温暖化で6万人弱が自殺と推算、インド、30年間で
農業への影響大きく、自殺に追い込まれる窮状訴えるデモ
気候変動の影響に苦しむインドの農場主たちが経済的救済を求めてデモを行い、そこで驚愕の小道具を持ち出してきた。多額の借金を抱えて自殺した農場主たちの頭蓋骨だ。
未曽有の大干ばつに見舞われているインド南部のタミル・ナードゥ州からやってきた農場主たちは、2017年の2度目の抗議デモで、多額の借金に苦しめられて自殺に追い込まれている農場主たちの現状を訴えた。州の国家人権委員会によると、タミル・ナードゥでは、2017年1月だけで100人の農場主が自殺したという。インド国家犯罪統計局の最終的な推定では、2015年に自殺した農場主および農業労働者は 1万2600人とされている。(参考記事:「【解説】温暖化で生物は?人はどうなる?最新報告」)
自殺者の数が世界全体の5分の1にのぼるインドでは、農場主の自殺が数多く記録されている。2014年のものだが、インドの農場主の自殺は平均すると30分に1回起きているという調査もある。2011年に行われた国勢調査では、農場主の自殺率は国の平均と比較して47%高かった。
デモ参加者は、多額の借金のせいで自殺率が異常に高くなっていると訴えた。米国営の国際放送局「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」のインタビューに応えたある女性の夫は、銀行から借りた1250ドルを返済できずに自殺したという。デモ参加者たちは、ローンの免除や農作物の買取価格の改善などを求めた。(参考記事:「インドの屋外排泄者は5.7億人、きれいなトイレが世界を変える」)
状況は悪くなるばかり
インドの農場主は、予測が難しい農作物の収穫高や社会的セーフティネットがないことに長年苦しめられてきた。そのうえ、最近になって地球温暖化が状況を悪化させていることを示唆する報告も発表された。(参考記事:「インドで最悪級の大気汚染、PM2.5基準の16倍」)
7月31日付けの科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された論文は、この種の研究としては初めてのもので、過去30年間のデータから、5万9300人の自殺が気候変動と関連すると推算している。(参考記事:「地下水が危機、今世紀半ば18億人に打撃」)
米カリフォルニア大学バークレー校の研究者タマ・カールトン氏は、高い気温と雨不足が何年も続いた地域で農作物の収穫量が減少し、同時に自殺率も上昇していることを発見した。
カールトン氏は、インドの32の州で1967年~2013年までの国家犯罪統計局の記録、そして農作物収穫高の統計、高解像度の気候データを収集し、分析した。作物の収穫量に最も影響する6月から9月に注目すると、厳しい気候変動と自殺者の数が関係していることを突き止めた。(参考記事:「温暖化が生育を阻む農産物5種」)
「作物の収穫量と自殺率に、気温が何よりも影響を与えていたのです」。カールトン氏は、ナショナル ジオグラフィックのインタビューでそう語った。気温が20℃を超える地域で、1日の平均気温が1℃上昇すると自殺が新たに平均70件発生することを、データは示している。この現象は、農作物が成長段階にあり、高い気温のダメージを最も受けやすい時期にのみ見られる
インドにおける農場主の自殺率について数多くの論文を執筆している心理学教授のプラカシュ・ベヘレ氏はナショナル ジオグラフィックの取材に対し、カールトン氏の示す根拠に同意した。気温の上昇は自殺率上昇の要因になりうるという。そして、インドでは心のケアのためのインフラを拡大させる必要があると指摘する。ベヘレ氏は、農作物の収穫が減少してひどい打撃を受けた地域で現地調査を行ったことがあり、アルコール中毒やうつ病の発症率も高いことを明らかにした。(参考記事:「写真ルポ:高温地域で新要因による腎臓病が増加」)
タミル・ナードゥの農場主のデモに関して聞かれると、借金を免除しても一時的に状況を楽にするだけで、より深刻で根本的な問題は解決できないと氏は強く主張した。
「人々が必要としている精神的なケアが行き届いていないのです」(参考記事:「失明治療 見えてきた光」)
2014年まで、インドでは自殺が犯罪行為とされていたため、歴史的に自殺の数が実際よりも低く報告されていた可能性がある。2017年初めに、全国で精神医療サービスを拡充させる画期的法案が議会を通過した。しかし、南部の干ばつはさらに悪化し、数千人の農民や労働者が悪質な金融業者から借金せざるを得なくなった。(参考記事:「女性の頭から生きたゴキブリを摘出、インド」)
気温の上昇は今後も続くことが予想され、精神医療の施設を増やすこと以外にも、政治的なセーフティネットや技術革新、例えばより効率的なかんがい施設を整備するなどの対策をとることができる、とカールトン氏はいう。
インドだけの問題ではない
環境が悪化するのと同調して農場主の自殺率が上昇するという現象は、インド以外でも起こっている。オーストラリアでも、干ばつと農場主の自殺との間に強い相関関係があることが報告されている。米国では、大恐慌の後でやはり農場主の自殺が増加したが、政府の農業保険制度によって事態は改善した。(参考記事:「渇水大陸オーストラリアの苦悩」)
2009年にインドの精神医学誌「Indian Journal of Psychiatry」に発表された調査によると、環境の影響によって精神疾患にかかるリスクが農場主の場合は特に高いという。気象パターンの予測が困難なことと、時に激しく変動する市場が、農家に過度なストレスをかけている。
カールトン氏は今後、具体的な政策や経済規制、プログラムの実施が、農場主が直面する問題の改善にどう役立つかを調べたいとしている。(参考記事:「地球温暖化、農家の移住を加速」)
「こうした具体的な政策が果たして効果的なのかを調べるためのデータがまだありません」。これまで、カールトン氏は気候変動がどのように人々の争いや個人の暮らしに影響を与えるかといった研究を行ってきた。
「現在、私たちの世代で既に(気候変動の)様々な影響が出始めているのです」