紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

23 虹をなぞる

2021-10-17 17:16:46 | 夢幻(イワタロコ)


 俺が彼女に振られた日、雨上がりの堤防の上にシートを敷き胡座を組んだ。
 瞑想の真似事をする。鼻から深く息を吸う。末端の細胞までも満たすように吸う。そして、口を小さく開け、少量ずつ息を吐く。体中の邪気を全部追い出すように吐く。
 何度も繰り返した。頭の中に靄が広がっていく。野球帽を被り、Tシャツとジーンズ姿の俺の体が持ち上るように感じた。
 目を開ける。西の空から青味が瞬く間に頭上まで広がった。河川敷に連なるポピーの花群が鮮やかだ。
 虹が対岸とこちらの堤防に川を跨いで掛かった。手の届くほどだ。手を伸ばす。温かな湿った虹をなぞる。手が濡れた。
 カチカチと食器でも触れるような音がする。ザワザワと人声が膨らんでくる。音楽が聞こえる。背後に人の気配を感じた。
 振り向いた。見慣れない女がいる。俺と同年代の二十代半ばに見える。その女も浮かんで見えた。片方の唇を引き上げ、ぎこちない微笑みを見せる。

「だれ!」
「独りじゃいやなの、一緒に行きませんか」
「どこへ」
「あの虹を捕まえに」
「お、俺は」
「意気地がないのね」
 女は薄衣を纏い、細い体をくねらせた。透き通るほど白い肌だ。瞳が黄色い。冷たい手が俺の腕に巻き付いた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
 俺は喉が絞れて声が出ない。下半身にズシリと重みが付着していた。
 俺は重みを引きずりながら、消えかかる虹をなぞる。


著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


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