優緋のブログ

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別れの後 十一 「失われた記憶」

2005-08-01 23:50:30 | 別れの後
ジュンサンが集中治療室から運ばれてきた。
まだ麻酔から目覚めていない。
ユジンはミヒに連絡した。

「お母様、ユジンです。今病室の方に戻ってきました。
まだ麻酔は切れていませんけれども、もう三十分くらいで目覚めるはずだと先生がおっしゃっていました。
経過は順調だそうです」
「そう、ありがとうユジンさん。
もうすぐ主人とそちらに向かいます。それまでよろしくね」

イ氏とミヒが到着し、ジュンサンが麻酔から目覚めた。
まだ意識がはっきりしないようだった。

「母さん?ここは?どうして僕はここにいるんですか?」
「ミ…ニョン?」
「お父さん、僕は…どうしたんですか?」
「ミニョン、お前は手術をしたんだよ。
交通事故の後遺症で頭に血腫ができていて…」
「そう…でしたか。僕は仕事で韓国へ行ったはずでしたが…」

ジュンサンはこの一年余りの記憶を失くしていた。
ミニョンとして帰ってきたのだった。

「ミニョンさん、気分はどうですか」
「先生?はい、まだ少しボーっとしていますが大丈夫です。
気分は悪くありません。
先生、手術前のことを覚えていないのですが…」
「…おそらく一時的なものでしょう。大丈夫です。
あまり気に病まないように。
精神科の先生にお話しておきましょう。
どのくらいの期間の記憶がないのですか?」

「韓国に行ったのが一年半ほど前です。
その前のことは覚えているの、ミニョン」
とミヒが聞いた。

「ええ、その前のことは覚えています」
「一時的な記憶障害ではないでしょうか。
体力が回復されたらカウンセリングをお受けになってみてください。
お父さん、お話がありますのでおいでいただけますか」
「はい、ユジンさんも一緒に。
ミヒ、ミニョンを頼む」

「母さん、あの人は誰?
お父さんと一緒に出て行った人」

「?!」
〈ミニョン、お前は一番大切な人を忘れてしまったの?〉

「あの人は…チョン・ユジンさんよ。
交通事故の時お前が助けてあげた人よ。
自分を助けようとして事故に遭ったためにこんなことになって、と大変心配してわざわざ留学先のフランスから来て下さっているの」
「そう…でしたか。
事故はアメリカで?」
「いいえ、韓国でのことよ」
「僕は韓国へ行ったんですね…。
どのくらいいたんですか」
「ひと冬よ。そんなに長く居たわけではないわ」
〈そのわずかの間にお前の運命は大きく変わったのに…。〉

「ユジンさんはマルシアンの取引先の建築デザイナーをなさっていたそうよ。
…ほら、先生もおっしゃったでしょ。
今はあまりそのことは気に病まないで、元気になれば自然に思い出すかもしれないわ」
「そうですね。
そういえば、チェリンは来ていないんですか。
恋人が手術を受けたって言うのに(笑)」
「オ・チェリンさん?
韓国にいらっしゃるわよ。
お前はアメリカに帰ってくる時にチェリンさんと話し合って、友達に戻ろうって、それぞれの仕事に頑張ろうって別れたって言っていたわよ。
でもこの間電話でお話したわ。病気のこと心配してたわよ。
お仕事順調みたいね、彼女」
ミヒはとっさに嘘をついた。

「ミニョン、お母さんもちょっと先生とお話してきて大丈夫かしら?
具合が悪かったらナースコールしてね。
ちょっと行ってきます」

「そうか…、韓国で事故にあって…、
チェリンとは別れたのか…」
ミニョンは腑に落ちないという表情をしていたが、フーとため息をつくとやがて目を閉じた。

ユジンはイ氏に伴われて病室を出たものの、そこから足が動かなくなってしまった。
悪い夢を見ているようだった。
〈なぜ…、なぜ韓国にいた間のことだけ忘れてしまったの、ジュンサン…。〉

「ユジンさん、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ。
あなたも先生に診ていただいたほうが良い。
全く、よりによってこんなことになってしまって…。
さあ、先生のところへ参りましょう。

「オ・チェリンさん?私カン・ミヒです。ジュンサンの母です。お久しぶりね。
今少しお話して良い?

あの…、あなたにお願いがあるの、聞いてくださる?
ジュンサンが手術を受けたの。
手術は成功でね、まだ治療は続けなくちゃいけないんだけれども、経過は良いようなの。
ただね…、また記憶が…、

韓国にいた間のことを覚えていないの。
そう、ミニョンに戻ってしまったのよ。
だから、あなたのことしか覚えていないの。
ユジンさんのことも、サンヒョクさんやほかのお友達のことも覚えていないの。

あなたとのことは、ジュンサンがアメリカへ帰る前に二人で話し合って別れてきたということにしてしまったの。
ごめんなさいね、チェリンさん。

だから、話を合せておいてほしいの。
ええ、そうなの。
まだ今は記憶を取り戻すより、体を回復させないとだめなの。
あなたの気持ちを考えたら…
とても酷いことなのは分かっています。
でも今はそうするしか…お願いね、チェリンさん。」

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