「新聞の取材っておもしろいですかぁ」
サチオが人なつっこい笑顔で、中津萌子の取材ノートを覗いた。左頬の瞼にかけて打ち身のような黒ずみがある。
萌子は、宮野小学校六年生の三十六人と保護者、教師たちと一緒に、里見川のキャンプ場に来ていた。西川先生が注意した。
「急に深くなる場所もあります。川には入らないように」
キャンプ場の広範囲に皆が散らばった。
「大変だぁ、滑り落ちたっ」誰かが叫んだ。
サチオの養父、憲雄の体が急流の中で浮き沈みしている。萌子は辺りを見回した。丸めたロープがあった。サチオが駆け寄りロープを掴むと憲雄より下流に走った。
「とうさん」サチオと憲雄の目が合った。サチオはたぐったロープを握り、岸から十五メートルほど先の、憲雄のすぐ上流めがけて四十五度の角度で力一杯投げた。
もがいていた憲雄がロープを掴んだ。すごい力だ。サチオは草むらを引きずられた。
「危ないっ、サチオ」
西川先生がサチオの腰に両手を絡めた。西川先生の足に誰かの父親がしがみつき、その体に萌子も抱きついた。
ロープを握ったサチオの指に血が滲んだ。
「とうさん」
「サチオ、助けてくれるのか」
「……とうさん」
「ごめんな、殴ったりして」
憲雄が深みから岸に引き寄せられた。
「養父が岸に引き上げられた時、助かったと思った時、『水辺安全講座』を受けていて良かったと思った。ぼくんち二人家族なんです」
萌子のカメラに向かったサチオの笑顔が、飛沫で濡れていた。
著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
今回から23作続けさせていただきます。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
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