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「ブロッケンの妖怪」に会いたくて 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(69)

2024-09-21 05:20:14 | 【連載】藤原雄介のちょっと寄り道

【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(69)

「ブロッケンの妖怪」に会いたくて

 

ハルツ山地(ドイツ)

 

 

 世界中の鉄道オタクが憧れるドイツのハルツ狭軌鉄道の蒸気機関車に乗る機会に恵まれた。ハルツ狭軌鉄道は、標高234メートルのヴェルニゲローデ駅と標高1125メートルのブロッケン山の山頂まで約34キロを結んでいる。
 沿線に点在する古びた小さな駅やハルツの森の雄大な景色に目を奪われながらの2時間ほどの旅では、時空を飛び越え、異世界に迷い込んだような感覚に見舞われた。

 

▲ヴェルニゲローデ駅の美しい駅舎

▲ハルツ狭軌鉄道の蒸気機関車の前で


 ハルツ山地は、旧東西ドイツの国境地帯に跨がっており、旧東独に属していたブロッケン山の山頂付近にはレーダーなどの軍事施設が設けられていたことから、長らく一般人の立ち入りが厳しく制限されてきた。そのため、ハルツ山地一帯は開発を逃れることができ、今も深く濃い森の原風景が残されている、とされているのだが……。

 私がハルツ鉄道に乗車した2018年9月、沿線の森の一部の木々が枯れ果てて白く変色し、色のない異様な景色が続いていることに絶句した。たまたま側を通った車掌にその訳を尋ねると、2018年の猛暑、嵐と山火事、気候変動によるかも知れない気温上昇と乾燥、そして異常繁殖したキクイムシにやられたのだという。その後も被害は止まるところを知らず、2020年迄にハルツ地方一帯の森林の約80%が壊滅したらしい。

 あのときよりも酷くなっていると聞くと胸が痛む。その後、懸命な植林プロジェクトが実施されているが、元に戻すには更に1億本の木を植える必要があり、これから14年の歳月がかかるのだそうだ。なんとも気の遠くなるような話である。だが、根気強いドイツ人のことだ。きっと美しい森を蘇らせるに違いない。

 

▲ブロッケン山山頂のレーダー設備

▲延々と枯れ木の森が続くハルツ山地

▲ハルツ狭軌鉄道のオープンデッキで


 冒頭から衝撃的な話をしたが、次は面白い話をしよう。
 列車の中で、結婚式を翌日に控えた新郎を中心にした仲間たちの独身最後のバカ騒ぎ 'Jugendgesellenabschied’に無理矢理引きずり込まれてしまったのである。

 'Jugendgesellenabschied’という長い単語は、独身との決別を意味するらしいが。私はドイツ語が分からないので、読み方を調べてみたが、分からなかった。米国で Bachelor party、英国では Stag Party と呼ばれるものだ。因みにフランス語だと enterrement de vie garçon(独身生活の葬儀)という。フランスらしいひねりが利いていてなかな良い。

 既に相当酔っ払っている彼らから勧められるまま、ビールやシュナップス(Schnaps)で乾杯を重ねたので、私も昼間から酔っ払って彼らのどんちゃん騒ぎに加わった。彼らは揃いも揃って、体格が良く、入れ墨を入れている者もいたので、恐らくオフィスワーカーではないだろう。

▲ノリノリの仲間たちと

▲花婿と一緒に。何故かティアラと造花で飾られた。キモチワルイ

 


 英語が全く喋れない奴もいたが、一緒に酒を呑めば友達だ。同行の日本人メンバーたちは、初対面で得体の知れぬドイツ人と羽目を外す私を呆れたように遠目で眺め、関わり合いになりたくない様子だった。

 が、逆に私にはこんな珍しいハプニングを何故楽しまないのか不思議だった。何故彼らに気に入られてしまったのか今でも謎だ。訳の分からぬまま、守護神の如く祭り上げられてしまったのである。どんちゃん騒ぎはブロッケン山の山頂まで続き、名残を惜しんで別れた。

 余談だが、『ハングオーバー! 消えた花婿と史上最悪の二日酔い』という映画がある。スタッグパーティーでバカ騒ぎの挙げ句、記憶を無くしてしまうおバカな若者たちのハチャメチャなストーリーで抱腹絶倒。見て損はない。

 

▲映画『ハングオーバー』のポスター
 

▲ブロッケン山の山頂の岩。ここが山で一番高いところ

 

▲愉快な若者たちとのお別れ。中心にいるのが花婿。首からかけたトレイに大人のオモチャや避妊具、台所用品、パーティーグッズなどを載せて、巡り会った人に誰彼構わず法外な値段で売りつけのだが、それを咎めるひとはいない。結婚式費用の足しにするらしい。私は、ハンバーガーの成型器を買った
  

 ブロッケン山といえば、「ブロッケンの妖怪」を想起する人もいるだろう。1年の内300日は霧で覆われる、この山でしばしば遭遇する自然現象だ。株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)の解説を一部抜粋する。 

【ブロッケン[山]】より
…北海からの北西風に直接さらされて年間降水量が1600~1700mmと多く、またそれらが地下に浸透しにくいため、平坦な高原上には広大な湿原が生じ、低地の都市の水源となっている。古来多くの民話の舞台となっており、ブロッケンの妖怪(頂上で太陽を背に立つ人や物の影が前方の霧の壁に巨大な女や妖怪の姿のように映って見える現象)で知られる。また、ワルプルギスWalpurgisの夜(五月祭の前夜、すなわち4月30日の夜)、妖怪や魔女たちが集まって、悪魔のお祭りを祝うと伝えられており、これはゲーテの《ファウスト》に記されている。…

▲ブロッケンの妖怪

▲土産物屋に並ぶ魔女の人形

▲「ワルプルギスの夜」の祭りで魔女に扮した女性たち

 

 ところで、ブロッケンの妖怪について調べていたら、この自然現象は日本では昔から「御来迎」と呼ばれ、後光を背負った阿弥陀如来の出現と考えられてきたことを知った。同じ自然現象をドイツ人は「妖怪」と呼び、日本では「阿弥陀如来」と考える。いやあ、実に面白い。

            

  

【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
 昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。


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