一方、あの徐州の大虐殺の経験者である孔明のほうは、意外に淡白なところを見せた。
「曹操は荊州を手中にいれたのち、江東へも遠征するつもりです。
そのため、よほどの抵抗をしないかぎり、いちいち荊州の民を殺して回る手間はしないでしょう。
恨みを買えば、それだけ江東に軍を進めた場合、北西から狙われる危険が出てくるのですから。
しかし、苛烈なかれの性格からして、抵抗すれば、容赦はしないでしょう。
いま、新野《しんや》の民がわれらと別れたほうが、曹操の心証はよい。
かれらのためにもなるのです、どうぞご決断を」
孔明が迫るのに対し、やり取りを聞いていた張飛と劉封《りゅうほう》が、
「兄者は民を守り切るとおっしゃっているのだ、民と兄者のきずなを断ち切ろうとする軍師は冷たい」
「そうだ、父上のお気持ちを軍師はわかっておらぬ」
と言い出した。
劉封と孔明は、新野からの撤退戦で、いくらか歩み寄りが出来たかと思っていたのに、結局は、すぐに意見がちがってしまう。
よほど相性がわるいのだなと、趙雲は互いのことを気の毒におもった。
冷たいと言われても、孔明は意見を変えなかったが、黙ってやり取りを見ていた、関羽や簡雍《かんよう》らも、どうやら劉封らの意見を支持したいようすが伝わってくる。
そのため、孔明はみなから浮き上がってしまった。
表情こそ崩さなかったものの、劉備の思わぬ頑固さに、いくらか戸惑っている気配も趙雲は感じた。
いくら気が合っているとはいえ、劉備と孔明の付き合いは浅い。
孔明にとって、知らない劉備が、まだまだいるのである。
そんな孔明の気持ちを逆なでするように、劉封はここぞとばかりに、孔明を声高に非難し始めている。
「おまえは、新野から撤退するとき、協力しようという主旨のことを軍師に言ったはずだがと言ってやったのだ」
腹に据《す》えかねて、趙雲は作業中の孔明に言いに行った。
どうにも言いつけたような恰好《かっこう》だが、それでも腹が収まらなかったのである。
孔明がどれほど劉備のため、みなのために働いているか、身近で見て知っていたので、黙っていられなかったのだ。
趙雲の怒りのことばを聞くと、ようやく孔明は筆を止め、振り返った。
「あなたらしくもない、おのれの敵を増やしてどうする」
「しかし、劉封といい、麋芳《びほう》といい、口が過ぎる。
おまえが冷酷なやつだと、だれかれかまわず言いふらしているのだから」
「言いふらして、それで、なにかやっているかい」
意外な問いに、趙雲は眉をあげた。
「なにか、とは?」
「民のためになにか行動をとっているのか、という意味だ」
「いや、ぎゃあぎゃあカラスみたいに騒いでいるだけだな」
「では、放っておくがいい。
ことばだけで、行動が伴っていないところが、かれらの弱いところだな」
孔明はそう言って不敵に笑って見せる。
その目の下には青黒いクマができていて、顔色もあまり冴えない。
眠れていないのではと、趙雲は心配になる。
「おまえ、ちゃんと休めているのだろうな」
「もちろんだとも、作業の合間に仮眠をとったりしているよ」
孔明と趙雲がそんなやりとりをしているあいだにも、孔明の部下たちは、せっせと大きな紙に、なにやら書き込んでいた。
高級品である紙を惜しげもなく使い、なにか作っている。
重要なものにはちがいないが、孔明は趙雲がそれを覗こうとすると、手ぶりで押さえるのだった。
「あとであなたにもちゃんと見せる。だが、いまはダメだ」
「秘密なのか」
「そうさ。大事なものは、大事なものなりに扱わないとな。それと、ありがとう、子龍」
「なにが」
「いや、わたしのために怒ってくれたのだろう。
あまり連中に構いすぎるな。あなたの立場まで悪くなったら、わたしも申し訳なくなる」
平気そうな顔をしているが、やはりこいつはこいつで、立場の悪くなっていることを気にしているのだなと、趙雲は気の毒に思った。
つづく
「曹操は荊州を手中にいれたのち、江東へも遠征するつもりです。
そのため、よほどの抵抗をしないかぎり、いちいち荊州の民を殺して回る手間はしないでしょう。
恨みを買えば、それだけ江東に軍を進めた場合、北西から狙われる危険が出てくるのですから。
しかし、苛烈なかれの性格からして、抵抗すれば、容赦はしないでしょう。
いま、新野《しんや》の民がわれらと別れたほうが、曹操の心証はよい。
かれらのためにもなるのです、どうぞご決断を」
孔明が迫るのに対し、やり取りを聞いていた張飛と劉封《りゅうほう》が、
「兄者は民を守り切るとおっしゃっているのだ、民と兄者のきずなを断ち切ろうとする軍師は冷たい」
「そうだ、父上のお気持ちを軍師はわかっておらぬ」
と言い出した。
劉封と孔明は、新野からの撤退戦で、いくらか歩み寄りが出来たかと思っていたのに、結局は、すぐに意見がちがってしまう。
よほど相性がわるいのだなと、趙雲は互いのことを気の毒におもった。
冷たいと言われても、孔明は意見を変えなかったが、黙ってやり取りを見ていた、関羽や簡雍《かんよう》らも、どうやら劉封らの意見を支持したいようすが伝わってくる。
そのため、孔明はみなから浮き上がってしまった。
表情こそ崩さなかったものの、劉備の思わぬ頑固さに、いくらか戸惑っている気配も趙雲は感じた。
いくら気が合っているとはいえ、劉備と孔明の付き合いは浅い。
孔明にとって、知らない劉備が、まだまだいるのである。
そんな孔明の気持ちを逆なでするように、劉封はここぞとばかりに、孔明を声高に非難し始めている。
「おまえは、新野から撤退するとき、協力しようという主旨のことを軍師に言ったはずだがと言ってやったのだ」
腹に据《す》えかねて、趙雲は作業中の孔明に言いに行った。
どうにも言いつけたような恰好《かっこう》だが、それでも腹が収まらなかったのである。
孔明がどれほど劉備のため、みなのために働いているか、身近で見て知っていたので、黙っていられなかったのだ。
趙雲の怒りのことばを聞くと、ようやく孔明は筆を止め、振り返った。
「あなたらしくもない、おのれの敵を増やしてどうする」
「しかし、劉封といい、麋芳《びほう》といい、口が過ぎる。
おまえが冷酷なやつだと、だれかれかまわず言いふらしているのだから」
「言いふらして、それで、なにかやっているかい」
意外な問いに、趙雲は眉をあげた。
「なにか、とは?」
「民のためになにか行動をとっているのか、という意味だ」
「いや、ぎゃあぎゃあカラスみたいに騒いでいるだけだな」
「では、放っておくがいい。
ことばだけで、行動が伴っていないところが、かれらの弱いところだな」
孔明はそう言って不敵に笑って見せる。
その目の下には青黒いクマができていて、顔色もあまり冴えない。
眠れていないのではと、趙雲は心配になる。
「おまえ、ちゃんと休めているのだろうな」
「もちろんだとも、作業の合間に仮眠をとったりしているよ」
孔明と趙雲がそんなやりとりをしているあいだにも、孔明の部下たちは、せっせと大きな紙に、なにやら書き込んでいた。
高級品である紙を惜しげもなく使い、なにか作っている。
重要なものにはちがいないが、孔明は趙雲がそれを覗こうとすると、手ぶりで押さえるのだった。
「あとであなたにもちゃんと見せる。だが、いまはダメだ」
「秘密なのか」
「そうさ。大事なものは、大事なものなりに扱わないとな。それと、ありがとう、子龍」
「なにが」
「いや、わたしのために怒ってくれたのだろう。
あまり連中に構いすぎるな。あなたの立場まで悪くなったら、わたしも申し訳なくなる」
平気そうな顔をしているが、やはりこいつはこいつで、立場の悪くなっていることを気にしているのだなと、趙雲は気の毒に思った。
つづく
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