情報分析や興味のある業者や事務所に気軽にアクセス出来るまでになっていないのかも知れない。
傍観者的な立場を取りつつ、自らが動き財産を守る為に動こうとはしないが、多くの人が見学の為向かう総合展示場には、何の抵抗もなく出向き、そこで気を引く言葉や、接客の対応の良さに感動すれば、その業者で決めてしまう。

テレビのような家電商品を買うならそれでもいいと思うが、ゼロから造り上げていくものを決めるのに、展示場の従業員の一人の人の接客態度によって決めてしまって良いのだろうか?
建物は、多くの情報を必要とし、多くの要望を何処まで満たすかであり、その中で如何に資金を有効に使い、出来るだけ我慢しないで家を作ってこそ、納得出来る家になるはず。

建築途中で後悔しても後戻りは出来ず、後悔を持ったまま完成を待たなければならない。


選択

2010-03-03 07:27:12 | 住まいづくりの進め方、考え方

 誰にでも予算の限界はあり、守って行かなければならない家族がいる為、資金計画をし、無理のない所で返済を考えなければならない。
25~30年の期間をかけ支払っていかなければならない返済は、金利も含めると借りた金額の倍以上を支払わなければならない。

このようにして、殆どの人が覚悟を決め、長い期間返済しながら住み続けなければならない大切な住まいにも関わらず、私達から見るとス-パ-に行って物を買う感覚で、展示場を廻り「あの展示場の接客が良かったから」
と言ったような、住まいとは全く関係のない所を判断基準にし、住まいづくりを始める人が居るのは、私には信じられない。

この選択の裏には、日本人特有とも言える、ラベル優先の考え方があると思われるが、名の通ったラベルを貼ってるから良い商品とは限らない。
住み続ける中で満たしてくれるものは、ラベルではなく品質であり、満足出来る内容で無ければならない。

殆どがクロスと木に似せたシ-トを貼った商品で仕上げられた物が多く、その殆どは石油から作り出されたもの。
そんな商品に慣れてしまい、クロスとシ-トと集成材で造り上げられた仕上げ材に不満は感じていないのだろうか?

そんな家が、坪単価40万円以下で出来ていればまだ納得も出来るが、実際はそんな額ではなく、坪単価70~80万円もかけて化学物質を出す仕上げ材の中で住み続けることに対し疑問さえ感じていないようだ。


 


既製品

2010-03-02 07:42:26 | 材料

建物に使う商品は、規格化され造作材と言われる仕上げ材、例えば窓枠、額縁、廻り縁・・・・。
その殆どが既製品となっており、MDFに木彫を印刷したシ-トを貼った商品や、寄せ木にした商品が殆どで、昔は無垢の材料から、殆ど加工された。

現場にプレ-ナ-を持ち込み、使える形に加工し、造り上げていった。
今、現場に加工用の大型機械を持ち込む事はなく、せいぜいハンドプレ-ナ-程度で、殆ど使われることは無い。

建物から木の臭いがしなくなり、色にも深みが無くなり、見た目の綺麗さだけが残る建物が多くなった。プリント技術は進歩し、私達が観ても無垢材と間違うほど良く似せて作っている商品さえある。
このように、建材でさえ無垢物を殆ど使わなくなった今、大工さんの中には、使う機会が少ないため木の種類さえ分からない職人が増えてきた。

木を知らないと言うことは、それぞれが持っている木の癖も分からず、削ってひっつけるだけしか知らないため、せっかくの無垢材が台無しになってしまう。
無垢と無垢の偽物との大きな違いは、無垢は経年変化により色に深みが出て、年を重ねる毎に綺麗さを増し、一方は、出来たときは綺麗だが、時間が経つに従い、色は光沢を無くし、深みも薄れ、傷が付けば削る事さえ出来ない。




原価

2010-03-01 07:12:16 | 住まいづくりの進め方、考え方

 国内では、原価で買うことの出来る商品と、出来ない商品があり、設備機器や外壁材なぞ、カタログによって商品が確認できるものは、殆ど原価は有っても、原価で一般には買えない。

商社を通じて買うか、そのしたの代理店で買うか、しなければならす、最短でも一つの会社を通さなければ買えなくなっている。
一般消費者が買う場合、最悪のパタ~ンは、商社→代理店→販売店→施工業者→下請け業者と5つ以上の会社の利益が上乗せされ販売される。

買っている施主様はいくつくぐってるのか、どれだけの利益を乗せられているのかさえ知らないで買っている事になる。
このような複雑な流通を止め、直接代理店から買う事で、一つの商品の上乗せ利益は不要となる。
サッシやク-ラ-は、半値八掛けといわれており、工務店が買う金額が大体この金額になるだろう。
定価の60%引きとなり、交渉によっては65%ダウンまで下がる場合もある。

例えば25万円のク-ラ-が8万7千500円で買えると言うことで、原価を出していない施工業者の場合、これが17万5千円と見積もりに計上される事だろう。
他に、本当に原価で買える商品も少ないが存在する。

無垢板などは、建材店でも買えれば、銘木店でも買うことが出来るが、原価で買う場合、原木買いをするか、製材店で在庫している商品を買う。

例えば、テ-ブルの天版を買うとすると。
樹種にもよるが、銘木店では、安くとも10万以上するが、これを原木から製材すると、一枚3万円で買うことが出来る場合があり、この場合、製材店にどんな原木があるのか、観察しておかないとならない。

このようにして、建物費用は、流通一つに目を向けるだけでも、払う必要のない無駄を無くすことが出来る。
但し、これを知らなければ、無駄も省けない。