「何をしているのさ」
祖母が座敷から声を掛けてきた。
俺は、窓ガラスに張り付いた雪の一つひとつを見ていた。模様は何種類もある。
「ん。雪模様の観察だ」
「ほう、風流なこと言うじゃないか」
「まぁね」
「雪が降ると、昔を思い出すなぁ」
祖母は炬燵に顎を載せるように身を縮めると、降りしきる雪を眺めた。
「あれは小学校の五、六年生のころだったな。雪が一尺くらい積もった日だ。長靴が無かったから足駄を履いて学校へ行った」
「アシダって」
「下駄みたいな、歯の高い雨用の履物さ。それを履いて学校から帰る途中に、鼻緒が切れちまった。そうさな、今で言えば、家から五百メーターくらいの所だった。仕方が無いから足袋を脱いで足駄を持って走った」
「えっ、雪道を裸足で?」
「そうだ。足はジンジン痛くって、心臓は凍りそうだった。家の土間に入って行ったら、丁度母親がいて、大急ぎで沸かした湯を盥に入れると、足を入れさせてくれたよ。足は尚更痛くなって、大声で泣きたかった。けどな、一生懸命、湯の中のだんだん赤くなっていく足を撫でてくれながら、母親の目から涙が流れているのを見たら、泣けなかったよ」
祖母は鼻の下を擦った。
「今じゃ考えられないような時代だね」
「その翌年、遠くに働きに出ていた姉から雨靴が送られてきた。長靴じゃないよ。その頃にしちゃあ洒落たものだった。姉も少ない給金から買ったらしい」
窓に張り付いていた雪は、水滴になって落ちていった。
著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
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