紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

33 吊り橋

2022-01-01 06:32:19 | 夢幻(イワタロコ)


 一人しか通れない吊り橋が揺れている。
 向こうから七、八歳の男の子を先頭にその親らしい男女が渡ってくる。
 俺は踏み出した足を戻し、揺れるロープから手を放した。後ろにいる彼女が立ちすくんでいる。
 川幅は何メートルも無い。橋下四十メートルくらいを流れている。吊り橋の長さは谷の深さと同じくらいだ。
 三人はなかなか近づかない。
 吊り橋の中程で彼等の口元が綻んだ。目は何を語っているのか分からない。男が手招きをした。

「ね、渡らないで帰りましょうよ」
 彼女は後ずさりをする。
「紅葉が綺麗ですよう」
 男が言い、男の子が谷底を指さした。灰色の岩肌と色づいた木々が、谷底から向かいの山の上まで続いている。
「ここから観るのが一番よ」
 女も誘う。
 彼等は吊り橋の中間で景色を眺めている。
 俺は彼女を振り返った。彼女が頷く。
「お宅達、こちらへ渡るんでしょ」
 三人に聞いた。
「大丈夫、なんとかなるから」
 男が再度手招きをする。

 両側のロープに掴まり少しずつ進む。彼女も続く。息をするのも憚れる。
 橋の中心に近づくと、三人がこちらに歩き出した。
「ど、どうします? 通れませんよ」
 俺は、喉を引きつらせて言う。構わず三人は進み、俺の体に入り抜けて行った。痛みも気持ち悪さも無いが、後ろの彼女が悲鳴を上げた。
 紅葉が野火のようだ。


著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
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