←吉井勇の歌集『鸚鵡杯』
東大寺や興福寺を訪れて精神的にも満ち足りたので、かえって空腹感に襲われました。夕食は早めに若草山近くのレストランで取りました。そこで出てきたのが、鍋物と三輪ソーメン、ゴマ豆腐などで、奈良の味を堪能することができました。
その後、バスは平城京跡の前を通ってから、京都に向かいました。再現された朱雀門のたたずまいを見ていると、往時の奈良の都が偲ばれてなりませんでした。
宿泊は東横イン四条烏丸店でしたが、夜は長いので、少しばかり京都見物をしようというので、小野社長のお供をして、タクシーであちこち見て回りました。やっぱり京都というと圓山公園なので、そこまで足を延ばして、暗いなかを散歩しましたが、吉井勇の歌をついつい口ずさみたくなってしまいました。
圓山の灯にもひとつのおもひでのありと云ふこと人に語るな
君ありき夜の灯ありき風ありき涼しきままに圓山をゆく
―吉井勇『鸚鵡杯』―
もちろん、小野社長と私たちは、隣接する八坂神社にもお賽銭を上げてきました。東西南北どこからでも入ることができ、夜でも参拝が可能だというのも、風流に思えてなりませんでした。涼しき風に頬を打たれて、感傷に浸るには、もってこいの場所でした。
京都の三大祭の一つである祇園祭は、八坂神社のお祭りで、山鉾巡行で知られていますが、現在では前夜祭である宵山がメインイベントのようになってきており、約40万人もの人出で賑わうそうです。
そんな話をしながらブラついていると、目の前に祇園らしいスナックがあったので、旅の思い出にということで入ってみました。京都弁が飛び出しただけで、ついついこちらは顔がほころんでしまいました。
一見の客であるのに、冷たくあしらうこともありませんでした。「どこからおいでやす」という言葉に促されて、「会津から来ました」と胸を張ってしまいました。
そして、奥の部屋に、その店のママの若い頃の絵がかかっているというのを聞き出しました。そうならば、京都旅行のお土産話にと思って、小野社長と二人で覗いて見ることにしました。
あいにくそのママは休みでいませんでしたが、近くに行って見てみると、どこかで目にしたことがある芸妓の絵でした。ひと目で室井東志生先生の作品だと思いました。小野社長も「そんな気がしないでもないよな」とおっしゃっていましたが、同郷の画家の絵があるというのは、何となく信じかねたので、店の人に「室井先生の絵ではないですか」と小声で聞いてしまいました。
顔の描き方がちょっとばかり違った感じもしたので、少しばかりためらいがあったのですが、すぐに室井先生が描かれたというのが判明しました。