
ツール大学主催のコロックは、国際文芸批評家学会という学会の主催によるものでした。サンドの26巻の書簡集およびプレイヤッド版二巻を刊行されたGeorges Lubinの友人であり、日本のサンド研究に大きな歴史的第一歩を築かれた大先輩先生のお薦めにより会員とさせていただいてから十年以上になるでしょうか、昨年からこの学会の日本支部の事務局長のような役割を仰せつかってしまい、固辞したのですがお聞き届けいただけなくて、今回は会員の学会費を直接収めるというお役目もあり参加したのでした。学会費はフランス方式では各国の会員が各自でツールの学会本部に送金することになっているのですが、郵政民営化以来、日本の国際郵送システムでは20ユーロの会費を送金するのに2500円もかかるので、団体送金するか参加者が代表して全会員の分を持参する方が賢明なのです。
コロックのテーマは "Provocation en litterature"。50名近くの参加者があり、3日間に渡り39の発表がありました。
デンマーク、ロシア、ベルギー、フランス、ギリシャ、セネガル、南アフリカなどから参加された会員の方々による、ルソー、ラ・フォンテーヌ、ミラン・クンデラ、グラック、オスカー・ワイルド、トルストイ、ナタリー・サロートなどに関する発表のほか、日本からは私以外に大学研究者の先生が永井荷風に関する見事な発表をなさいました。なかでも驚いたのは、日本に原爆を投下したアメリカ人パイロットが廃人となってゆく様を描いた心理劇が、70、80年代のフランスで上演されていたという発表があったことです。日本人の発表者がいるための主催者側のサーヴィス精神かと一瞬思ったほどでした。発表者のフランス人の方に、日本には似た例があるが、フランスでそのような事実があることを知らなかったと感想を述べたところ、ご親切に翌日わざわざ関連資料を持ってきてくださり、感激してしまいました。
私の発表は "Provocation et deguisement dans l'oeuvre sandienne" というタイトルの稚拙なものでした。サンド作品における変装は性を隠すという意味において挑発的行為であり、変装と挑発の主題は密接な関係にあること、特に数多くの作品に登場するヒロインの変装には女性であるがゆえにこの傾向が強いことをCorambe、Hisoire d'un reveur, Gabriel, Secreaire Inime, Nanon, 時にはRose et Blanche, Indiana, Isidora, Consuelo などをも例に示し、これらの変装と作家の性のアイデンティティの問題、あるいはフローラ・トリスタン等の当時のフェミニズム運動家たちと一線を画していたサンド独自の発展的人間思想との関連性について、Hisoire de ma vie やCorrespondanceからの引用を用いて分析してみました。
このように不細工な実験的な内容だったのに、真面目な主催者の方は興味深い発表だったとお世辞をおっしゃってくださって赤面、恐縮するばかり。加えて、発表者の方々の中にはメモを見る程度で、まるで講演のように滔々と滑らかな発表をなさる方がおられるというのに、第一セアンスの最初の方の発表だったせいにしていますが、こちらは練習不足の怪しげな発音のフランス語で、時にはつっかえてしまいpardonとお詫びを入れつつというひどいもので、まともな発表にはほど遠しと至らなさを痛感するばかりでした。
これが若い頃であればしょげかえってしまうところなのですが、年端がいっているせいか、僧院の庭園に咲く深紅の薔薇や美しい花々を目にし、美味しいワインやお食事を頂くとすっかり良い気分。外から見る限りでは、参加者の方々もご自分の発表の可否についてさほど気にはされていない様子。一部の方々は毎晩、夜の街に繰り出していたようで、誘われもしたのですが、ホテルに帰ってからもその後のパリの滞在に関しおこなわなくてはならないことが沢山あったために、最後のパーティのみの参加で勘弁していただきました。幸い、お住まいが私の滞在したホテルと同じ方向だとおっしゃるTourangelleの方がお車でホテル前まで毎晩送り届けてくださったので、大変助かりました。彼女はツールに3日間しか滞在できない私のために、お城の方まで大回りして観光案内までしてくださり、その親切心は、宵闇に浮かび上がる幻想的なツール城の美しさと同じほどに深く私を感動させてくれたのでした。
画像は僧院の薔薇の花です。