会津天王寺通信

ジャンルにこだわらず、僧侶として日々感じたことを綴ってみます。

妙傳寺の御本尊は大陸伝来の如意輪観音半跏像 柴田聖寛

2020-02-23 16:35:48 | 天台宗

「柴田さんではないですか」といわれて振り返ったら、大原三千院で一緒だった荒木正宏さんでした。第4回平安千年の声明の調べ「みほとけの音聲」は去る19日に京都府民ホールで開催されましたが、そこで声をかけられたのです。岩手県出身の荒木さんとはウマが合って、よく将来のことを語り合ったものです。今は京都市左京区八瀬近衛町、妙傳寺の御住職です。
 荒木さんはカバンから一枚のプリントした紙を私に示すと、自分のお寺の御本尊の説明をしてくれました。これまで年代不詳とされていた本尊の如意輪観音半跏像(にょうりんかんおんはんげぞう)は、像高は50・4センチ。最近の研究で7世紀の作とほぼ特定され、中国の南北朝時代の作風の影響を受けて、朝鮮半島から伝来したことが明らかになってきたそうです。
 あくまでも写真でしか判断できませんが、どうすれば人々を救えるか悩んでいる観音様のお姿であることは確かです。様々な装飾が施されていることで、シルクロードを通って入ってきた西域の文化を感じさせる華やさが感じられます。とくに「宝冠に左右に獣面を表し瓔珞(ようらく)に小鈴がつく鈴飾りを表すなど、きわめてユニークな姿である」と評されています。
 日本の仏教美術では、仏教が伝わってきた欽明7年から大化元年までが飛鳥時代、大化改新後から平城遷都までが白鳳時代、平城遷都後から都が平安京に移るまでが天平時代といわれていますが、妙傳寺の如意輪観音半跏像には、法隆寺の観音菩薩立像などと同じように、白鳳時代の「童子形の仏像彫刻」(久野健『日本の彫刻』)といった特徴があります。
 できるだけ早く機会を見つけて、妙傳寺の御本尊を拝ませてもらえればと思っています。これもまた、御仏のお導きではないでしょうか。

      合掌
 

 

コメント (1)
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