産婦人科医は、モニターを見ながらわたしにこう言った。
「お母さん、落ち着いて聞いてください。残念ながら・・・・・・あかちゃんたちは二人とも、鼓動が止まっているようです・・・」
わたしにはひとつ、思い当たることがあった。
わたしのせいで、お腹のなかの子どもたちが死んでしまった。
わたしが、判断を誤ったせいで、かれらは息絶えてしまった。
わたしが、農薬野菜を食べたせいで。
野菜の残留農薬は、小さな身体の彼らには猛毒だったのです。
こんなことになるとわかっていたなら、わたしは無農薬の野菜を買ったのに。
わたしが自然栽培の野菜を食べていたとき、子どもたちはとても元気いっぱいだったのです。
産婦人科医の若い男の先生は涙も流さずに放心しているわたしにこう言った。
「お辛いでしょうが、できれば、明後日にでもあかちゃんたちを外へ出してあげないと、このままではお母さんの身体が感染症を起こしてしまう可能性があります」
わたしは小さく膨らんだお腹をさすりながら応えた。
「わたしの子どもたちは、このまま腐ってゆくのですね・・・」
先生は悲しそうな顔で静かに頷いた。
二日後。
わたしは立ち上がって先生のまえに跪くと、手を胸のまえで組んで言いました。
「嗚呼あなたは、わたしのなかからわたしの愛する子どもたちを抜き去るお人。あなたはわたしのうちから死を抜き取るお人。あなたの御手が血と死によって、どうか穢れんことを」
先生は立ち上がってわたしの頭の天辺に手を置くと言いました。
「女よ、ひとりの弱き母親よ、あなたのなかから、わたしは死を取り除く者である。わたしは決して、血と死によって穢れることを知らない者である。それがゆえ、心配しないですみやかにそこ、そこの棚の上から三番目の引き出しのなかに入ってあるワンピースに着替えて分娩台に上がりなさい。わたしは素早く準備をしてきますから」
わたしは言われたとおりに白いワンピースに着替え、それ以外は何も着けずに分娩台へと上がりました。
すこし経つと先生が戻ってきて言いました。
「ではこれから、アウスを行ないますので、麻酔をかけます」
「先生、アウスとは何でしょうか?」
「失敬、アウス(AUS)とは人工妊娠中絶手術の隠語です。亡くなってしまったあかちゃんたちを、中絶と同じ手術法によって外へ出してあげないとならないのです」
わたしはショックでしたが先生を信頼して、すべてを任せました。
わずか10分の手術の一時間後・・・うたた寝から醒めたようなとても悲しい心地のなかに、目を開けると目のまえに優しい御顔の先生がわたしの顔を心配そうに眺めていました。
「無事に手術は終えました。胎盤も綺麗に取ることができましたから、これで感染症の心配はないでしょう」
わたしは感謝して頷くと言いました。
「先生、わたしのあかちゃんたちを、見せて頂けますか?」
先生は翳った顔で俯くと応えました。
「残念ながら、今はお見せすることができません」
「なぜですか・・・?」
先生はわたしの頭を撫でながら言いました。
「あかちゃんたちが、そう言っているからです」
「先生もしかして・・・あかちゃんたちの霊と話すことができるのですか・・・?」
先生は柔らかく微笑んで言いました。
「実はそうなのです。わたしは胎話士でもあります。しかしわたしの場合は水子の霊とだけ話すことができます」
「そうだったのですか!わたしのあかちゃんたちはなんて言っていますか・・・?」
「あなたが望むなら、今からわたしがあなたのあかちゃんたちに乗り移らせて、わたしの声であなたと話せるように致しましょう」
「本当に!是非ともお願いします先生!」
「それでは、今からあなたのあかちゃんに代わります」
そう言うと先生は目を瞑りました。
そして目をぱちくり開けると言いました。
「ママ!ぼくだよ!わかる?」
先生はそう言った途端、わたしに抱きついてきました。
わたしは驚きと喜びのなか、その身体を抱きしめながら「坊やたち・・・会いたかった・・・」と涙混じりに言いました。
「ママ、ぼく、ふたりじゃないよ、ひとりだよ!ぼくのからだはふたつだったけど、たましいはひとつだったんだよ!」
「そんなことってあるのね・・・」
「あのさ、ママ、ぼく死んじゃったけどさ、次にもぜったいママのお腹に宿るから!だからぼくのこと待ってて。あとさ、ぼくのからだ、青かったんだよ。さっきみたんだ。青いっていってもさ、緑色だったよ!まるで、青虫みたいな色だった。だからぼくのこと、あおちゃんって呼んでね。名前を呼ばれると、ぼく嬉しいから!あ、あとさ、次に生まれるときのパパなんだけど、今ぼくがからだを借りてしゃべってる先生がいい!先生もママのことを愛してるんだって。さっきぼくに教えてくれたんだ。ママも先生を愛してあげて。それでママとパパのあいだにぼくが生まれてくるから!」
「あおちゃん・・・ママはあおちゃんを一番に愛してるの。先生は二番目に愛することができるかしら・・・」
「だっ、だめだよ!先生は、ママに、一番に愛してもらいたいって言ってたもん!ママは、あおちゃんも、先生も、一番に愛さなくちゃだめなんだよ!」
「そう・・・できるかしら・・・ママあおちゃんがほんとうに愛おしいの。ずっと一緒にいてほしいのよ」
「ぼくだって・・・同じさ、ママ。だからそのためにも、ママは先生も一番に愛してあげて?ね?そうじゃないと、先生は、ぼくの将来のパパは、悲しんじゃうよ。きっと、絶望して、死んじゃうよ。パパもママに負けないくらい繊細だから。だからあおちゃんのパパが死なないためにも、ママはパパを一番に愛してあげてね。約束して、ママ」
「うん・・・ママあおちゃんと約束するわ。ママはあおちゃんも先生も一番に愛するわ」
「やった!パパも大喜びだよ。・・・あ、ちょっとパパがママに代わってくれって、いったん代わるねママ」
「ママ・・・じゃ、じゃなくて、う、ウズ様、あおちゃんとお話できましたか?」
「はい・・・感激して、胸の奥が震えっぱなしです」
「それはよかった」
「あの、先生・・・」
「はい」
「あおちゃん、緑色だったのって、本当ですか・・・?」
「本当です。だから、あおちゃんなのです」
「それは、腐って・・・ですか・・・?」
「違います。元から、あおちゃんだったのです」
「お願いします、先生。一瞬でいいので、見せてくださいませんか?」
「あおちゃんを?」
「そうです」
「あおちゃんは今・・・形がない状態です」
「そんなに・・・・・・」
「あおちゃんはずくずくでずるずるでぬめぬめな感じです」
「そうですか・・・・・・」
「でももう少しすれば、お見せすることもできます」
「本当ですか・・・?」
「はい。お約束いたしましょう。必ず、その時が来たら、あなたのおうちに送り届けるとお約束いたします」
「ありがとう先生・・・」
「だからあおちゃんとの約束も必ず守ってください」
「わかりました。先生のすべてを、わたしはお受けいたします」
「よろしい。では参りましょう。ウズ様」
「どこへ・・・・・・?」
先生はわたしを抱き上げると地下へ下りながら言った。
「あなたのなかへ」
目が醒めて、小さな容器のなかで育てていた二匹の青虫を見てみると、悲しいことに二匹とも身体は縮んで死んでしまったようだった。
わたしの判断が間違っていたからだ。
自然栽培の青梗菜を食べていたときは、あんなに元気だったのに。
スーパーで買ってきた青梗菜を与えだしたら途端に食べなくなって動かなくなってしまったのだ。
野菜の残留農薬は小さな虫にとって、どんなに洗い流そうとも猛毒だったのだ・・・。
わたしは迂闊だった。何故そこに気づくことができなかったろう。
こんなことになるなら、無農薬の野菜をすぐにでも注文してあげたらよかったと後悔した。
白い二匹の蝶が、青空へと飛びたつ瞬間を、わたしは夢見ていた。
その時、ドアの外に、コトンと何か音がしたような気がした。
ドアを開けて見てみると、そこには小さな箱が置いてあった。
わたしはその箱を部屋のなかに持ち帰り、なかを開けてみた。
するとそこには、切り刻まれた白い蝶の羽根のような薄い欠片のようなものがたくさん敷き詰まっていた。
本物の蝶の羽根のようにも見えたが、よく見てみると、どうやら蝶の羽根に似せた作り物のようだった。
どの羽根の欠片も奇妙なかたちで、これはまるでパズルのピースのように想えた。
わたしはその欠片をひとつひとつパズルのピースのように組み立てていった。
白い羽根のなかにはちょうど色の濃い部分があり、その部分は組み立ててゆくごとにやがて模様を創りあげていった。
数ヵ月後・・・
ようやく、わたしは蝶の羽根のパズルを完成させた。
そこに薄っすらと浮かび上がった模様は、見つめれば見つめるほど、あの日夢のなかでお話した、あおちゃんの顔だった。
いや、あおちゃんに乗り移られた、優しい先生の面影だった・・・。
わたしは想った。
彼はいつ、羽化するのだろうか。
わたしのなかで・・・・・・。
「お母さん、落ち着いて聞いてください。残念ながら・・・・・・あかちゃんたちは二人とも、鼓動が止まっているようです・・・」
わたしにはひとつ、思い当たることがあった。
わたしのせいで、お腹のなかの子どもたちが死んでしまった。
わたしが、判断を誤ったせいで、かれらは息絶えてしまった。
わたしが、農薬野菜を食べたせいで。
野菜の残留農薬は、小さな身体の彼らには猛毒だったのです。
こんなことになるとわかっていたなら、わたしは無農薬の野菜を買ったのに。
わたしが自然栽培の野菜を食べていたとき、子どもたちはとても元気いっぱいだったのです。
産婦人科医の若い男の先生は涙も流さずに放心しているわたしにこう言った。
「お辛いでしょうが、できれば、明後日にでもあかちゃんたちを外へ出してあげないと、このままではお母さんの身体が感染症を起こしてしまう可能性があります」
わたしは小さく膨らんだお腹をさすりながら応えた。
「わたしの子どもたちは、このまま腐ってゆくのですね・・・」
先生は悲しそうな顔で静かに頷いた。
二日後。
わたしは立ち上がって先生のまえに跪くと、手を胸のまえで組んで言いました。
「嗚呼あなたは、わたしのなかからわたしの愛する子どもたちを抜き去るお人。あなたはわたしのうちから死を抜き取るお人。あなたの御手が血と死によって、どうか穢れんことを」
先生は立ち上がってわたしの頭の天辺に手を置くと言いました。
「女よ、ひとりの弱き母親よ、あなたのなかから、わたしは死を取り除く者である。わたしは決して、血と死によって穢れることを知らない者である。それがゆえ、心配しないですみやかにそこ、そこの棚の上から三番目の引き出しのなかに入ってあるワンピースに着替えて分娩台に上がりなさい。わたしは素早く準備をしてきますから」
わたしは言われたとおりに白いワンピースに着替え、それ以外は何も着けずに分娩台へと上がりました。
すこし経つと先生が戻ってきて言いました。
「ではこれから、アウスを行ないますので、麻酔をかけます」
「先生、アウスとは何でしょうか?」
「失敬、アウス(AUS)とは人工妊娠中絶手術の隠語です。亡くなってしまったあかちゃんたちを、中絶と同じ手術法によって外へ出してあげないとならないのです」
わたしはショックでしたが先生を信頼して、すべてを任せました。
わずか10分の手術の一時間後・・・うたた寝から醒めたようなとても悲しい心地のなかに、目を開けると目のまえに優しい御顔の先生がわたしの顔を心配そうに眺めていました。
「無事に手術は終えました。胎盤も綺麗に取ることができましたから、これで感染症の心配はないでしょう」
わたしは感謝して頷くと言いました。
「先生、わたしのあかちゃんたちを、見せて頂けますか?」
先生は翳った顔で俯くと応えました。
「残念ながら、今はお見せすることができません」
「なぜですか・・・?」
先生はわたしの頭を撫でながら言いました。
「あかちゃんたちが、そう言っているからです」
「先生もしかして・・・あかちゃんたちの霊と話すことができるのですか・・・?」
先生は柔らかく微笑んで言いました。
「実はそうなのです。わたしは胎話士でもあります。しかしわたしの場合は水子の霊とだけ話すことができます」
「そうだったのですか!わたしのあかちゃんたちはなんて言っていますか・・・?」
「あなたが望むなら、今からわたしがあなたのあかちゃんたちに乗り移らせて、わたしの声であなたと話せるように致しましょう」
「本当に!是非ともお願いします先生!」
「それでは、今からあなたのあかちゃんに代わります」
そう言うと先生は目を瞑りました。
そして目をぱちくり開けると言いました。
「ママ!ぼくだよ!わかる?」
先生はそう言った途端、わたしに抱きついてきました。
わたしは驚きと喜びのなか、その身体を抱きしめながら「坊やたち・・・会いたかった・・・」と涙混じりに言いました。
「ママ、ぼく、ふたりじゃないよ、ひとりだよ!ぼくのからだはふたつだったけど、たましいはひとつだったんだよ!」
「そんなことってあるのね・・・」
「あのさ、ママ、ぼく死んじゃったけどさ、次にもぜったいママのお腹に宿るから!だからぼくのこと待ってて。あとさ、ぼくのからだ、青かったんだよ。さっきみたんだ。青いっていってもさ、緑色だったよ!まるで、青虫みたいな色だった。だからぼくのこと、あおちゃんって呼んでね。名前を呼ばれると、ぼく嬉しいから!あ、あとさ、次に生まれるときのパパなんだけど、今ぼくがからだを借りてしゃべってる先生がいい!先生もママのことを愛してるんだって。さっきぼくに教えてくれたんだ。ママも先生を愛してあげて。それでママとパパのあいだにぼくが生まれてくるから!」
「あおちゃん・・・ママはあおちゃんを一番に愛してるの。先生は二番目に愛することができるかしら・・・」
「だっ、だめだよ!先生は、ママに、一番に愛してもらいたいって言ってたもん!ママは、あおちゃんも、先生も、一番に愛さなくちゃだめなんだよ!」
「そう・・・できるかしら・・・ママあおちゃんがほんとうに愛おしいの。ずっと一緒にいてほしいのよ」
「ぼくだって・・・同じさ、ママ。だからそのためにも、ママは先生も一番に愛してあげて?ね?そうじゃないと、先生は、ぼくの将来のパパは、悲しんじゃうよ。きっと、絶望して、死んじゃうよ。パパもママに負けないくらい繊細だから。だからあおちゃんのパパが死なないためにも、ママはパパを一番に愛してあげてね。約束して、ママ」
「うん・・・ママあおちゃんと約束するわ。ママはあおちゃんも先生も一番に愛するわ」
「やった!パパも大喜びだよ。・・・あ、ちょっとパパがママに代わってくれって、いったん代わるねママ」
「ママ・・・じゃ、じゃなくて、う、ウズ様、あおちゃんとお話できましたか?」
「はい・・・感激して、胸の奥が震えっぱなしです」
「それはよかった」
「あの、先生・・・」
「はい」
「あおちゃん、緑色だったのって、本当ですか・・・?」
「本当です。だから、あおちゃんなのです」
「それは、腐って・・・ですか・・・?」
「違います。元から、あおちゃんだったのです」
「お願いします、先生。一瞬でいいので、見せてくださいませんか?」
「あおちゃんを?」
「そうです」
「あおちゃんは今・・・形がない状態です」
「そんなに・・・・・・」
「あおちゃんはずくずくでずるずるでぬめぬめな感じです」
「そうですか・・・・・・」
「でももう少しすれば、お見せすることもできます」
「本当ですか・・・?」
「はい。お約束いたしましょう。必ず、その時が来たら、あなたのおうちに送り届けるとお約束いたします」
「ありがとう先生・・・」
「だからあおちゃんとの約束も必ず守ってください」
「わかりました。先生のすべてを、わたしはお受けいたします」
「よろしい。では参りましょう。ウズ様」
「どこへ・・・・・・?」
先生はわたしを抱き上げると地下へ下りながら言った。
「あなたのなかへ」
目が醒めて、小さな容器のなかで育てていた二匹の青虫を見てみると、悲しいことに二匹とも身体は縮んで死んでしまったようだった。
わたしの判断が間違っていたからだ。
自然栽培の青梗菜を食べていたときは、あんなに元気だったのに。
スーパーで買ってきた青梗菜を与えだしたら途端に食べなくなって動かなくなってしまったのだ。
野菜の残留農薬は小さな虫にとって、どんなに洗い流そうとも猛毒だったのだ・・・。
わたしは迂闊だった。何故そこに気づくことができなかったろう。
こんなことになるなら、無農薬の野菜をすぐにでも注文してあげたらよかったと後悔した。
白い二匹の蝶が、青空へと飛びたつ瞬間を、わたしは夢見ていた。
その時、ドアの外に、コトンと何か音がしたような気がした。
ドアを開けて見てみると、そこには小さな箱が置いてあった。
わたしはその箱を部屋のなかに持ち帰り、なかを開けてみた。
するとそこには、切り刻まれた白い蝶の羽根のような薄い欠片のようなものがたくさん敷き詰まっていた。
本物の蝶の羽根のようにも見えたが、よく見てみると、どうやら蝶の羽根に似せた作り物のようだった。
どの羽根の欠片も奇妙なかたちで、これはまるでパズルのピースのように想えた。
わたしはその欠片をひとつひとつパズルのピースのように組み立てていった。
白い羽根のなかにはちょうど色の濃い部分があり、その部分は組み立ててゆくごとにやがて模様を創りあげていった。
数ヵ月後・・・
ようやく、わたしは蝶の羽根のパズルを完成させた。
そこに薄っすらと浮かび上がった模様は、見つめれば見つめるほど、あの日夢のなかでお話した、あおちゃんの顔だった。
いや、あおちゃんに乗り移られた、優しい先生の面影だった・・・。
わたしは想った。
彼はいつ、羽化するのだろうか。
わたしのなかで・・・・・・。