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-表象の森- 顔真卿の劇的な書
石川九楊編の「書の宇宙」シリーズ-二玄社刊-、№13は「顔真卿」
顔真卿、初期の「多宝塔碑」部分
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均整や均衡がとれた端正な初唐代の楷書と較べると、顔真卿の楷書はいささか野暮にも思える。
末行の「十」や「力」の第二画の起筆は、力こぶの入った「蚕頭-さんとう-」。
第4行の「之」の、収筆部で極端に太くなり、その後、力を緩めてはらわれる姿は「燕尾-えんび-」のはしり。
「蚕頭燕尾」とは、このような字画の形状をもたらすところの、力の抑揚落差の大きい-筆尖が絶えず緊張と弛緩の微動をもつ-筆蝕の全体を指す。
ここに、端正なたたずまいと緊張感をもつ初唐代の楷書に代わって、力のみなぎりあふれるさまを露わにする、筆蝕の新段階が始まった、と。
晩年期の「送裴将軍詩」は、貴重な狂草の遺品で、劇的な展開の表現は見所も多い。
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「裴將軍。/大君制六」
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「合。猛將/清九垓。戰」
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「馬若龍/虎。騰」
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「陵何壯哉。將軍」
書き出しの「裴」をはじめ、次行の「大」の第一、二筆の力こぶのような姿から明らかなように、筆蝕は「蚕頭燕尾」に貫かれている。
長く伸びた第三の「將」のように基調は狂草だが、「裴」や「制」のような楷書風もあり、楷行草各体が混在している。
横画が右上がりというよりも水平に近いのは、起筆部で強く垂直に対象-紙-の奥に向かって突き込むため。
強く突き込むことによって、対象を識り、対象を識ることによって、主体が姿を現わす。
主体=文体-スタイル-が出現しはじめた段階を物語る書である。
一部に、これを空海に共通する雑体書ととらえる説もあるが、楷書風、行書、草書の各体、いずれも奇怪なところのない正格の書きぶりであり、一種の狂草体と解する方がよい。
痩せた書線からなる連綿草の錯乱の美、この次々と展開する構成の魅力、変転の美学。
―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-39-
2月4日、雨、節分、寒明け。
ひとりで、しづかで、きらくで。
※表題句のみを記す
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