小説家、反ワク医師、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、反ワク医師、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

研修医

2016-09-21 23:46:17 | 医学・病気
昨日、かかりつけの、クリニックに行った。月に一度の、定時処方をもらいに。

ここの先生は、性格が、穏やかで、助かる。

ここの先生には、もう、10年間も、月に一度、薬をもらっている。

外科、胃腸科、が、専門だが、なぜだか、いつも、胸の聴診を受けている。

はっきり言って、呼吸器は、あまり得意では、なさそうだ。

その証拠に、週一回、呼吸器科の先生が、来ている。

申し訳ないが、僕は、精神科の薬には、ある程度、詳しいので、先生に、処方を決めてもらっているのではなく、僕が、「これと、これの、眠剤と、精神安定剤を下さい」と、昔に、言って、先生は、僕の言う通りに、処方してくれている。

そのおかげて、僕は、生きていることが出来るのである。

ここのクリニックだけでなく、よく行く、整形外科のクリニックでも、研修医が、先生の後ろにいて、先生の、診療を見ている。

研修医である。

しかし、僕の感覚では、これは、研修ではなく、単なる見学である。

僕が、研修病院(千葉の下総療養所)で、研修した時は、初日から、初診で、入院してくる患者の、主治医になった。

僕が、問診をし、カルテを書いた。

精神科は、初診の、カルテをまとめるのだけは、他科より、難しい。

なんせ、その患者の、生まれてきてから、今日に至るまでの、30年間(30歳の患者の場合)、の、病気の経歴を、カルテの一枚の中に、まとめなくては、ならないからだ。

医療保護入院ばかりだから、アナムネは、患者を連れてきた、家族から、聞くことの方が、多いが、患者からも聞く。

そんなの、不可能だと、初めは、必死だった。

なので、夜中の、12時を過ぎても、頑張って、書いていた。

僕は、負けず嫌いなので、「出来ません」、などと言うのは、僕の、男の意地が許さないのだ。

しかし、何人もの、患者の、カルテを書いているうちに、そして、また、他の、医者の、カルテも、見て参考にしているうちに、だんだん、要領がわかってきた。

患者の病歴を聞いていると、「あれもこれも、みんな大事なこと」、に思えて、とても、一枚のカルテには、まとめられない、と最初は思ったが。

大切なのは、初発が、いつで、どんな様子だったか、ということが、大切で、その後、いくつもの精神科クリニックや、病院にかかって、通院や、入院しても、それらは、「その後、いくつかの精神科にかかる」、と、書けばいいのである。

入院してからも、研修医でも、ほとんど、主治医で、患者との面談、も、僕が一人でやった。

ただ、薬の知識は、無いので、薬の選択は、指導医の先生に、決めてもらった。

しかし、それを、のぞけば、研修医でも、ほとんど、主治医である。

今の、研修医は、あれは、研修ではなく、見学だと、僕には、見える。

まあ、それでも、多少は学べるが。

本来の、研修とは、研修医が、ほとんど、患者の、主治医となり、患者を診療することなのだ。

研修医といえども、知っている医学知識は、ベテラン医より、多いし、今は、国家試験の臨床問題も、何の病気か、わからない患者を、診断する、という、臨床の現場の実践的な、問題を厚生省は、重視して、たくさん、つくっている。

だから、本来ならば、研修医が、主治医として、患者と話し、診察して、考えて診断し、クリニックの院長は、それを、見守り、アドバイスし、最終的な責任者という、役割りをすべきなのだ。

マイナー科目では、無理だと思うが、内科なら、研修医は、それは、出来るはずた。

むしろ、クリニックの院長は、マンネリになっていて、患者に、聞くことは、毎回、同じで、患者も院長も、何の緊張感もない。

こっちも、マンネリ化した、院長など、利用するだけの存在で、何にも、期待していない。

研修医は、医学知識は、十分あり、実戦の、医療を、始めたばかりだから、フレッシュで、やる気もあって、やらせたら面白いと思うのだが。

医学部付属病院なら、「この病院は医学生の教育も目的としています」、と、書いてあるから、患者も納得して、研修医が、主治医になって診療している、方が多いと思うが。

個人クリニックとなると、研修ではなく、見学となっている。

クリニックの院長も、研修医の教育は、面倒くさいだろうし、また、研修医に、なめられてたまるか、という思いも、あるだろう。

研修も二年で、きっちり、終えていない研修医もいて、また、研修の義務化は、上手くいっていない、とも、書かれてある。

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