杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

怪物

2024年02月23日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2023年6月2日公開 125分 G

大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、そして無邪気な子どもたちが平穏な日常を送っている。そんなある日、学校でケンカが起きる。それはよくある子ども同士のケンカのように見えたが、当人たちの主張は食い違い、それが次第に社会やメディアをも巻き込んだ大事へと発展していく。そしてある嵐の朝、子どもたちがこつ然と姿を消してしまう。(映画.comより)


是枝裕和監督、脚本家・坂元裕二によるオリジナル脚本で描くヒューマンドラマ。音楽は坂本龍一。

ある事件が、登場人物である湊の母・早織、担任の保利、湊の視点で繰り返し描かれます。その中で徐々に全体像=真実が浮かび上がっていくのです。

早織(安藤サクラ)はクリーニング店で働きながら一人息子の湊(黒川想矢)を育てているシングルマザー。最近息子の様子がおかしいことに気付きます。靴の片方を失くしたり、水筒に泥土が入っていたり・・ある日耳に怪我をして帰ってきた息子に理由を聞くと、担任の保利先生(永山瑛太)にやられたと言う答えが返ってきます。他にも暴言や、殴られたり給食を食べさせて貰えなかったとか・・・学校に話しを聞きに行くと、校長(田中裕子)や教頭、保利が形ばかりの謝罪を繰り返し頭を下げるばかり。心ない謝罪の不気味さに、早織は校長に「わたしが話しているのは人間?」と詰め寄ります。全く誠意を感じさせない人間味の無い学校側の対応を見ているとこちらまでキレそうになりました。
後日、保利から湊が星川依里(柊木陽太)という児童を苛めていると言われ、星川家を訪ねた早織は、依里本人から否定されます。この時の依里の様子が何となく変と感じたら・・・
早織は保利を辞めさせるよう学校に訴えます。マスコミも「事件」を書きたて、解決したようにみえたある嵐の夜、湊は忽然と消えます。

転職し小学校に勤め始めた新任教師の保利は、子供たちに馴染もうと努力をし、子供たちも慕ってくれていると思っていました。
ある日、教室で物を投げて暴れている湊を止めようとした保利の手が湊の顔にあたってしまいます。依里が上履きを隠されたりトイレに閉じ込められたりしていたのを目撃していた保利は、湊が依里を苛めているのではと疑います。
ある日、早織が学校に乗り込んできて、身に覚えのない非難を受けます。
校長たちから場を納めるためにとりあえず認めて謝罪しろと指示され頭を下げたものの、遂には学校を辞めさせられ、家にはマスコミが押し掛けてきて彼女(高畑充希)にも距離を置かれてしまいます。
無職になった彼は、週刊誌の誤植を見つけて鬱憤晴らしをしていました。持ち帰っていた子どもたちの作文が何となく目に入り、たまたま依里の作文を添削しているうち、隠されていた湊と依里の関係性を示すトリックに気付いた彼は、思わず湊の家に向かいます。

クラスでは依里への苛めがありました。庇うと自分に矛先が向くことを恐れた湊は依里に距離を置いていましたが、学校の外では依里と仲良くしていました。依里は湊の知らない色んな事を教えてくれました。廃線した鉄道跡地に残されていた車両を秘密基地にして宿題をしたり怪物ゲームをしたりして過ごす時間は誰にも邪魔されない二人だけの世界です。毎日のように秘密基地で過ごすうち、湊は依里が父親に虐待されている事に気付きます。
祖母と暮らすことが決まり転校すると告げられた湊は、嵐の日に依里の家を訪ねます。そこで父親から虐待され浴槽に放置された様子の依里を見つけて二人で秘密基地へ向かいました。
湊が依里に感じていたのはある種の恋愛感情です。依里もまた唯一自分を肯定してくれる湊に好意を抱いていました。二人はただ一緒にいたかったのです。
でも大人たちの無意識な言葉が子供たちを傷つけます。早織は湊が結婚して家庭を持つことを望み、保利はいつも「男だろ」「男だから」と男らしさを求めてきます。依里の父親(中村獅童)は依里の性的指向を「普通じゃない、豚の脳だ」と決めつけていることに気付いてしまった湊は自分もそうなのではないかと思い詰めるのです。
早織に向かって「湊の脳は豚の脳なんだ!」というシーンにはそういう湊の追い詰められた状況を表していたのですね。

子供たちを探して早織と保利は秘密基地(車両)を覗きますが、二人の姿はありません。場面は変わり、湊と依里が車両を出て鉄道跡地のトンネルを抜けるとそこは光が降り注ぐ青空の草原です。泥だらけの二人が笑顔で駆け出す姿で物語は幕を閉じます。
この結末をどう捉えるかは観る者の子供たちは嵐で起きた土砂崩れに巻き込まれてしまったのか、ラストシーンは彼らが「安息の地」に旅立ったことを意味するのか。それとも単に嵐の翌朝なだけか・・・

「怪物」とは何だったのか。
早織にとっての怪物は、事なかれ主義で上辺だけの謝罪を繰り返す学校の教師たちであり、保利にとっての怪物は、一方的に責め立ててくる早織、意見すら言わせてもらえずにただ謝罪しろと要求する校長や教頭、湊の行動そのものです。そして湊にとっての怪物は自分自身だったのです。

初め、早織の視点で彼女に強く共感していた気持ちは、保利の視点に移った途端に揺らいでいきます。更に湊の視点で見ていくと、大人は何もわかっていなかったんだと気付かされます。それぞれ自分の見たこと、感じたことが全てだと信じていますが、それが本当に正しく真実なのかは、立場によって全く異なるのです。子供たちは大人の何気ない言動に傷つき自分自身を追い詰めていったのだと感じました。

個人的には校長が一番不気味だったかな。😩 孫を轢き殺してしまったのは彼女の夫ではなく、実は彼女自身でしたが、立場を守るために夫が身代わりになっているようです。学校で起こった問題に対しても事なかれ主義を徹底し、保利に全ての責任を負わせて平気な様子。スーパーでは騒いで駆け回る子供の足をさり気なく引っ掛けて転ばせているし・・こわっ!😱 
でも、湊が抱える苦しい思いを楽器を使って吐き出す術を教えてくれるのも彼女なの。田中裕子がすべてを諦めているような虚無感が漂う怪演で魅せてくれました。
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