はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 三章 その5 父娘の再会

2024年01月10日 09時56分49秒 | 英華伝 地這う龍
事件は、紫紅《しこう》が父のお供で襄陽《じょうよう》の市場へ馬を売りにいったときに起こった。
彼女が留守をしているあいだに、子礼《しれい》が軟児《なんじ》を壺中《こちゅう》という、貧しい子供に礼儀作法や学問を教えてくれるという塾に預けてしまったのだ。


「壺中なんてもの、聴いたことありませんでしたから、びっくりしてしまって。
このひとに言って、軟児ちゃんを取り戻すように言ったんです」
紫紅のことばを引き継いで、子礼も深いため息をともに言った。
「あのときは、ほんとうにどうかしておりました。あの子を手放そうとするなんて……
しかし、貧しい暮らしをさせて世に埋もれさせるには惜しい器量の子ですし、毎日きちんと食べられるところで、きちんとした教育を受けられるというのなら、それがいちばん幸せだろうと思ってしまったのです」


かれらは壺中の実態は知らない。
知らなかったものの、あとから噂を聞いて、愕然とした。
壺中を名乗る者たちに連れていかれた子供は、戻ってこない、というのだ。
孫子礼は激しく後悔し、それまでが嘘のように精力的に動きまわり、軟児を探して旅をして回った。
だが、手がかりはようとして知れず、体の弱い子礼に病という二重の苦痛が襲ってきただけになった。


寝込んだ子礼を我が家に運び、看病したのも紫紅であった。
紫紅の父と兄は、子礼があまりに情けないのと、紫紅がもういい年なうえに、子礼親子と強いきずなが生まれているのを見て、紫紅と子礼を一緒にさせることにした。
子礼は軟児が見つかってからといったが、結局、気の弱いかれにその話を断ることはできなかった。
そうして、子礼が寝込んでいるあいだに軟児は趙雲に出会い、救われ、新野に匿《かくま》われたというわけである。


「梁家にずっといたので、元の家に連絡が来ても応えられなかったのです。
まことに、情けない話で……」
と、子礼は袖で涙をぬぐったが、その涙が愛娘を思っての涙なのか、自分の情けなさに対する悔し涙なのかは、趙雲には判然としなかった。


「子礼どの、貴殿は軟児が壺中で、どれほど寂しく恐ろしい思いをしていたか、わかるか」
腹立ちをありのまま突きつけると、子礼はますますしょげて、頭を下げた。
「あの子には、ほんとうに申し訳ないことをしました。
なんと声をかけてよいのかもわかりませぬ」
「まったく、どうかしておるぞ、妻を亡くしたからというのは言い訳にしかならぬ。
父親ならば、命がけで娘を守れっ!」
「おっしゃるとおりです、わたしがいけないのです」


「まあまあ、子龍、そんなにいじめてはいけないよ」
孔明がやんわりと口をはさんだ。
「この時機に軟児を迎えに来てくれてよかったではないか。
子礼どの、これからどうされるつもりかな?」
「できれば妻の実家に戻って、それから避難しようかと思います」
「どこへ避難するつもりだろうか」
「できれば、こちらのお殿様とご一緒したいのですが」
ちらりと伺《うかが》うように子礼が趙雲を見る。
どうもこの父親は、だれかに依存しないと生きていけない性質らしいなと、趙雲は軽蔑とともに勘づいた。
軟児のこれからが心配になる。


「われらとともに行くことは勧めぬ」
孔明はきっぱり言うと、それから外でだれも聞き耳を立てていないことを確かめてから、つづけた。
「紫紅どの、頼みたいことがあるのだが」
孔明の申し出に、後妻の紫紅は、目をぱちくりさせている。
「いったい、どのようなことでございましょう」
「長沙《ちょうさ》に黄漢升《こうかんしょう》という人物がいる。
そのかれに、わたしからの手紙を届けてほしいのだよ」
「長沙でございますか」
思いがけない地名だったらしく、紫紅が目を大きくひらく。
孔明はそれに深くうなずいた。
「長沙はまだ落ち着いている。それに黄漢升は責任感の強い男だ。
わたしの頼みはきっと聞いてくれる。あなたがたのことも庇護してくれるにちがいない」
「まあ。なにからなにまで、ありがとうございます」
孔明はすぐさま、黄忠への紹介状を書くために場から離れた。


趙雲は、孔明を追いかけて、どういうことかと尋ねたかった。
軟児たちを長沙へ、と思う孔明の考えがわからない。
自分たちが目指す江陵《こうりょう》へ、一足さきに向かわせるというのでは、いけないのか。


しかし、孔明とすれ違いに、軟児が張著《ちょうちょ》に連れられて、部屋に飛び込んできた。
「父さんっ、ほんとうに、父さんなのっ」
「おお、軟児や、すまない、すまなかった」
軟児は一目散に父親の首にかじりついた。
子礼も、一気に顔を崩して、涙でくしゃくしゃになる。
となりでは、紫紅が固く抱き合う親子の姿に、もらい泣きをして
「まあ、軟児ちゃん、無事でよかった、よかった」
と何度もくりかえした。


「子龍さま、父さんを探してくださったのね」
父親にぴったりくっついたまま、軟児は涙ながらにたずねてくる。
そのいじらしい姿に、めずらしく込み上げてくるものがあり、うなずくだけになってしまったが、そうだ、と答えると、軟児はつづいて父親から離れ、趙雲に抱き着いてきた。
「ありがとうございます、ありがとうございます、子龍さま!」
趙雲は、ちいさな軟児のからだを抱き留めた。
その温かさが、ふしぎと寂しいものに感じられた。
この子と別れるときが近づいているのだと、否が応でも気づかされたのだ。
「よかったな、軟児」
短く言うと、軟児は、わあっ、と声を上げて泣き出した。
これまで我慢してきたものが、ようやくほどけたのだろう。
これでよかったのだ、と思いつつも、軟児の肩越しに見るひ弱な父親の姿を見るにつけ、不安もよぎった。




つづく

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