生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

生きていく希望の力は自分の中から探そう!

2011年08月25日 | 第10章:どうして心を癒すか
何の為に自分は生きていこうとしているのか、生きる必要が何処にあるのか、生きていて楽しいのか、苦しいのか、この辺りの希望力は簡単には生まれてきません。人間の本能は正直なので無理して、或いは嘘を自分についたような感じで「生きているのが楽しい」と自分に言い聞かせても身体は正直なので本当に楽しいのか苦痛なのかは本人が一番分かっています。この生きる楽しみは冷静な哲学と修行から生まれてきますので生き甲斐の心理学ではきちんと勉強していただく為に数十年をかけて思索しテキストにまとめました。本の形はとっていますがワークショップでそのテキストを見ながら自分の生育史を思索し語り合いつつ自分の中からその答えを得るようにカリキュラムが作成されています。答えは自分の中にあるのですがその答えを探す為には世界的な理論を駆使しつつ探索する必要があるのです。時間がかかりますが必ず自分の中から探しましょう。:<自律神経、内分泌、免疫:410-5>:

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笑わない人々

2011年08月24日 | 第10章:どうして心を癒すか
心から笑えない人もいますが、この人を侮蔑することほど残酷な事はありません。生育史の事情を知ると普通の人はほとんどが泣いてしまいます。所が世間は案外冷たいもので笑わない人を避けたり馬鹿にしたりする人が案外多いのです。もし身近な人で笑わない人がいたら、自然な形で心を聞いてあげてください。過去の体験の解釈の間違いに気づき、新しい解釈をしだして急に明るくなる人がいます。どの人間にも哀しい出来事、辛いことが沢山ありますが、解釈が暗いと笑えなくなります。まずは解釈の仕方を色々と傾聴していくと、その解釈の仕方にも驚くでしょう。あまりにも悲観的なのですが何故、そうなったか、そうせざるを得なかったかが理解できます。:<自律神経、内分泌、免疫:410-4>:

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免疫力

2011年08月23日 | 第10章:どうして心を癒すか
免疫力があれば多少の疲れでも病気にならずに人生を乗り越えていきますがその力がないとすぐ疲労したり風邪をひいてしまいます。暑さ寒さに弱く苦労しますが、さてこの免疫力を平素から強化する方法があります。それは十分な睡眠ですがとかく多忙で時間が足りない人々はいつも睡眠不足気味です。これが自律神経を痛めていき眠剤を飲まないと眠れないような生活習慣病におちいっていきます。睡眠が不足すると内分泌の状況も何となく悪くなり体調が良くないなあ、と感じてきます。この遠因はその人の生活環境をまず考える必要があり遺伝や老化も関係がありますが、この6個の重要な関係式(環境、遺伝、老化、自律神経、免疫、内分泌)を念頭においてそれぞれが十分な睡眠を取る努力をする以外名案はありません。:
<自律神経、内分泌、免疫:410-3>:

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「笑う門には福きたる」

2011年08月22日 | 第10章:どうして心を癒すか
心底楽しく笑うと薬は不要だそうですが確かに或種の内分泌ホルモンの調査資料を見ると納得します。例えばプロラクチンという調査を昔、イギリスの大学にいた時、恩師から丁寧に教えていただきました。修道院のシスター(当然、独身です)で明るく元気の良い女性20名、更に結婚していて幸せそうな夫人・20名、総計40名のプロラクチンの調査結果は同じでした。この数値は生涯、とても参考になり、心理療法の仕事の自信を強めさせてもらいました。明るい解釈をする人と陰湿な暗い解釈をする人の自律神経、内分泌、免疫力はいづれも明るい解釈をする人のほうが高いのです。プロラクチンは幸せ度を測定する場合にしばしば対象にされるホルモンです。:<自律神経、内分泌、免疫:410-2>:

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流刑地・鬼界ケ島の俊寛僧都

2011年08月21日 | 第10章:どうして心を癒すか
吉川英治の新平家物語第6巻で描かれた鬼界ケ島での俊寛の場面は私の想像した哀しいだけの場面ではありませんでした。歌舞伎やその他の小説では俊寛だけが最後の最後まで流刑地に残され都を想いながら死んでいく場面が大半でしたが吉川文学では都に戻される二人をあざ笑い気の毒がり、のんびりとしたこの島で権力争いから離脱している自分を逆に幸せだと解釈している俊寛を描いているのです。俊寛の愛する娘は法華寺に預けられているのですが、その娘を想う気持ちも吉川文学は静かに見つめているのです。色々と俊寛僧都の思想経歴を調べるとこの吉川文学の解釈に納得出来ます。いつの時代も身辺に生起する森羅万象をどう解釈していくか、その解釈いかんで、自分の幸福度が決まりますので解釈だけは素直に明るくしていきたいものです。:<自律神経、内分泌、免疫:410-1>:

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既に「永遠の愛に生きている」と信じている人

2011年08月20日 | 第10章:どうして心を癒すか
世界を広く見渡すとマザーテレサを始めこの世に生きている時から、もう既に永遠の魂として生きていて、自分の死は単なる通過儀礼だと信じている人間も沢山います。この既に永遠に生きている、という意味ですが下記の比較宗教学の基本原理から思索を楽しんで下さい。
A=B(X+Y)と云う方程式です。Aは現在の自分のこと、Bは臨終と共に身体から離脱していく知的生命体のこと(世間では魂と呼んでいます)、Xは生育史上の独得のその人の心の有り様のこと(赤ちゃんとして誕生し今日までの、その人独自の人生から生まれてくる考え方、感じ方、行動の仕方)、Yは生物学的医学的な身体を意味しています。ミトコンドリアやDNA,遺伝子などをふくめます。ですから現在生きている自分はここからここまでがBで、ここからここまでがXだと分けられません。きちんとAを勉強する学問が人間学、Bは宗教学、Xは心理学、Yは医学です。人間とは何かと定義している一つに「人間とは魂と身体で構成されている」と信じている宗教もあります。その場合は生きている時から既に自分の所持している魂から身辺の森羅万象を見ているので、時々自分が変だなあ、と感じた時は、自分の生育史と身体の原因で見る目が濁っているんだなあ、とか、身体の影響でやはり見る目が混濁したんだ、と解釈していきます。純粋な目で見られるのは死んだ時、つまり純粋なBの状態になれば身体から解き放たれて永遠の愛である神様の世界に憩う日が、その永遠の幸福の世界に突入した瞬間だと解釈しています。生きている時から既に永遠の愛に生きていると信じている人々はとても強いです。:
<心理療法の近道:409-5>:

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心理療法家から見た宗教のありようについて

2011年08月19日 | 第10章:どうして心を癒すか
健全な信仰は、どんなに厳しい現実に遭遇しても明るく元気に爽やかに生きていけるエネルギーを与えてくれます。不健全な信仰は人を不安に陥れたりその時代の常識を無視させたり文化伝統を粗末に扱ったりして世間からの顰蹙をかいます。この宗教は本物かどうかを知りたい場合、その信徒を観察するのが一番重要で人を粗末にしたり価値観を押し付けたり人間が持つ自由意思を大事にしない宗教は本物ではありません。その国の憲法・法律を何よりも大事にしています。もし悪法があれば堂々と正面から法治国家の範囲で論戦を挑みます。精神的には心底、その個人の意思を、自由意思を尊重するのは当然ですが、何と言いましても、その信仰の結果として神様の愛を信じ、どんな厳しい現実でも明るく元気に爽やかに生き抜いていけるはずです。信仰があっても陰湿な人もいますが、その原因は宗教にあるのではなく現代の臨床心理学や心理療法を学びますとその原因はあぶりだされてくるものです。本物の信仰心を持つ人はどちらかといいますと楽天的です。:<心理療法の近道:409-4>:

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「自分の傾向と渇望」を賢く探す方法

2011年08月18日 | 第10章:どうして心を癒すか
悔いのない人生を歩む為には時々立ち止まり大自然の山、森、湖の静寂の中で自分の有り様を点検しないと無駄な時間を消耗してしまうようです。あまりにも多忙ですと鳥かごの中の回転マウスのような生活をしている自分に気づき愕然としてしまいます。さて自分を点検する場合でも無駄なエネルギーを使わぬように諸先輩が生涯をかけて研究した視点から思索したいものですが、そのポイントの一つがロジャースという学者が唱えている「自分の傾向と渇望」から探す方法です。悔いのない人生のシュミレーションを描く為に、どの傾向と渇望を探ればいいのでしょうか?一番重要な視点が「メメントモリ:自分の死を想いながらシュミレーションを描く」ことだと言われています。究極の視点です。色々の人の死に様を見ているわけですが、長い生育史の有り様が大いに影響しています。災害のような突然死の場合の本人の心中は誰にもわかりませんが、多分、ちゃんと覚悟して命を天に瞬間といえども委ねていると推察されます。あわてふためいて見苦しく死ぬのではなく、瞬時に諦め自分を天に委ねて大往生していると思われます。平和時の死にかたはその修行した人々は他者にはわかりませんが静かな息の引き取りをしているようです。自分の傾向と渇望を沢山の視点からは同時には理解できないのでまず自分の死とその後の魂の行方をきちんとした比較宗教学の視点からゆったりと研究し、自分のこれからの残された人生のシュミレーションを描くと、後の沢山の傾向と渇望の姿はそれに集約されつつ統合されていくものです。<心理療法の近道:409-3>:

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不満を持つのも自由ですが、少々心配

2011年08月17日 | 第10章:どうして心を癒すか
感謝を知らずいつも不満だらけで生きるのも人の自由です。ストレスがあっても平然と生きている逞しい人々もいますが普通の人はストレスがあると何となく元気がなくなります。人生はいつも思い通りになりませんが周囲に自分を甘やかせてくれる人がいると、平気でその人を罵倒したりわがままを平然とぶつけています。そうされるほど、だいたい、そのタイプの人は益々増長し言いたいほうだいの生活をしています。逆に有難う、すみません、といいながら上手に人を動かしている人もいます。このように本物の感謝心を持つ事は案外修行が必要なようです。心の病の発病の契機はほとんど全てがストレス曲線(不安感、怒り、身体症状、欝、錯乱の5つ)ですが、このストレスを感じるか、感じないかはその人の生育史が決めていきます。どんな厳しい現実でもストレスで病気にならない人がいますが、その人を観察していると口にはしませんが何かに感謝しているようです。厳しさを「試練」として明るく素直に受け入れ、感謝しているのです。別に何かの宗教を信仰しているわけでもなく、自分を成長させてくれる教材だと思っているようです。:<心理療法の近道:409-2>:

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心理療法の近道

2011年08月16日 | 第10章:どうして心を癒すか
心の悩みをより早く簡単に解消させる手法を巡り世界の学者、精神病理学者は生涯をかけて研究してきました。心因性の病理の場合は複雑で一概には言えないのですが色々の理論を総合して考えていくと、どうしても「感謝の心」が湧き出すと退院していく現実を見ると、やはり感謝の心が何故、人々を退院へと導いたのか研究するにあたいするようです。暫くこの感謝の心が何故人を退院させていくか、を思索してみます。:<心理療法の近道:409-1>:

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明かりをつけよう、と考えた方が勝ち!

2011年08月15日 | 第10章:どうして心を癒すか
暗いと不平を言う人は生涯、言い続ける傾向があるようです。それよりも思い切って自分から明かりをつけようと努力すると途端に生き甲斐を感じるように人間は設計されているようです。確かに辛い現実や挫折、劣等感に苛まれる時は当面の対処療法が必要ですが生涯そんな環境だけが存在するわけもなく必ずチャンスはあるものです。フィルターをかけたり思い込みが強いとチャンスが見えてこないので時々、自分から勇気を振り絞り飛躍しようと決意すれば案外人は簡単に自分から明かりを付けることが出来ます。不平は人を益々不幸にし自分からすすんで明かりをつけようとする人に神様は光を送るようです。
:<心のともしび:408-5>:

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心にともしびが灯らない時、どうしたらいいのだろう?

2011年08月14日 | 第10章:どうして心を癒すか
人は魂と心と身体で構成されています。学者によっては人は魂と身体で構成されいると言う人もいます。魂と心はどこが違うかと言いますと、ほぼ同じなのですが心理療法をする場合、同じものと定義してしまうと学問として成立しない場合に苦しみますので学問を深めている内に二つ(信仰の世界と学問の世界の二つ)にわける羽目になったのでしょう。魂は臨終と共に身体から離脱していく知的生命体と定義していますが生きている間は、その人の考え方は赤ちゃんとして誕生して今日までの生育史上の記憶、経験、遺伝子、環境、教育内容、家庭の傾向等の身体的、医学的、生物学的な傾向に影響されていますので個独得の世界が存在しています。その独特な世界を個別に対処していくにはどうしても医学、心理学、哲学、倫理学等の理論を応用しつつ、その人の心の世界がストレスから解放され自由な心を取り戻す作業をしていく必要があります。ストレスから解放されますと心のともしびは自然に湧き出します。
:<心のともしび:408-4>:

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「期待された人間像」と現実のギャップ

2011年08月13日 | 第10章:どうして心を癒すか
私のラジヲ放送を聞いてくださったり文章化されたものを読んで下さった上で、ふと私の勉強会に参加くださる人々が大勢おられます。有難いことです。その中には期待した通りの人間だ、と感じてくださる人もいれば会ってみてがっかりした、と感じる人もおられるようです。マスコミで私を知り来てくださる人に対して自然に振る舞えるようになるには数年の修行が必要でした。さて人は勝手に期待像を描くものですが理想と現実のギャップはどんな場合でも存在しますので注意が必要なようです。一番物凄い事例は死んだ後の天国像だろうなあ、といつも思います。世界中に時々神秘的な話が古代から現代まで語り続けられていますが、これとても期待像のギャップで困惑しないように健全な信仰心を今から修行していこうと思います。:<心のともしび:408-3>:

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不思議な現象

2011年08月12日 | 第10章:どうして心を癒すか
病室の患者さんで、どうしても好きになれない人がいました。どんなに努力してもその人の前に立つと自然に振る舞えないのです。治療する立場なのでいつも心の中で「すみません」と謝りながら仕事を進めていました。或日、心のともしびの朗読をして下さっていた女優の河内桃子さんの祝賀会で初めて河内さんにお会いして、その声の美しさと魅力にほれぼれしてしまいました。その翌日、病室のその苦手な患者さんにお会いして驚きました。声が河内桃子さんと同じなのです。その患者さんの声を改めてほれぼれと聞いていると、その日以来、患者さんは私に心を開いてくださり治療がどんどん良い方向に進展していきました。この不思議な現象はなんでしょう?:<心のともしび:408-2>:

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60周年記念

2011年08月11日 | 第10章:どうして心を癒すか
1952年にハヤット神父さんにより開設されたラジオ番組「心のともしび」が60周年記念を迎えました。私も受験勉強をしていると早朝この放送が流れていました。その番組に私も執筆者の一人として投稿するようになりはや十数年が流れ人生の速さに驚いています。このラジオの最初が「暗いと不平を言うよりは進んで明かりをつけましょう」とのナレーションが女優さんの声で語られていきます。この言葉を聞いた事で私の人生でも、随分と元気つけられ暗い気分が明るくなりました。同じ番組が60年も継続されたのは番組史上、初めてだそうです。そこには深い意味が潜在しているようです。この言葉について暫く思索していきます。
:<心のともしび:408-1>:

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