今日は2018年1月17日。
阪神淡路大震災から23年。
あの時は寒さなんてすっかり忘れて無我夢中だったけど、それでも今朝の寒さよりはもっとずっと寒かったような。
そのあとの日々は雪もよく降ったなぁ。
大小の余震がどのぐらい続いたことだろう。。 数えられないぐらいだった。。
あの時死んでいたら今の私は無く、もちろん絵の仕事も出来ていない。
よくぞいのちが助かったものぞとただただ感謝あるのみ。
神戸市東灘区にあった職場が被災してパートの仕事を離れ、
ローンで買ってまだ3年だった(一部損壊の)中古マンションも手離し、、
ともかく出来るだけ遠くへ行きたかった。。
生き延びて自分の身を守るだけで精一杯だったおくびょうで卑怯者の私。
傷付いた動物がじっと自分で自分の傷を癒すように、誰も知った人のいないところへ行きたかったのかもしれない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あまりにも凄い現実に遭遇すると、自分の「小さな被害」なんて言い出しにくく、「被災者」という言葉に自分は当てはまらないのではと、亡くなった方々やもっと大きなものを失った人たちに対してずっと申し訳なく思い続けてきた。
けれども、今ようやく周囲の人々と共に、口を開き、「あの時どうしてた?」「どこで何をしてた?」
「その時どうだった?」「それからどうしたの?」とお互いにその時のことをぽつぽつと語り合うことが出来るようになった。
当時離ればなれになった人たちと今また再会する機会も増えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
震災後の秋から、広島(1年)、大阪(4年半)、伊豆(10年)、現住地の京都府下(7年半)、、
と4回もの転居を繰り返し、23年経って、私は元住んでいたところの近くに、この春、また戻ることになった。
これはもしかして何かに対する「ミニリベンジ」!?なのだろうか。。
もしも地震が起こらず、そのままの生活を続けることが出来ていたら、自宅もあり、(定年まで勤め続けて)きっと年金も今よりはずっとましで、少しは余裕のある生活が出来ていた筈。。
どっちがよかったかなんて、決して比べられないことだけれど、
それでも「内面的な豊かさ」ということにおいては、誰にも出来無い体験をさせてもらったと心から感謝あるのみ。
なぜならすべて「いのち」があってこその体験だから。。
あの時から今まで全く変わらず、もしもそのままの暮らし方が続いていたら、今みたいにブログを書くことも無く、自覚や氣づきも無く、眠った時に見るような夢の中のような生活から目覚めることもなかったことだろう。。
外側的には失ったものはたくさんあるけれど、内面的に失ったものは何一つ無く、それどころかむしろたくさんのものを得た氣がする。
あの揺れの中で願った唯一つのことを思い出す。。
「いのちさえあれば。。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
震災で失われたいのちを惜しむなら、決して戦争をしてはならない。
いかなる理由があろうともそれはみんなまやかしに過ぎない。
戦争は人間が起こすものなのだから、、。
人が人を殺すことなのだから、、。
震災で助かったいのちを喜ぶのであれば、きっと戦争にも反対する筈。
誰もが自分の決めてきた「寿命」を全うし、与えられたいのちをもってイキイキと暮らし、思い切り幸せを享受し、やりたかったことをやり通して大満足の笑顔で宇宙に還れました。。
と、今夜の新月に共に祈ります。
これから先もずっと元氣で仕事を続けていくことが亡くなった人たちへの何よりの供養だと。。
改めて心に誓い、これからも寿命の続く限り精一杯描き続けます。
今日もブログに遊びに来てくださってありがとうございます♡
皆さまは今夜の新月に何を願われましたか?
下記の宇宙画は「アウロラ」です。(ポストカード第2集所収)
阪神淡路大震災の折のエネルギーが、まるで「オーロラ」のように放散されています。
アウロラというのは大地の女神でもあるのです。

阪神淡路大震災から23年。
あの時は寒さなんてすっかり忘れて無我夢中だったけど、それでも今朝の寒さよりはもっとずっと寒かったような。
そのあとの日々は雪もよく降ったなぁ。
大小の余震がどのぐらい続いたことだろう。。 数えられないぐらいだった。。
あの時死んでいたら今の私は無く、もちろん絵の仕事も出来ていない。
よくぞいのちが助かったものぞとただただ感謝あるのみ。
神戸市東灘区にあった職場が被災してパートの仕事を離れ、
ローンで買ってまだ3年だった(一部損壊の)中古マンションも手離し、、
ともかく出来るだけ遠くへ行きたかった。。
生き延びて自分の身を守るだけで精一杯だったおくびょうで卑怯者の私。
傷付いた動物がじっと自分で自分の傷を癒すように、誰も知った人のいないところへ行きたかったのかもしれない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あまりにも凄い現実に遭遇すると、自分の「小さな被害」なんて言い出しにくく、「被災者」という言葉に自分は当てはまらないのではと、亡くなった方々やもっと大きなものを失った人たちに対してずっと申し訳なく思い続けてきた。
けれども、今ようやく周囲の人々と共に、口を開き、「あの時どうしてた?」「どこで何をしてた?」
「その時どうだった?」「それからどうしたの?」とお互いにその時のことをぽつぽつと語り合うことが出来るようになった。
当時離ればなれになった人たちと今また再会する機会も増えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
震災後の秋から、広島(1年)、大阪(4年半)、伊豆(10年)、現住地の京都府下(7年半)、、
と4回もの転居を繰り返し、23年経って、私は元住んでいたところの近くに、この春、また戻ることになった。
これはもしかして何かに対する「ミニリベンジ」!?なのだろうか。。
もしも地震が起こらず、そのままの生活を続けることが出来ていたら、自宅もあり、(定年まで勤め続けて)きっと年金も今よりはずっとましで、少しは余裕のある生活が出来ていた筈。。
どっちがよかったかなんて、決して比べられないことだけれど、
それでも「内面的な豊かさ」ということにおいては、誰にも出来無い体験をさせてもらったと心から感謝あるのみ。
なぜならすべて「いのち」があってこその体験だから。。
あの時から今まで全く変わらず、もしもそのままの暮らし方が続いていたら、今みたいにブログを書くことも無く、自覚や氣づきも無く、眠った時に見るような夢の中のような生活から目覚めることもなかったことだろう。。
外側的には失ったものはたくさんあるけれど、内面的に失ったものは何一つ無く、それどころかむしろたくさんのものを得た氣がする。
あの揺れの中で願った唯一つのことを思い出す。。
「いのちさえあれば。。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
震災で失われたいのちを惜しむなら、決して戦争をしてはならない。
いかなる理由があろうともそれはみんなまやかしに過ぎない。
戦争は人間が起こすものなのだから、、。
人が人を殺すことなのだから、、。
震災で助かったいのちを喜ぶのであれば、きっと戦争にも反対する筈。
誰もが自分の決めてきた「寿命」を全うし、与えられたいのちをもってイキイキと暮らし、思い切り幸せを享受し、やりたかったことをやり通して大満足の笑顔で宇宙に還れました。。
と、今夜の新月に共に祈ります。
これから先もずっと元氣で仕事を続けていくことが亡くなった人たちへの何よりの供養だと。。
改めて心に誓い、これからも寿命の続く限り精一杯描き続けます。
今日もブログに遊びに来てくださってありがとうございます♡
皆さまは今夜の新月に何を願われましたか?
下記の宇宙画は「アウロラ」です。(ポストカード第2集所収)
阪神淡路大震災の折のエネルギーが、まるで「オーロラ」のように放散されています。
アウロラというのは大地の女神でもあるのです。
