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憲法第9条を発案したのは大阪の弊原(しではら)さんだった!

2016-06-23 | 希望の光
いつもブログをご訪問いただきありがとうございます♪
今日は政治の話ですが、とても興味深い話ですので、ぜひ最後まで読んでいただけましたら幸いです。


皆さんは「日本国憲法はアメリカから押し付けられたものだ」という、マスコミやいろんな人の意見をうのみにしていませんか!?

実は私も押しつけとまでは思っていないまでも、アメリカの理想のあり方を日本を雛形にして実践するために、彼等によって作られたものなのかな〜なんて、勝手に思い込んでいました。

しかしながら、驚愕の事実を最近知ったのです!!

<9条は誰が初案したか>

何と、かのマッカーサーもそれを認め、1964年(昭和39年)の彼自身の回想録の中で、9条は「弊原喜重郎」(しではらきじゅうろう)の発案によるものであると語っているのです。 

この回想録以外にも、1951年5月5日のアメリカ上院軍事外交合同委員会での証言や、1962年(昭和37年)12月10日の内閣憲法調査会の高柳賢三会長への書簡の中でも、
マッカーサーは(自ら)このことを語っているのです!!



下記はその「憲法調査会事務局文書」のコピーからの転載です。
(漢数字は一部算用数字に変換して表記しています)

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この資料は、元衆議院議員平野三郎氏が、故 弊原喜重郎氏から聴取した、戦争放棄条項等の生まれた事情を記したものを、当調査会事務局において印刷に付したものである。  昭和39年2月


<戦争放棄を提案した日> 

(前略)それは昭和21年の1月24日である。その日僕(弊原)は元師(マッカーサー)と二人きりで長い時間話し込んだ。すべてはそこで決まった訳だ。


<弊原の考え>

問 元師は簡単に承知されたのですか。

答 マッカーサーは非常に困った立場にいたが、僕の案は元師の立場を打開するものだから、渡りに舟というか、話はうまく行った訳だ。
しかし第9条の永久的な規定ということには彼も驚いていたようであった。

僕としても軍人である彼が直ぐには賛成しまいと思ったので、その意味のことを初めに言ったが、賢明な元師は最後には非常に理解して感激した面持ちで僕に握手した程であった。

元師が躊躇した大きな理由は、アメリカの侵略に対する将来の考慮と、共産主義者に対する影響の二点であった。それについて僕は言った。

日米親善は必ずしも軍事一体化ではない。日本がアメリカの尖兵となることが果たしてアメリカのためであろうか。

原子爆弾はやがて他国にも波及するだろう。
次の戦争は想像に絶する。世界は亡びるかもしれない。
世界が亡びればアメリカも亡びる。

問題は今やアメリカでもロシアでも日本でもない。問題は世界である。
いかにして世界の運命を切り拓くかである。
日本がアメリカと全く同じものになったら誰が世界の運命を切り拓くか。

好むと好まざるにかかわらず、世界は一つの世界に向かって進む外はない。
来るべき戦争の終着駅は破滅的悲劇でしかないからである。

その悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、ほとんど不可能とも言うべき軍縮を可能にする突破口は
自発的戦争放棄国の出現を期待する以外にないであろう。

同時にそのような戦争放棄国の出現もまた空想に近いが、幸か不幸か、日本はその役割を果たしうる位置にある。
歴史の偶然は日本に世界史的任務を受けもつ機会を与えたのである。

貴下さえ賛成するなら、現段階における日本の戦争放棄は対外的にも対内的にも承認される可能性がある。
歴史の偶然を今こそ利用する秋である。

そして日本をして自主的に行動させることが世界を救い、したがってアメリカをも救う唯一の道ではないか。

また日本の戦争放棄が共産主義者に有利な口実を与えるという危険は実際にありうる。
しかしより大きな危険から遠ざかる方が大切であろう。

世界はここ当分資本主義と共産主義の宿敵の対決を続けるだろうが、イデオロギーは絶対的に不動のものではない。
それを不動のものと考えることが世界を混乱させるのである。

未来を約束するものは、たえず新しい思想に向かって創造発展していく道だけである。

共産主義者は今のところはまだマルクスとレーニンの主義を絶対的真理であるかのごとく考えているが、そのような論理や予言はやがて歴史のかなたに埋没してしまうだろう。

現にアメリカの資本主義が共産主義者の理論的攻撃にもかかわらずいささかの動揺も示さないのは、資本主義がそうした理論に先行して自らを創造発展せしめたからである。
それと同様に共産主義のイデオロギーもいずれ全く変貌してしまうだろう。

いずれにせよ、ほんとうの敵はロシアでも共産主義でもない。
このことはやがてロシア人も氣付くだろう。
彼らの敵もアメリカでもなく資本主義でもないのである。

世界共通の敵は戦争それ自体である。   (以下略)

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<今年2月25日放送の『報道ステーション』(テレビ朝日)>

「自主憲法制定」を掲げた岸信介内閣で設置された憲法調査会における〝音声テープ〟が存在。

(下記はそのテープに録音されたもの)
憲法制定当時に中部日本新聞の政治部長だった小山武夫氏による、憲法調査会での発言です。

「第9条が誰によって発案されたかという問題が、当時から政界の問題になっておりました。
そこで弊原さんにオフレコでお話を伺ったわけであります。

その『第9条の発案者』というふうな限定した質問に対しまして、弊原さんは『それは私であります。
私がマッカーサー元師に申し上げて、そして、こういうふうな第9条という条文になったのだ』ということを
(弊原さんは)はっきり申しておりました」



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ということで、「アメリカから押し付けられた憲法だから変えなければ」というような、間違った変な理屈は、歴史の真実や事実をよく知らないで、自分たちに都合よくねじ曲げて言っているに過ぎないということに初めて氣づいた私です。


国民の大多数の反対や抗議の声を無視した安保法案の通過から一年。

やっと参議院選挙で私たちの意志を示すことの出来る機会がもう一度巡って来ました。
いよいよ正念場です。

皆さん必ず投票に行きましょう!!!


特に関西の人はこの弊原さんが大阪門真出身の戦後初の総理大臣であったことを知って、ぜひ誇りを持って欲しいです。
(実は私もこの資料を読んでそのことを初めて知ったのでした) 


「こんな先見の明を持った人があの敗戦の混乱期の日本に居たのか!?」とびっくりしました。

マッカーサーに対してもこのように堂々と自身の意見を述べ、彼を説得することが出来たことで、あの第9条が生まれたのだと知って、ますます平和への想いを深くしています。
そして日本人としてもこれから先の世界に対する責任を感じて、何としても平和憲法を守り抜きたいです!!


政治の話だからと敬遠しないで、そしてまたマスコミや他人の意見に振り回されることなく、ぜひもっと真実を多くの人に知って欲しいと思い、ある勉強会での資料をお借りして転載させていただきました。

貴重な資料を提供していただき心より感謝です。 



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