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日本鋼管(現:JFEエンジニアリング)の荷役用エレベーターのガーターが特徴の浅野駅は本線と海芝浦支線との分岐駅です。休日だと適当に車を駐車するスペースもあり安心して撮影出来ました。 93,02,20 浅野 TMX スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED
20年前の2月は鶴見線でクモハ12を撮影しています。そこの当時、クモハ12は輸送力の適正化の名の下、昼間帯は鶴見―海芝浦・大川をピストン輸送していました。そのため別に下調べをする事もなく鶴見線沿線で待っていると適当に撮影出来て貴重な存在でした。
この時も何か所要があったものの意外にはなく終わってしまい、首都高横羽線を走って帰宅の途中に思いついて”まだ早いので鶴見線へ行こう!”と思い立って撮影したと記憶しています。
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昔は日本鋼管からの専用線から日本鋼管所有のカマが浅野駅まで顔を出していたという話を先輩から聞いたことがありますが、私が中学生時代に始めてこの駅に訪れたときは既にカマの姿は見られなくなってしまいました。 93,02,20 浅野 TMX スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED
私がはじめて鶴見線を訪れた頃は17メートル旧型国電(クモハ11+クハ16 )全盛期でした。ラッシュ時は2連を増結して4連で通勤輸送に対応していました。それが73系の置換えに際して当局から検修合理化・解結作業要員の廃止が提案されたために73系への置き換えには時間は意外とかかりました。その後73系は101系時代を経て103系へ。そして205系へとラインナップが変わっていきました。その中で大川支線武蔵白石駅構内に存在した急カーブのホームは20メートル車の101系では接触してしまうためにクモハ12が大川線専用として延命していたけいいがあります。それが国鉄末期から昼間はガラガラで走っている103系電車に代わってクモハ12が本線(扇町)以外はされるようになりました。それも最初は休日のみだったのがいつの間にか平日もクモハ12が運行されるようになり良い被写体になった経緯があります。
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生まれ育った東急池上線もそうですが、鶴見線の線路上にある高圧鉄塔が特徴です。それを強調したくてこんな撮影をしてみました。 93,02,20 浅野 TMX スキャナー : Nikon COOLSCAN ⅣED