アビガン「有効性示せず」ってどういうこと?期待は裏切られたのか、専門家に聞きました:新型コロナ

 

アビガン(ファビピラビル)(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの治療薬として注目されるアビガン(ファビピラビル)。5月20日、臨床研究の中間解析結果で「有効性を示せなかった」と報じられました。

治療薬アビガン、有効性示せず 月内承認への「前のめり」指摘(5月20日 共同通信)

アビガン「有効性判断には時期尚早 臨床研究継続」新型コロナ(5月20日 NHK)

 明確なソース(情報源)を示した記事はありませんが、複数の報道機関が同時に同じような内容を報じていますので、ある程度は根拠のあることだと推測できます。

 さて、この報道をどのように理解すればよいのでしょうか?期待の高かったアビガンですが、新型コロナウイルスの治療薬としては「効果がない」ということなのでしょうか?専門家に聞きました。

【情報は5月20日段階。内容は五十嵐中さんのnoteの記述をもとに、追加の情報や質問を加えたものです】

 質問に答えてくれたのは、医療統計や医療経済学を専門にする五十嵐中さん(横浜市立大学准教授)です。

Q)そもそも、報道された研究はどんな内容のものなのでしょうか?

 研究の内容は国立保健医療科学院の「臨床研究実施計画・研究概要公開システム」で公開されています。

 研究の正式な名称は「SARS-CoV2感染無症状・軽症患者におけるウイルス量低減効果の検討を目的としたファビピラビルの多施設非盲検ランダム化臨床試験」というものです。

 今回のような臨床研究の対象や目的は、“PICO(PECO)” というフォーマットを用いると理解しやすくなります。

P=Patient(患者) どんな患者さんに

I=Intervention(介入)何をしたら

C=Comparison(比較) どんな人と比較して

O=Outcome(結果) どんな結果がでるか調べる

 それぞれについて、以下の図にまとめました。

<figure class="image imgC">報道されたアビガン臨床研究のPICO:五十嵐中准教授作成 <figcaption>報道されたアビガン臨床研究のPICO:五十嵐中准教授作成</figcaption> </figure>

 対象となるのは、PCR検査で新型コロナウイルスの感染が確認された、「無症状または軽症の人」86人です。(感染前と全く同じ生活ができているか、激しい活動は出来なくても歩行や軽い家事などはできる人)

 その人たちを2つのグループに分けます。

1)試験開始後すぐにアビガンを飲み始め、10日目まで飲み続ける人

2)試験開始から5日間はアビガンを使わず、6日目から15日目まで飲み続ける人

 どちらの参加者も、試験開始から6日目に検査を行います。

 6日目の時点では、2)の人はまだアビガンを飲んでいないわけですから、実質的に「1)アビガンを飲んだ人」と「2)アビガンを飲んでいない人」を比較することになるわけです。

 そして6日目の検査の結果「新型コロナウイルスが消失した人」がどのくらいいるかを1)と2)で比べます(メイン)。

 さらに、「試験開始時点と比べてウイルスの量が90%減った人」の割合や、ウイルスの量の変化なども比べます(サブ)。

 その結果、もし1)のほうが2)よりも成績が良ければ、「アビガンにウイルスの量を減らす効果があるのではないか?」ということが調べられるわけです。

Q)なるほど、ありがとうございます。なぜわざわざ「投与期間を変える」デザインをしたのでしょうか?

 対照群(比較のもとになるグループ)を単純に「アビガンを投与しない」群にしなかったのは、そちらに入った人でも、遅れるとはいえアビガンによる治療が受けられるようにして、不利益をできるだけ減らそうとしたためだと推測できます。一方で、アビガンをどちらも投与されるので、長い目で見た時の効果は調べにくくなってしまいます。

 この研究では、アビガンの短期的な効果に注目して影響を調べつつ、対象者の不利益を減らそうとしたと考えられます。

Q)「有効性は示されず」と報道されました。どのように解釈すればよいのでしょうか?

 現状では「有効性があるともないとも、わからない」ということしかわかりません。つまり良い意味でも悪い意味でも、「期待はまだ裏切られてはいない」ともいえるかもしれません。

 報道で示されているのは、「中間解析」の結果です。もともと研究に参加する人数は、事前の分析で「このくらいの人数を調べれば、統計的に意味のある差が出そう」ということを予測して決められます。今回の場合は86人くらいを調べれば「違い」が出るのでは?ということが事前に予測されたわけです。

 一方でNHKの報道では今回、86人中の40人を調べた「中間解析」の結果として「現段階で判断するには時期尚早で、臨床研究を継続すべき」と判断された、とされています。

 「中間解析」とは、研究に参加してくれる人が全員揃うまで待っていると時間がかかってしまうような場合、ある程度まで揃ったところで、今後も研究を継続すべきかどうかを確認することなどを目的に行われます。

 例えば、もしアビガンに事前に予測された以上の実力があり、劇的に効いていた(すなわち、ウイルス消失患者の割合に大きな差があった)場合は、研究は打ち切りになります。それ以降も続けることは「もう結果が見えているのに、アビガンを使うまで何日か待たされる」人が増えてしまうので、倫理的な問題が生まれるからです。

 逆に、アビガンを飲んだ人に副作用が頻発し、安全性が問題視されるような事態が判明した場合は、やはり研究は打ち切られます。

 今回、どちらでもなく「継続」の判断が下されたとすれば、最低限推察できるのは「現段階では結論を出せない」ということでしょう。事前の想定をくつがえすような劇的な効果は見られず、逆に、おそらくは深刻な副作用もなかったということです。

 今回の研究は、結果を評価するポイントが「試験参加から6日目」と比較的早い分、最終結果が出るまでもそれほど長い時間はかからないと思われます。86例すべてのデータがそろった段階での結果を待ちたいと思います。