優緋のブログ

HN変えましたので、ブログ名も変えました。

あの日から 八 「秘めごと」

2005-07-19 17:16:39 | あの日から
[ジヌの研究室]

私は彼を待っていた。
〈どうしたのだろう。去年の暮れ、夜遅く訪ねてきて以来来ないな。もう冬休みも終わったというのに…。〉

そういえば、住所も連絡先も聞いていなかった…、迂闊なことだ、私としたことが…。

思えば、不思議な青年だった。

ある日、階段教室の片隅に彼はいた。

ノートも広げず、射るような、何かを訴えかけるような眼差しで私を見つめていた彼…。

思わず吸い込まれるように指名すると、見たこともない公式を駆使して問題を解いて見せた。


『想像力と好奇心で人を探しに来ている』といっていた…。
いったい誰を探しに?…


カン・ジュンサン…。

あの日、ミヒのことを聞いていた。

ミヒとヒョンスの関係。
私との関係…。

ひょっとして…、あの青年はミヒの子供?…


そんなはずはない。
いや、あってはならないのだ。

私は自分にそう言い聞かせた。



彼との会話が、忘れていた“あのこと”を思い出させた。

たった一度の秘めごと…。
幼い頃から想いつづけた人との…。

しかし『それ』はその想いが報われたわけではなかった。

それでも良かった。
後悔はしていない。

その一時(ひととき)だけでも、その人にとって自分は必要な人間でいられたのだから。

たとえ、それが身代わりであったとしても…。



私はミヒを愛していた。
それはいつの頃からの想いだったのか、私自身にも記憶がない。

幼い頃からいつも私の傍らにはヒョンスとミヒがいた。
それは私にとって当たり前の光景だった。


ヒョンスは何でも言い合える親友であったし、ミヒは妹のようであり、また恋人のようでもあった。


幼い頃は良かった。
男女の区別なく、互いに子犬のようにただじゃれあって遊ぶことができた。

それがいつの頃からか、男であり、女であることを意識せざるをえなくなったとき、自然に距離ができ、恋心が芽生えていることを否定できなくなっていた。


思春期を迎えてもヒョンスはいつも変わらずにいた。
しかし、ミヒがヒョンスに恋をしていることは明らかだった。

ミヒの視線の向こうにははいつもヒョンスがいた。

その眼差しは、自分に向けられるものとは違う。

そのミヒを遠くから見ている自分。


そんな自分を哀れに思うこともあった。
ただ、見つめているだけの恋…。

しかし、どうすることができただろう。


やがて、ヒョンスとミヒの婚約が決まった。

ヒョンスは私の心を思い『すまない』といった。

『ミヒを幸せにできるのは君しかいないんだ。ミヒを幸せに、頼んだよ。』

私にできることは二人の幸せを願うこと…。


私もチヨンと婚約し、私なりの幸せを掴もうとしていた。

そんな矢先のことだった。
ヒョンスに悲劇が訪れた。

兄の交通事故。
会社ののっとり。
父親の死…。


音を立てて崩れていく…
明るく輝いて見えていた未来が…。

幸せとは、こんなにも脆(もろ)く失われやすいものなのか…。

掬(すく)い上(あ)げた砂が指の隙間から零(こぼ)れ落(お)ちていくのを止(とど)めることができぬように…


友人の失意を私は側で見ていることしかできなかった。
何もできない無力感。


自暴自棄に陥ろうとしている彼を助けたのは一人の女性だった。
イ・ギョンヒ

彼女もまた、私と同じ…遠くから彼を見つめ、彼の幸せだけを祈っていた人間だった。


彼女は何も言わず、ただ黙々と働き、ヒョンスとその母を慰め勇気づけた。

倒れても、倒れても、そこから立ち上がるしかないことを、彼女の行動は無言で指し示していた。


やがてヒョンスが彼女に惹かれていくのは仕方がないことだったのかもしれない。

しかし、ミヒはどうなるのだ…。


************

その日、初冬の空は晴れ上がり、柔らかな日差しが新たな門出を迎える二人に降り注いでいた。

教会の鐘の音が澄み切った空気の中を響き渡っていく。

家族と僅かな友人だけに囲まれたささやかな結婚式。

友の結婚を祝福しつつも、ミヒの嘆きを思うとき、私の心はどうしようもなくまた友を恨むのだった。

ミヒ?

その場にいるはずのない彼女の姿が、教会から消えるのを見たとき、不吉な予感が走った。

私はヒョンスにだけ耳打ちすると、彼女の後を追いかけた。

まさか…、早まったことをしないでくれ…。


彼女の気性を思うと、それは有り得ないことではなかった。
早く探し出さなければ…。

川のほとりの林の中をおぼつかない足取りで行く人影が見えた。

ミヒだった。

ミヒは雲の上を歩くように、静かに川に入っていく。

ミヒの体がぐらりと傾き、水の中に倒れこもうとしたとき、危うく間に合った。


初冬とはいえ、川の水は冷たかった。

全身ずぶ濡れになり、ミヒは気を失っていた。

幸いあたりに人影はなく、私は急いで車にミヒを乗せるとそのまま走り去った。


ミヒの別荘に着くとすでに管理人さんが鍵を開け、火を焚いてくれていた。

まもなくミヒの兄とお手伝いさんが到着した。


「ジヌ君。ご配慮、本当に感謝する。

今日ミヒの姿が見えないので心配をしていたのだ。

まさかヒョンス君の結婚式に行くとは思わなかった。


最近は落ち着いてきていたから、少しづつ心の整理がついてきているとばかり思っていたのだ。

迂闊だった。


ジヌ君、ミヒが落ち着くまで、もう少し側にいてやってはもらえないだろうか?

私はすぐ戻って、父に話をしなければならない。

明日にでも人を寄こすから、どうだろう?

誰にでも頼めることではないのだ。

人に知れればあの子の将来に傷がついてしまう。

かといって、一人で置いてはまた何をしでかすかわからない。」


「わかりました。実家のほうには、今日は寄らずにソウルへ帰るといってありますので、ご心配には及びません。」


くれぐれもよろしくといって、ミヒの兄はお手伝いさんをつれて帰っていった。


部屋へ戻ると、暖かい服に着替えさせられたミヒは火の前に座っていた。

〈肩の辺りが痩せたな〉と私は思い、ミヒが哀れであった。


「ミヒ、温かいミルクを持ってきたよ。一緒に飲もう。」

ふりむいた目が虚(うつ)ろだった。

「ジヌ?あ、ありがとう。いただくわ。

お兄様とヒョンスは?帰ってしまったの?
せっかく久しぶりに4人で話がしたかったのに。

ああ、あったかくて美味しいわ。」


「ミヒ、ヒョンスは来ていないよ。
今日は何の日だったか覚えていないのかい?」


「今日?今日は…、私何をしていたのかしら?…
そういえばどうしてここにいるの?

ええと、今日は、お医者様へ行ってお薬を頂く筈だったのよ。
でも、家を出て…。」


ミヒの手からカップが転がり落ちた。
飲みかけのミルクが床を濡らし、微(かす)かに湯気を上げていた。


「今日は…、ヒョンスの結婚式だったのね。
とうとうあの人は、私の元には戻らなかった…。」

ミヒの瞳から溢れ出でた涙は頬を伝い、ミルクの海の中にぽとり、ぽとりと落ちていった。



あの人は 私の元に 戻らない
       分かりたくない 悲しい現実

幸せを 願っていたのに 愛し君
      愛に破れて 涙流すか

かりそめの 逢瀬でもいい 今だけは
        恨みを忘れ 静かに眠れ



追記  ↑のお話は、ユソンの恋 6「過去 ④」ユソンの恋 7「過去 ⑤」とリンクしています。
あわせてお読みいただけると幸いです。 

別れの後 九 「再会」

2005-07-19 17:07:05 | 別れの後
[ニューヨーク]

ユジンの「不可能の家」の図面がほぼ出来上がった。
あとは最後の確認をして、キム次長へ送るだけだ。

数日後、図面が出来上がってほっとしたのか、ジュンサンは体調を崩してしまった。
主治医の話ではもう投薬治療も限界へ来ているようだった。

[病院 ジュンサンの病室 ジュンサンはベッドに横たわっている]
「一年も持たなかったな…。
このまま死んだら…ユジンは怒るだろうな。
僕を信じて待っているのに。
僕はどうしても手術を受ける決心をすることができなかったんだ。ごめんよ」
目がかすむ…。
頭がボーっとして体もだるかった。
何もできなくて心が弱っているのだろう、
しきりにユジンのことが想われた。

〈ユジン、元気にしているかい。
本当に君は一途で真面目だね。
僕との約束を懸命に守っているんだね。
ユジン、高校生のころを覚えているかい?
初めて会った時の君…バスの中で居眠りをして(笑)…
あのときの君は本当に愛らしくて、かわいかった。
君は…、闇を抱えて生きるのが辛かった僕の硬く閉じた心にそっと入ってきてくれた。
君の笑顔が真っ暗だった僕の心を一筋の光で照らしてくれたんだ。

その君が、…ユジンが僕の妹かもしれないと知ったときの驚きと悲しみ。
奈落の底に落ちていく様だった。
やっと出会った、心を通わせる人、愛する人が許されぬ相手だなんて…。
自分の存在を呪ったよ。
なぜ生まれてきたんだって。
僕は逃げるようにしてアメリカへ旅立とうとした。
そして交通事故。

記憶を失った十年間。
僕はイ・ミニョンとして生きた。
ユジンが苦しんでいることも知らずに…。

才能を生かし、たくさんの恋をして幸せな日々だった。
でもーキム先輩が言うようにー物ばかりに関心があって人に関心のない人間だった。
真剣に人を好きになったことなどなかった。
そんなことに気付きもしなかったけれど。
女性はいつも僕に感心を持って向こうから近づいてきた。
そんなガールフレンドといるのは楽しかった。それが恋だと思っていた。
会って話をしたり、遊んだり…、でも仕事や勉強を犠牲にしてまですることではなかった。

ところがユジン、君は違っていた。
再び出会ってから、いつも気になって、悩んで、どうしたらいいかわからなかった。
気付いたときは好きになっていた。
辛かった…。君にはサンヒョクがいたからね。
恋とは…苦しいものだと、初めて知ったよ…。

ユジン…、君に会いたい。
まだ一年も離れていないのに…、
君の十年間の辛さは想像もつかないよ。

ユジン…ユジン…
会いたい…〉

病室のドアが開いた。
「母さん?誰?」

まさか!「ユジン?」
ユジンは驚きで声も出せずに泣いて立ちつくしていた。

「ユジン、約束を破ったね。
…どうせならもっと早く元気なときに来ればいいのに、あいも変わらず遅刻だね?」
「ごめんなさい、ジュンサン。
どうしても会いたくて、お母様に頼み込んで来ちゃった。
怒ってる?」

ジュンサンはゆっくり首を振った。
「目がかすんで良く見えないんだ。こっちへ来て顔を見せて」

ジュンサンは大切な宝物を扱うようにユジンの頬を伝う涙をぬぐった。
「この間まで家に居たんだけれど、このところ具合が悪くてね病院に舞い戻ってきてしまったというわけ。
驚かしてごめん。
…相変わらず泣き虫さんだね、ユジンは。
パリでも泣いて暮らしてたんじゃないだろうな」
「ちゃんとジュンサンとの約束を守っていたわ。大丈夫よ。
あなたがちゃんと手術を受けて元気にしてるって信じていたもの。
どうして手術を受けないの?」
「ユジン、僕は弱い人間だよ。ようやく気が付いた。
死ぬのが怖いんだよ。君のいない世界に行くのが。
ユジンは、手術を受けて、もし…僕が死んでも後悔しない?」

「ねえジュンサン、人間っていつかは死ぬのよ。
もしかしたら私のほうが先に事故で死んじゃうかもしれないわ。
お願い、手術を受けて。
このままあなたの命の炎が少しづつ小さくなってゆくのを見ているしかないご両親の気持ちを考えて。
ジュンサン、生きようとしてほしいの。
このままじゃ私だってあなたを追いかけないでフランスへ行ったこと後悔しなくちゃならないわ。

私のことだったら心配しないで、大丈夫だから。
あなたが二度目の交通事故でまだ意識が戻らなかったときに、春川の母に言ったことがあったの。
ただ生きてさえいてくれたらいいって。
また私のことを忘れてしまっても、私のことを愛してくれなくてもいいって。
とにかく目覚めて戻ってきてくれることを祈っているのって。
今も同じ気持ちよ。
大丈夫、今までも何回も離れ離れになったって会うことができたじゃない。
きっと成功する。信じてるわ」
「わかったよ…、ユジン。
いやわかっていたんだ、君が一人でフランスにいることを知った時から。
でも勇気がなかった。まだ死ぬのが怖かったんだ。
ごめん、ユジン、心配させて。…」

ジュンサンはユジンを引き寄せ抱きしめた。
ユジンのぬくもりが伝わった。
『生きたい、ユジンと共に』
ジュンサンは強くそう思った。

「ユジン、一つだけ約束して欲しい。
僕がどうなっても、フランスへ帰って勉強を続けること。
僕が中途半端なことが嫌いなこと知っているだろう?
帰ったら、今度は毎日メールをやりとりしよう。
君が今学んでいることを教えてよ。
君も勉強になるし、一石二鳥だ。(笑)
母さんと話がしたいんだ、呼んできてくれる?」
「わかったわ、約束する。」

「母さん」
「ごめんなさい、ジュンサン。約束を破ってしまったわ。あなたにどうしても手術を受けてほしかったの」
「いいんです、母さん。ユジンと会わせてくれてありがとう。
目の見えるうちに会えてよかった。
手術を受ける決心もつきました。
今まで母さんたちの気持ちも考えず申し訳ありませんでした。

母さん、お願いがあるんです。聞いていただけますか」
「ええ、ジュンサン、なあに」
「もし、手術の後万が一僕が死んだり、意識が戻らなかったり、また記憶をなくしてしまったときー考えたくはないでしょうがーその時はユジンを守ってやってください。僕の替わりに。
彼女は今勉強の途中です。どうぞそれが続けられるよう助けてあげてください。お願いします。
彼女は辛い決断をしてフランスへ渡ったんです。僕のためにだめにしたくない。彼女の将来のためにもお願いします」
「わかったわ。必ず守るから。
あなたは、ジュンサン、本当にユジンさんを愛しているのね。
自分のことよりもユジンさんのことをいつも考えて。
手術を渋っていたのもそのためだったのね。
万が一のときのユジンさんのショックを考えて…。(涙)

じゃあ、先生にお話してくるから。ユジンさんを呼んでくるわね」