はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 三章 その6 離別

2024年01月11日 10時03分21秒 | 英華伝 地這う龍



その日のうちに、軟児《なんじ》は孫子礼《そんしれい》と紫紅《しこう》に連れられて樊城《はんじょう》を離れた。
軟児は、最初のうちは、父親に会えたとはしゃいでいた。
だが、すぐに、大恩人の趙雲と離れなければならない事実に気づいたのだろう。
次第にその顔から笑みが消え、口数が少なくなり、涙がちになってきた。


趙雲は、なるべく用意できる旅の道具を一式持たせて、軟児とその父母に渡した。
両親は恐縮してぺこぺこと頭をさげつづけている。
それを見て、軟児は泣きながら、言った。
「どうしても長沙《ちょうさ》に行かなくてはいけないの? ここにいてはいけないの?」
それは、と趙雲が答えるより先に、孔明がなだめるように言った。
「軟児や、子龍はかならずおまえを迎えに行くであろう。
それまで良い子にして待っているがいい」
「ほんとうですか?」
軟児は心細そうに趙雲を見た。
「子龍さまとお別れしているあいだに、また悪い人が襲ってきたら、どうしたらいいの?」
「おまえの父と、母と、それから黄漢升《こうかんしょう》どのが守ってくださる」


孔明はあとから趙雲に事情を話してくれた。
黄忠が、風雲急を告げる荊州の状況に奮い立ち、長沙から私兵を率いて樊城へ向かいたいと申し出ているというのだ。
「申し出はありがたいが、いまわれらと合流したところで、死地を切り開けるというものではない」
「あれほどの人物だ、貴重な戦力になると思うが?」
趙雲が反駁《はんばく》すると、孔明は首を横に振った。
「だからこそ、惜しいのだ。子龍、われらはよほど慎重に行動しない限り、運命を切り開くことはできない」
「おまえにしては後ろ向きだな」
「残念ながら、後ろ向きにならざるを得ない状況なのだよ。
民を守りつつ江陵《こうりょう》を目指す……かなり無茶な状況だ。
この状況下で漢升どのに合流してもらうよりも、われらが襄陽《じょうよう》にいる蔡瑁《さいぼう》をやり過ごしてから合流してもらったほうが、混乱が少ない。
第一、兵糧と水の問題もあるからな」
「そうか……兵も増えれば、兵糧も減りが早いものな」
そういうことだ、と孔明は重々しく答えた。


孔明は黄忠に、しばらく待機していてほしい旨の手紙を書き、それを孫子礼たちに託したのだ。
そして、ついでといってはなんだが、軟児たちを守ってやってほしいとも書いた。
父母はともかく、黄忠はきっと、孔明の頼みを聞いて、軟児たちを守ってくれるだろう。
孔明が先に約束をしてしまったかたちだが、趙雲は心に決めた。
きっと、なにがあろうと、この娘に会いに行こうと。


「どうしよう、子龍さまとお別れしたくない」
そう言って、軟児は泣きじゃくる。
すでに馬にはたくさんの荷物が積まれ、旅立てる状態になっている。
子礼は娘のしょげた様子に、申し訳なさそうに目をしょぼしょぼしていた。


趙雲は、泣きべそをかく軟児に言う。
「軟児、おれはきっとおまえを迎えに行こう」
「ほんとう?」
「なにがあろうと、おまえの元へ行く。それまで、よい子で待っていられるかな?」
「ええ、きっと待ちます。いい子にしています」
軟児は泣きながら、大きく首を縦に振った。
「よし、では約束だ。おれは人とした約束を違えたことがない、安心しろ」
「それはわたしが保証するよ」
孔明のことばに勇気をもらったらしく、軟児の顔に笑顔がもどってきた。


軟児の手が伸びて、趙雲のがっしりとした手を包み込んだ。
その温かさと柔らかさに、急に寂しい気持ちがこみあげてきた。
約束は果たされるだろうか。
そんな心細さも、つい思ってしまった。
だが、それを見せたら、この娘はきっと不安になる。
自分を懸命に保ちつつ、趙雲は笑顔を見せた。
「おまえはとても良い子だ。おれも約束を守る。おまえも約束を守ってくれ。
きっと生き延びて、また会おう」
「はい、きっとそうします。わたし、子龍さまをお待ちしております」
びっくりするほど大人びた表情でそう言って、軟児は今度は涙ながらに笑う。
「さようなら、子龍さま、どうぞお元気で。またお会いしましょうね」


笑顔を見せたのは、約束を守ろうという決意もあるのだろう。
この娘だけは、かならず生き延びてほしい。
趙雲は、こころから思った。
「ああ、また会おう」
そういうと、軟児は大粒の涙をこぼしつつ、うなずいた。


それからほどなく、軟児と父親と継母の三人は、長沙へむかって去っていった。
孫子礼と紫紅のふたりは、何度も振り返っては、頭を下げていた。


「父親のほうは、たしかに頼りないが、継母がしっかりしているから、大丈夫だろう」
孔明のことばが、どこか遠くに感じられる。
ぽん、と背中を叩かれたので、おどろいて孔明を見ると、孔明はいたわるような顔を向けてきた。
「そんなに泣くものじゃない。あなたと軟児には、絆が感じられる。
きっとまた会えるさ。わたしの勘は当たるよ」
泣いている、と指摘されて、はじめて趙雲は自分が涙を流していたことに気づいた。


そうか、寂しい、悲しいとは、こういうことだったな。
街道の向こうに親子の姿が消えるまで、趙雲はその場に立ち尽くしていた。


つづく


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次回もどうぞおたのしみにー(*^▽^*)


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