「歌を盗られたカナリヤは(その2)」
『紅とんぼ』とあるのは、1988年10月5日発売のオリジナル・アルバム『紅とんぼ
/ちあきなおみ 船村演歌を唄う』を指しています。
この後に発売されたのは、1989年3月21日発売のアルバム『男の郷愁』と1989年6月
21日発売のアルバム『女の心情』。どちらも時期的に合致しないだけでなく、とも
に昔の歌をカバーしたものです。
しかも冠にあるように『紅とんぼ』は全て船村徹作曲のものなのに、カバーものに
は船村作品は『男の郷愁』では「矢切の渡し」の1曲だけ、『女の心情』でも「さだ
め川」の1曲だけです(共にコロムビア時代のものでは無く、テイチクで再レコー
ディングしたもの)。
オリジナルとあるからには、『紅とんぼ』同様に船村徹の新譜尽くしのアルバムで
あった筈なのです。
ちあきが表舞台から姿を消してから3年近くの時を経て怪しげなアルバムがリリー
スされました。1995年5月21日発売の『男の友情 ちあきなおみ船村徹を唄う』と
題されたものです。
1992年9月11日に最愛の夫郷鍈治が肺がんが原因の心不全で亡くなり(享年55)、
16日の記者会見の席ではちあきは姿を見せず、以下の自筆コメントが発表(代
読)された。
「故人の強い希望により、皆様にはお知らせせずに身内だけで鎮かに送らせて
いただきました。主人の死を冷静に受けとめるにはまだ時間が必要かと思います。
皆様には申し訳ございませんが、静かな時間を過ごさせて下さいます様、よろし
くお願い申し上げます。ちあきなおみ」。
以後表舞台から姿を消した。
※14日に親族だけで郷鍈治の密葬・告別式が行われた。
冒頭の画像は、カセットで発売された二つのアルバム、『紅とんぼ/ちあきなおみ
船村演歌を唄う』と『男の友情 ちあきなおみ船村徹を唄う』とを比べたものです。
この二つの内容を見比べながら論を進めることにします。
怪しげなアルバムで、赤枠で囲った曲は『紅とんぼ』に収録されているものですし、
青枠で囲った曲はアルバム『男の郷愁』に収録されているもの、ピンク枠で囲った
曲は『女の心情』に収録されたものです。
黒枠で囲った曲は先述した「母のいない故郷」で、鳥羽一郎が1983年11月にシング
ルリリースしています。ちあき版は、この怪しげなアルバムが初出になりますが、
この後で述べる理由から2001年9月21日発売の5枚組アルバム『The Anthology of NA
OMI CHIAKI ちあきなおみ大全集』まで待たねばならなくなりました。
ちあきの「母のいない故郷」は、抒情的なよくできた作品だと思うのですが、船
村は『紅とんぼ』に収録することをしなかった。そして幻となったオリジナル・
アルバムへの収録も考えていなかったのだろうか。それで弟子の鳥羽一郎に回し
たのだろうか。ただ、記憶が曖昧で申し訳ありませんが、何かのTV番組(ちあき
の特集番組であったか)で、船村の奥様が、船村がちあきの「母のいない故郷」
を何度も何度も繰り返し聴いていたと話していたので、船村には捨て難い思いも
あったのは確か。
なお、鳥羽一郎のリリース時期から推して、アルバム『紅とんぼ』と幻のオリジ
ナル・アルバムに着手した時期は1983年より前と考えることができそうです。
怪しげなアルバムで枠囲いしなかった曲(*印の付いたもの)は、全てJASRACには
最近まで登録されていなかった(ちあきの名が無かった)ものです。つまり未発表
曲として長いこと扱われていたのです。
「母のいない故郷」もしばらくは同じ扱いになっていたために、前述したように
「盗られた歌」ではないかとの疑いをもたれた。
何故そうなったのかですが、未完成曲(仮歌の状態)のものが含まれているとクレ
ームが付いたからです。船村徹からと云われていますが、それはテイチクへ申し出
たのが彼であっただけの話であって、ちあき側からのクレームを受けた船村がそう
したのが真相でしょう。船村の冠の付いたアルバムですからね、発売にあたって彼
の了承を得ていない筈が無いからです。
その仮歌と明らかに分かるのが「夜啼鳥」です。残りの4曲のうち「女の影」と「炎
の秋」も好い出来映えとは云えません。(個人的には、歌詞よりもメロディーに手
直しが必要と思える。)
「たまゆらの宿」と「居酒屋『津軽』」は、ちあきの歌唱もしっかりしています
ので納得の行く仕上がりだったと思います。ですからこの2曲はちあき以外にも
提供されて数名のアーティストが登録されています。しかし、ちあきが最初に登
録されてしかるべきなのに、それぞれ3番目と2番目です。「夜啼鳥」、「女の
影」、「炎の秋」の3曲に至っては、ちあきしか登録されていません。
つまり船村自身満足の行くものは、他の歌手に提供したからなのですが、何故に
そのようなことになったのか?
結局、オリジナル・アルバムでもベスト盤でも無い、この怪しげなアルバムは2年で
廃盤となります。
降って湧いたようにリリースされたのは、おそらくその年に紫綬褒章を叙勲した
船村を祝っての(テイチクの忖度の働いた)もののように思うのですが…。
廃盤になったとは云え、2年間は流通していたので、経緯や事情は不明ですが、今
になってちあきの名もJASRACに登録された。
作品には、作詞家、作曲家、歌手の他に編曲家も加わります。船村徹の長男蔦将包
も船村作品に数多く携わっています。
ここではアルバム『紅とんぼ』とアルバム『男の友情』について、どのようなメン
バーが携わっていたのか(船村を除いて)曲ごとに比べてみることにします。
(曲名、作詞家、編曲家の順。◎印は両方のアルバムで重なったもの。〇印は他の
アルバムからのもの。×印はちあきの歌としてはボツとなったもの。)
◎「紅とんぼ」、吉田旺、南郷達也
◎「都の雨に」、吉田旺、南郷達也
・「情け歌」、石本美由紀、丸山雅仁
◎「君知らず」、千家和也、南郷達也
・「冬の華」、吉田旺、前田俊明
・「帰郷」、吉田旺、蔦将包
◎「歳月川」、新本創子、南郷達也
◎「しのび雪」、新本創子、前田俊明
◎「汐鳴り」、吉田旺、丸山雅仁
・「昭和えれじい」、吉田旺、南郷達也
・「ひとりしずか」、星野哲郎、前田俊明
・「片情」、吉田旺、蔦将包
〇「男の友情」、高野公男、蔦将包←アルバム「男の郷愁」から
〇「さだめ川」、石本美由紀、蔦将包←アルバム「女の心情」から
×「夜啼鳥」、吉田旺、丸山雅仁 ←仮歌、ちあきのみ登録
〇「矢切の渡し」、石本美由紀、蔦将包←アルバム「男の郷愁」から
×「女の影」、千家和也、斉藤恒夫←ちあきのみ登録
・「母のいない故郷」、新本創子、南郷達也←後にちあきも登録
×「炎の秋」、しの綾、前田俊明←ちあきのみ登録
×「たまゆらの宿」中山大三郎、丸山雅仁←後にちあきも登録
×「居酒屋『津軽』」吉田旺、丸山雅仁←後にちあきも登録
こうすると面白いことが分かります。
あくまでも推測ですが、殆ど同じメンバーで臨んでいることから、ボツ曲も「母の
いない故郷」と同様にかなり前から着手していたと思えることです。
幻と消えたオリジナル・アルバム用として『紅とんぼ』同様に新譜が作られていた
としたら、ボツ曲だけではまだ足りていません。一体全体10曲ほどの新譜はどうし
たのか?