杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

テミスの剣

2024年08月04日 | 
中山七里(著) 

昭和五十九年、台風の夜。埼玉県浦和市で不動産会社経営の夫婦が殺された。浦和署の若手刑事・渡瀬は、ベテラン刑事の鳴海とコンビを組み、楠木青年への苛烈な聴取の結果、犯行の自白を得るが、楠木は、裁判で供述を一転。しかし、死刑が確定し、楠木は獄中で自殺してしまう。
事件から五年後の平成元年の冬。同一管内で発生した窃盗事件をきっかけに、渡瀬は、昭和五十九年の強盗殺人の真犯人が他にいる可能性に気づく。渡瀬は、警察内部の激しい妨害と戦いながら、過去の事件を洗い直していくが……。
正義とは? 真実とは? 人の真理を暴くのは、はたして法をつかさどる女神テミスが持つ「天秤」なのか?それとも「剣」なのか? 最後に鉄槌を下されるのは?司法制度に、大きな疑問を投げかける王道社会派ミステリーと、ラストまで二転三転し、読者を翻弄するエンターテイメント性に溢れた本格ミステリーの奇跡の融合がついに実現!! (内容紹介より)


渡瀬警部が「刑事の鬼」になるまでの前日譚であり、高遠寺静が裁判官を辞職するきっかけになった事件が書かれ、「司法制度」と「冤罪」についての問題を提起している作品です。古手川刑事もちらっと登場していました。

昭和59年11月に起きた不動産会社経営者の久留間夫婦殺害事件で容疑者に浮かんだ楠木明大に対する取り調べは苛烈を極めます。浦和署強行犯係に所属する渡瀬はこの時巡査部長で、指導係の鳴海警部補と共に捜査にあたるのですが、書斎に隠されていた帳簿から久留間が違法な高利貸しをしていたと知り、帳簿に書かれていた顧客の中からアリバイのない楠木明大を任意同行でひっぱります。否認を続ける明大を鳴海が恫喝、渡瀬が宥める飴と鞭手法で自白を得、家宅捜索で発見された血の付いたジャンパーと、母親の存在を意識させて供述調書にサインをさせることに成功します。
飲食させず眠らせずの取り調べは今の時代完全アウトですね。

起訴され裁判が始まると彼は暴力によって自供させられたと訴え無実を主張しますが、供述書とジャンパーという物的証拠を覆すことはできず、一審での黒澤裁判長の判決は死刑。控訴審を担当した高遠寺静裁判長は、明大の無実の叫びに一抹の危惧を抱きながらも控訴を棄却し一審支持の判決を言い渡します。
上告した最高裁でも棄却され死刑が確定し収監された明大は東京拘置所内で自殺してしまいます。
裁判で鳴海は暴力的な取り調べはなかったと証言しますが、実際は3班に分かれた刑事たちが入れ代わり立ち代わり責め立てているんですよね😞 

平成元年。鳴海は定年退職しています。渡瀬は堂島と組んで大原で起こった盗難事件と上木崎で起こった強盗殺人事件をする中で、二つの事件の類似性に気付きます。同一人物の犯行と考え、元錠前技師の迫水二郎を捕まえて取り調べ、犯行を認めさせた渡瀬でしたが、疑念が浮かんだ手口が似ている5年前の久留間夫妻殺害の犯人もお前かと問い質すと、冤罪発覚による警察のデメリットを面白がった迫水はあっさり認めます。
堂島は上司の指示で自白調書を渡すよう迫りますが、事件の証拠となったジャンパーが鳴海の捏造と知った渡瀬は思い悩み、尊敬する東京高等検察庁の検事・恩田や、控訴審判決を出した高遠寺静に会いにいき2人の言葉に背中を押されて自分の正義に従うことを決めます。浦和署は一丸となって暴力と家探しで渡瀬を妨害しようとしますが、恩田により迫水は送検され、マスコミにも冤罪情報がリークされ世間は騒然となります。県警や東京高裁にも抗議が殺到し、その矢面に立たされた事件関係者は降格や辞職に追い込まれますが、退職している鳴海は時効を過ぎていることもありお咎め無しで、渡瀬も(おそらくは恩田が手を回し)処分どころか県警本部への異動となります。一番責任を取るべき2人なのに・・・
自責の念にいたたまれず、明大の両親に謝罪に行った渡瀬を明大の父・辰也は赦しませんでしたが、この時の彼の言葉が渡瀬の刑事としての心構えの芯になります。

平成24年3月。迫水が仮釈放となり府中刑務所から出所した直後に刺殺されます。
捜一の警部となっていた渡瀬は、自らの事件に決着をつけるため、管轄外だと疎まれながらも個人的に事件関係者に聞き込みをして、迫水の出所情報が迫水の事件の被害者遺族に送りつけられていたことを知ります。

迫水殺害の犯人は彼に恨みを持つ者の中にいると睨んだ渡瀬の勘は当たり、犯人のアリバイを見破り凶器についても見事な推理が冴えます。でも犯人を犯行に駆り立てたのは送り付けられてきた出所情報なんですよね。

事件解決の後で、遂に渡瀬は一連の事件の発端となった人物の悪を暴きます。
まさにどんでん返しの極み。まさかあの人が・・・という驚きは、渡瀬が語るその動機により憤怒と共に腑に落ちてきます。自分が使った手法が我が身に降りかかって自滅する彼に少しだけ溜飲が下がりました。

テミスの剣は振りかざすその本人にも向けられているとは言い得て妙ですね。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 九十八歳。戦いやまず日は暮れず | トップ | 薬屋のひとりごと5 »
最新の画像もっと見る

」カテゴリの最新記事