天理教の歴史の中には、裁判になった事件がいくつもあり、それは教祖伝にも、「我孫子事件」などで示されている。
教務部長にならねばならず、教会事情から裁判に関わった時の話である。
その裁判には証人尋問というのがあり、弁護士事務所で、その尋問に対する練習を行った。
裁判では、勝たなければならない。
そのためには不利な事を言う必要はないのである。
また、真実を述べるためには、堂々とした態度も必要となる。
そのために弁護士事務所で、数回の練習を行ったのである。
ところが、その練習の時には、弁護士さんが意図するような成果が全くでなかったのである。
こんな状態では、悪い印象を与えて負けてしまう。とまで言われた。
そんな中で、証人尋問の日が来た。
私はその証人尋問される方を車に乗せて裁判所へ向かった。
その道中、隣に座っているその方の表情や、雰囲気が裁判所に近づくと共に、段々と変わっていくことに気が付き、「どうしたのかなぁ」と思っていた。
そして、裁判所に到着し、法廷が始まり、証人尋問が始まった。
私は傍聴席で、様子を見ていた。
全く堂々として、あの練習の時はなんだったのか。と思うような返答をされた。
終ってから弁護士さんから、100%の出来です。良かったです。
と言われ、不思議だなぁと思ったのである。
結果、この法廷での審議は、こちらの思い通り以上の結果となった。
「人が変わる」という言葉があるが、その状態を見て、神様が入り込まれたのではないかと私は思ったのである。
教会へ巡教へ来て下さる先生方で、高齢で、日頃は物忘れもひどくなられて、また声もあまり出ないという方がある。
ところがその先生は、演台に立たれて、神様の話をされる時になったら、表情が変わり声も大きな声となり、堂々と話されるのである。そうした事を数人体験している。
この時と同じように感じたのであった。
ともかく、不思議な事であった。
今世の中は、不安だらけである。
ワクチンを打っても効かない。感染は広がる。人間の思い通りにはならない。
安い薬があってもちゃんと検証を進めようとしない。
ネットで情報を得て行くと、本当に人間のエゴがまざまざと見えてくる。
そうした中に、親神様は何を教えようとされているのか。と改めて考えているところである。
まぁ。陽気ぐらしへの階段を登らせている事には変わりないのであるが。。。
その階段が、それぞれに何段目で、どのように登るかという問題であると思う。
ともかく、親神様はお働き下さっている。
今日も勇んで、親神様の御守護のままに、つとめさせて頂きたいと思う。
どうぞ親神様・教祖、大難は小難にとお守りくださいませ。