霊界科学の話のはじまり
死後の世界や幽霊の話は学校ではもちろん大学や社会にでても、教えてもらえない事です。
科学的とは第三者が再現できるもののみをいうとの説があります。
でも科学で説明できない事もあるのですが、それは幻覚だと決めつける考えは唯物論者であり、無神論者です。
目に見えない世界を知ろうとしない、研究しようとしない、までの人たちはまだ救いがあります。それは知らないだけ、習っていないだけになるからです。
しかし、積極的に否定をし、幻覚や妄想に過ぎないと広く教える人達は、残念ながら死後は地獄参りとなります。
信じない自由はありますから、信じるか信じないかはその人の自由でありますが、自由には責任が伴うのです。そしてその責任が死後問われるのです。
生きている間に反省すれば地獄へは行かずに済みます。
ま、妄想と決めつけてもよろしいですが、そんな人たちに耳学問として受け取っていただければ幸いとして進めます。
こころの宇宙157号 から引用しました。
●唯物論の世界
地球の活動は人間の活動とは無縁のものであるとするのは唯物論です。人間が住んでいる所に災害が発生するのです。住んでいない所に天変地異が起きても被害はないのです。この様に人間の存在と関係なく地球は活動しているのです。天変地異に出会って奇跡的に助かったとの事実があれば、全て偶然として片づけてきました。そうです、この世の知識で説明できないことは偶然の言葉で逃げてきたのです。奇跡や偶然はいつも起きるわけではなく、数学の統計を使って確率という言葉で納得させられているのです。例えば予知情報(今後30年に起きる確率は10%など)が出されています。これが唯物論の世界です。
●唯心論の世界
全てのものは創造神が作られたとの真理に出会えば、普通に活動している地球に生まれ、生かさせてもらっているという視点に立つことができます(図1:地球表面に生きる動植物 花鳥風月より)
もし天変地異のない静かなる地球のままであったなら
ば、自然界から試練を受けない人生になるでしょう。たまに起きる天変地異を経験し知恵を蓄えよとの使命を魂に植え付けられているのではないでしょうか。一方地球にも魂が宿っており、動植物の魂の修行の場を与えているのです。だから地球自ら考える意志があり、地表に生きている動植物に意図的に試練を与えると言う使命もあると考えます(図2は大陸の陥没でいくつもの文明を亡ぼした例:過去の文明大陸 黄金の龍より)
)。
これは永遠の生命という真理が土台にないと、理解できないと思います。
また、偶然はなく、全ては因果の理法に照らせば当然の結果になるという真理もあります。さらにこの法則はこの世だけでなくあの世にもつながっているから完璧に成り立つとも教えられています。
霊界科学の話は因果の理法と念いが探求の道具・物差しになります