2019年3月1日公開 アメリカ 130分
時は1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒を務めるトニー・“リップ”・バレロンガ(ビゴ・モーテンセン)は、ガサツで無学だが、腕っぷしとハッタリで家族や周囲に頼りにされていた。ある日、トニーは、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。彼の名前はドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)、カーネギーホールを住処とし、ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。二人は、〈黒人用旅行ガイド=グリーンブック〉を頼りに、出発するのだが─。(公式HPより)
人種差別が色濃く残る1960年代のアメリカ南部を舞台に、黒人ジャズピアニストとイタリア系白人運転手の2人が旅を続けるなかで友情を深めていく姿を、実話をもとに描いた作品です。トニーの実の息子のニック・バレロンガが製作・脚本を手がけています。
アカデミー賞全5部門でノミネートされ、作品賞・脚本賞・助演男優賞受賞作品ということで、平日昼なのにほぼ満席状態でした。でも私がこれを選んだのはヴィゴが出ているから 次に内容が面白そうだったからです。アカデミー賞のノミネート云々は後で知った話
題名になったグリーンブックとは、1936年から1966年までヴィクター・H・グリーンにより毎年出版された黒人が利用可能な施設を記した旅行ガイドブックのこと。(公式HPより)つい半世紀前まで黒人差別が堂々とまかり通っていた南部では、泊まるホテルも食事するレストランも衣料品店までもが分けられていたのだということを改めて突き付けられますが、作品は決して暗くはなく、そういった差別さえも滑稽に描かれています。
インテリで超紳士なドクターと、腕っぷしが強く機転もきくけれどとにかくがさつなトニー
出自も性格も全く違う二人は、当然ながら初めは衝突を繰り返します。

トニーは、初めは黒人が口をつけたコップをゴミ箱に捨てるような男でした。このシーンを入れることで、イタリア移民でも白人という点で優位性を感じていることが観客に印象付けられます。用心棒として雇われていたクラブが改装のため閉鎖され無職になったため、渋々ながらも給料に惹かれて引き受けたトニーですが、ドクターと旅するうちに、彼が抱える孤独や出自故のいわれなき差別や迫害を目のあたりにして、彼に対する見方が変わっていくんですね

ドクターの方も、トニーの粗野な振る舞いに閉口しますが、徐々に彼の真っ直ぐで曇りのない人間性を認めていきます。
南部に深く入るほどに、差別はあからさまになっていきます。夜間外出さえ認められていない洲ではただ車に乗っていたというだけで逮捕されてしまう始末。(トニーがキレて警官を殴ったのが直接の原因ではありますが
)この時はケネディ司法長官のコネを使って釈放されますが、こういう些末な事件で司法長官の手を煩わせたと恥じるドクターと無邪気に驚くトニーの姿も対照的です。更に後半で、ドクターは留置されることに。この時、トニーは警官に賄賂を贈って彼を釈放させますが、その行為をドクターは責めて、険悪な状態に


毎夜、カティサークを一瓶空けるドクター。この描写は彼の孤独を端的に表現しています。子供の頃にピアニストとしての才能を見出され、ソ連でクラシックの英才教育を受けた彼ですが、アメリカで成功するために路線変更を余儀なくされ、白人上流社会に受け入れられず、黒人社会にも溶け込めないドクターが、その孤独を吐き出すシーンも圧巻でした。この時初めてトニーとドクターは互いの立場を超えて深く理解しあったのかも。

でも、彼と一緒にステージに立つ伴奏の二人オレグ(ディミテル・D・マリノフ)とジョージ(マイク・ハットン)はドクターのことをちゃんと理解してくれているんです。またそうでなければ一緒に演奏しないよね
そういう意味ではドクターは決して孤独ではないと思います。

落ちていた商品をくすねたり、フライドチキンの骨や紙コップを車窓から放り投げたり、ピザは切らずに折りたたんで食べたり、喧嘩早かったりと、確かにトニーはお金もなく、無学でがさつですが、彼の周囲には友人や家族・親族がいて、その誰からも頼りにされ愛されています。
演じるヴィゴは、まさに粗野なイタリア人中年男性そのものの風采。ムチムチな肉体とでっぷりしたお腹は精悍さの欠片もなく、シャツとパンツ一丁でベッドに寝そべり、誤字だらけの手紙を書く姿が笑えます。

手紙と言えば、愛妻家らしく、旅先でマメに手紙を書くんですね
まるで小学生の作文のような内容だけど、彼らしさ満開です。そこにドクターが女性が泣いて喜ぶ・・・実際妻のドロレス(リンダ・カーデリニ)が感激してるシーンも挿入されています・・文学的な文章を伝授します。旅の終わりの頃にはトニー自身の文才も飛躍的に高まっています。

二か月に渡る最終公演の日、会場の控室は調理場の物置で、黒人のドクターはレストランでの食事も拒否されます。これにはドクターも腹に据えかねますが、やっぱり先にキレたのはトニー
演奏をボイコットした二人は、トニーの家族が待つNYへと車を走らせます。雪道でパトカーに停められた時は「またか」と思わせますが、今度は正反対の暖かな対応になっていて感動ポイントです


帰宅したトニーの賑やかな家族との団欒と、豪華な自室で一人のドクター。この対比を見せておいてのラストがまた
でした。

ドクターが弾くピアノの演奏も見所の一つです。その指先が紡ぎだす踊りだしたくなるような音、心をわしづかみにされるような激しく切ない音、無学なトニーでもわかる「天才」の芸術がそこにありました。(たぶん、ドクターの演奏を聴いた瞬間からトニーは彼への偏見を捨てたんじゃないかと思わせてくれます。)
笑って、ちょっと切なくて、でもやっぱり幸せになる、そんな映画です。