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2007/12/17

2000-03-14 22:40:30 | 映示作品データ
『ムービー・ジャンル 戦争映画』
Movie Genre World War Ⅱ
       2002年 イギリス CreaTVty  52分
http://www.imdb.com/title/tt0886857/

 論じられた映画

『イン・ウィッチ・ウィ・サーブ/軍旗の下に』In Which We Serve (イギリス、1942年)
監督 ノエル・カワード Noël Coward
   デヴィッド・リーン David Lean

『無防備都市』Roma Citta Aperta(イタリア、1945年)
監督 ロベルト・ロッセリーニ Roberto Rossellini
原案 セルジオ・アミディ Sergio Amidei
脚本 フェデリコ・フェリーニ Federico Fellini

『野火』(日本、1959年)
監督 市川崑
製作 永田雅一
原作 大岡昇平

『炎628』Idi i smotri(ソ連、1985年)
監督、脚本 エレム・クリモフ Elem_Klimov

『U・ボート』Das Boot (西ドイツ、1981年)
監督 ヴォルフガング・ペーターゼン Wolfgang Petersen
製作 ギュンター・ロールバッハ Gunter Rohrbach
原作 ロタール・ギュンター・ブッフハイム Lothar Gunther Bucheim

『プライベート・ライアン』Saving Private Ryan(アメリカ、1998年)
監督 スティーヴン・スピルバーグ Steven Spielberg
脚本 ロバート・ロダット Robert Rodat

 プロパガンダ映画から反戦映画へという流れの中で、さまざまな手法が開拓されてきたことに注目。とくに、戦争の極限状況を描くために、本物の爆薬や銃弾を使ったり、俳優の行動制限をしたり、手持ちカメラで撮ったりするなどの「リアルな演出」は、実際の事件が題材になっていない戦争映画に対してもドキュメンタリー性をもたらす。
 戦争映画や戦争文学の「芸術性」を論じるさいには、戦争という事件が実際に起こってこそ実現される「価値」があることをどう考えるか、がポイントである。戦争はなければ越したことはないが、もし悲惨な戦争が全くなかったとしたら、人間の生物学的基盤や、極限状況での責任、倫理、意志などに関する人間的価値観を深刻に問われるリアルなシチュエーションが欠けていることになる。戦争否定論やヒューマニズムも、結局は、戦争という既成事実に寄生してこそ理念を宣揚できる、つまり「過去肯定のジレンマ」の中でこそ過去断罪のパラドクスが演じられる、と言えそうである。

 戦争の惨禍が持つこの逆説的なプラス価値とその捉え方については、
 近刊『多宇宙と輪廻転生』の第12章で略述しました。
 また、映像が持つべき反戦アピール効果と、その論理的限界については、『エクリチュール元年』第3話第18章と「あとがき」を参照していただければと思います。
 ともに、目下構想中の「戦争論理学」の部分的スケッチにあたります。