一人しか通れない吊り橋が揺れている。
向こうから七、八歳の男の子を先頭にその親らしい男女が渡ってくる。
俺は踏み出した足を戻し、揺れるロープから手を放した。後ろにいる彼女が立ちすくんでいる。
川幅は何メートルも無い。橋下四十メートルくらいを流れている。吊り橋の長さは谷の深さと同じくらいだ。
三人はなかなか近づかない。
吊り橋の中程で彼等の口元が綻んだ。目は何を語っているのか分からない。男が手招きをした。
「ね、渡らないで帰りましょうよ」
彼女は後ずさりをする。
「紅葉が綺麗ですよう」
男が言い、男の子が谷底を指さした。灰色の岩肌と色づいた木々が、谷底から向かいの山の上まで続いている。
「ここから観るのが一番よ」
女も誘う。
彼等は吊り橋の中間で景色を眺めている。
俺は彼女を振り返った。彼女が頷く。
「お宅達、こちらへ渡るんでしょ」
三人に聞いた。
「大丈夫、なんとかなるから」
男が再度手招きをする。
両側のロープに掴まり少しずつ進む。彼女も続く。息をするのも憚れる。
橋の中心に近づくと、三人がこちらに歩き出した。
「ど、どうします? 通れませんよ」
俺は、喉を引きつらせて言う。構わず三人は進み、俺の体に入り抜けて行った。痛みも気持ち悪さも無いが、後ろの彼女が悲鳴を上げた。
紅葉が野火のようだ。
著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
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