三浦俊彦@goo@anthropicworld

・・・・・・・・・
オトイアワセ:
ttmiurattアットマークgmail.com

2007/6/4

2000-03-01 23:33:05 | 映示作品データ
皆殺しの天使 El Angel Exterminador (1962、メキシコ)
監督・脚本 Luis Bunuel  ルイス・ブニュエル

 スペイン出身のブニュエルの、メキシコ定住時代の代表作。
 オペラ公演が終って、上流階級の紳士淑女二十数名が、ノビレ邸に招待された。夜食を用意する使用人たちが些細な理由で次々に去ってしまったのと対照的に、客たちは夜遅くなっても帰ろうとしない。邸を出ようとするたびに「まああとコーヒー一杯くらい」などと戻ってしまい、全員が無気力に囚われてますます帰れなくなってゆく。日が経つうちに、外でも人だかりがし始め、状況を打破しようと呼ばれた警察や軍隊もとくに理由なく去ってしまう。「目に見えぬ力に操られている感じ」というのは精神病理学的にありうる現象だ。主賓を殺そうとまで思いつめる客たちだが、それで状況が打開できる保証はない。
 解決は、意外な「それなりに論理的な」形でもたらされる。ふと「最初の夜とみながたまたま同じ席で同じ会話をしている」ことに女性が気づき、同じ会話をやり直して首尾よく帰れるように流れを再構成したのだ。するとめでたく全員の言動がほぐれて心身の自由が戻り、帰途につくことができた……。これは、社会体制によって個人の自由意思が束縛されてロボット化、チェスの駒化してしまう傾向の政治的風刺と見ることもできる(人間機械論?)。
 前回に観た『自由の幻想』がギャグナンセンスだとしたら、これは「不条理」といったジャンルでくくれる作品。ラストで、脱出を祝って(?)ミサをあげにいった教会で、またもや皆が出られなくなってしまうあたりでは、「作者によって操られている登場人物」といったメタフィクション的な主題も仄見える。
 後半で二、三度現われた夢や幻覚のシーンは、短時間なだけに余計シュールな雰囲気を高めている。ヒツジの群れは、始めは豪勢な料理の食材として登場していたようでもあるが、後半にいたって次第に宗教的な(迷える子羊? いけにえ?)意味を濃厚にしてゆく。ハリウッド映画には絶対にありえない静謐なナンセンス劇である。