中国の食品の危険性が指摘されて久しいが、中国共産党・政府の高級幹部専に食糧を供給する秘密基地が全国各地に存在することが分かった。農薬ゼロの野菜やコメを生産する田畑や豚や牛などの家畜のための放牧場、あるいは魚の養殖場なども各地にあるが、「秘密基地」といわれるように、市民には明らかにされていない。
習近平国家主席は日ごろから「幹部は庶民の生活を大事にして、庶民を思いやれ」と話しているが、食だけは別というところに、自分たちは特権階級という本音が透けて見える。広東省の週刊紙「南方週末」が報じた。
陝西省の西安から30キロほど郊外に幹部専用の野菜や果物を生産する畑があり、農薬は一切使われていない。
これは陝西省農業庁の付属研究機関という名目で運営。専用の管理人のほか、数十人の農民も雇われており、関係機関の幹部から「一切口外しないよう」に口止めされている。
同紙の地元、広東省でも10数年以上前から、陝西省と同じ名目で、野菜やブタ、ウシ、アヒルや魚の養殖場があることが分かった。
同紙が中国政府の農業関係機関に取材すると、実は全国各地の22省(台湾を含まず)、チベット自治区などの5自治区、北京など4直轄市の計31の一級行政区にそれぞれ数か所ずつ、高級幹部専用の食糧供給の秘密基地が存在することが分かった。
秘密基地のもともとの由来は、1960年7月30日に中国国務院(政府)の斉燕銘・副秘書長の名前で、「高級幹部及び高級知識分子に副食品を供給する問題に関する報告」との通達が出され、中国共産党が全国31の一級行政区政府に送られたこと。この通達によって、全国各地に高級幹部専用の食糧供給基地が秘密裏に造られたというわけだ。
この通達が出された1960年といえば、中国全土で数千万人が餓死したといわれる「大躍進政策(1958~1960年)」の終わった年だ。この政策によって、当時、世界2位の経済大国だった「英国に3年で追いつき追い越せ」との毛沢東主席の号令に呼応した中国国民が日ごろの仕事を投げ打って、鉄鋼製産に取り組んだ結果、食糧が不足し、国民が犠牲になったのだ。
このようななか、高級幹部らの食糧を確保しようと建設されたのが、これらの秘密基地だった。その後、食糧生産も増加したことから、これらの基地も廃止された。が、それは一時的なもので、1990年に北京でアジア五輪が開催されたことを契機に、外国人選手らに供給するため、北京郊外での食糧生産基地が復活。
さらに、その後、中国産の農業生産物や加工食品の安全性が疑問視されたことから、中国各地でも秘密生産基地が再び、建設されることとなった。
一説によると、北京の高級幹部のために、毎日、100種類以上の農産物や家畜や魚類など全国各地から集められ、供給されているという。
1971年9月、毛沢東主席暗殺のクーデター未遂を起こし、モンゴル上空で飛行機の墜落事故で死亡した林彪・共産党副主席は毎日、北京から数十キロ離れた玉泉山の泉の水を汲みに行かせ、それしか飲まなかったという。また、清朝の独裁者、西太后は毎食に100種類以上の料理を作らせたというが、実は同じようなことが現代中国でも行なわれているわけで、まさに習近平最高指導部は「皇帝」のごとき特権階級といってもよいだろう。