北杜夫氏との文通は「躁」でも「鬱」でも途切れなかったが、鬱の頃は忘れた頃にお返事を頂いたりして恐縮して
しまった。ところで、もったいぶっていた「マンボウマブゼ共和国」の話を続ける。
前回、独立記念式典の様子などを氏の著作から引用してみたのだが(マンボマブゼ共和国建国由来記)
この本にも掲載されている谷内六郎(画家)デザインの幾つかの種類がある共和国紙幣が、氏から来た封書の
中にそれぞれ1枚づつと、タバコ(北杜夫氏のコメント入りの)などを頂戴する光栄に恵まれたので、
驚いてびっくりした。
文中にはーあちらこちらにいい気になって配ってしまったので手元には僅かしか残っておらず(略)-と書かれて
いて、私如きが頂いてよいものなのかとも思ったが
ータバコは吸ってしまったのでーと空箱のものが入っていた。
もちろん中身はセブンスターなので、中身なんてどうでもいいのだが、25カートンを頼まないと作ってくれなかった
オリジナルである。
文通はしていたが、あくまでも氏を慕ういち読者であるのだ。当然お会いした事がないので北氏からすれば
どこの誰だかわからない人にそんなに気を使ってくれるその姿勢にたいそう痛み入った次第である。
ただ、躁の期間が短かったせいもあり、
ー主席殿 これを日本国の円に換算して送ってくださいませ。交換レートは主席にお任せいたしますが
スカシが入っていないので本物とは限りませぬ。しかし外貨獲得のチャンスであります。さらに
骨董的価値を加味されたし-
などと書いた手紙はすんでのところで送らずに済んだ。
私なりに、氏のお仕事の量や、躁か鬱なのかによって文面をかえていたのである。
この時期は、氏はもう私の名前は認識していてくれいたと想うのである。心優しきマンボウ氏を私の拙い
文面から一ミリでも汲み取っていただければ幸いである。
その優しさに報いる為には、散逸してしまったと氏の逝去の後に述べられていたご家族にお返しすることは
ずうっと考えているのだが、いっそのこと「お宝鑑定団」にだしてみたらどうなるのかな?などとフトドキな
気持ちもある。というのは、推測だが日本に現存するのは数枚のはずだからであるが、以外にも安値が
ついたらそれこそ申し訳ない。なので、いまのところは数十年もお宝として、家宝としてあるところに
しまってあるのである。
フォトグラファーとなってから、余程、氏の撮影をアプローチしようかと考えていたが羞恥心がそれを
邪魔して、また仕事だらけの日々になりとうとうかなわなかったのが残念である。
立川談志の遺影のように写せたかと想うのに