『真珠湾攻撃』 December 7th (1943年、アメリカ、82分)
監督・制作 ジョン・フォード John Ford
監督・脚本 グレッグ・トーランド Gregg Toland
撮影 Gregg Toland グレッグ・トーランド
音楽 Alfred Newman アルフレッド・ニューマン
フィルムそのものはアメリカ軍当局に没収され、当時公開されたのは、再編集短縮バージョンだけ。架空の人物を登場させた前半と終盤をカットして、真珠湾の戦闘場面を中心にした34分の短編作品としてである。戦争中ということを考えると当然かもしれない。日本人に対する敵愾心を煽ることなく移民の歴史を比較的客観的に報じていること(日系アメリカ人と日本人移民の区別が曖昧になっていたことに注意)、海軍の防備がおろそかだったかのような印象を与えること、終盤は「これ以上戦争はごめんだ」という反戦ムードで語られ国民の継戦意志に水を差しかねないこと、などがフィルム没収・再編集の理由だろう。本日紹介した全長版は、「生誕百年ジョン・フォードの世界」として1995年に日本で上映されたのが世界初の正式公開。50年以上も封印されていた映画ということになる。
軍に没収処分を受けたにもかかわらず、編集後の短編は44年アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞した。前年にやはりジョン・フォードの『ミッドウェイ海戦』(記録映画としては初のカラー映画。ジョン・フォードは撮影中に負傷)が同賞を受賞したのに続いての連続受賞である。
日本人移民・日系人のその後の運命を知りたい人は、→ウィキペディアでもけっこうなので←一通り調べておいてください。
なお、ラストシーンで「なぜ日本の国旗が出てこなかったのか」と書いている人がいましたが、あれは映画制作当時に「連合国」の陣営で戦っている国々の団結を表わしたシーンなので、当然、日本は除外されています。同様に他の枢軸国――ドイツ、イタリア、ルーマニア、フィンランド、ハンガリー、ブルガリアの国旗も出てきません。「自由フランス」が銃剣だけで国旗が出てこなかったのは、ヴィシー・フランス政府はドイツと協力する枢軸国に分類されたから。スペイン、スウェーデン、スイスなどの中立国の国旗も出てきません。
43年当時のアメリカの「真珠湾」観と、六十年以上を経てアメリカが同じ事件をどう見ているかを比較するため、次回はテレビドキュメンタリー「ロード・トゥ・トーキョー」Road to Tokyo (2006年)の真珠湾攻撃の部分を観ることにしましょう。
監督・制作 ジョン・フォード John Ford
監督・脚本 グレッグ・トーランド Gregg Toland
撮影 Gregg Toland グレッグ・トーランド
音楽 Alfred Newman アルフレッド・ニューマン
フィルムそのものはアメリカ軍当局に没収され、当時公開されたのは、再編集短縮バージョンだけ。架空の人物を登場させた前半と終盤をカットして、真珠湾の戦闘場面を中心にした34分の短編作品としてである。戦争中ということを考えると当然かもしれない。日本人に対する敵愾心を煽ることなく移民の歴史を比較的客観的に報じていること(日系アメリカ人と日本人移民の区別が曖昧になっていたことに注意)、海軍の防備がおろそかだったかのような印象を与えること、終盤は「これ以上戦争はごめんだ」という反戦ムードで語られ国民の継戦意志に水を差しかねないこと、などがフィルム没収・再編集の理由だろう。本日紹介した全長版は、「生誕百年ジョン・フォードの世界」として1995年に日本で上映されたのが世界初の正式公開。50年以上も封印されていた映画ということになる。
軍に没収処分を受けたにもかかわらず、編集後の短編は44年アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞した。前年にやはりジョン・フォードの『ミッドウェイ海戦』(記録映画としては初のカラー映画。ジョン・フォードは撮影中に負傷)が同賞を受賞したのに続いての連続受賞である。
日本人移民・日系人のその後の運命を知りたい人は、→ウィキペディアでもけっこうなので←一通り調べておいてください。
なお、ラストシーンで「なぜ日本の国旗が出てこなかったのか」と書いている人がいましたが、あれは映画制作当時に「連合国」の陣営で戦っている国々の団結を表わしたシーンなので、当然、日本は除外されています。同様に他の枢軸国――ドイツ、イタリア、ルーマニア、フィンランド、ハンガリー、ブルガリアの国旗も出てきません。「自由フランス」が銃剣だけで国旗が出てこなかったのは、ヴィシー・フランス政府はドイツと協力する枢軸国に分類されたから。スペイン、スウェーデン、スイスなどの中立国の国旗も出てきません。
43年当時のアメリカの「真珠湾」観と、六十年以上を経てアメリカが同じ事件をどう見ているかを比較するため、次回はテレビドキュメンタリー「ロード・トゥ・トーキョー」Road to Tokyo (2006年)の真珠湾攻撃の部分を観ることにしましょう。