緩和ケア医の日々所感

日常の中でがんや疾病を生きることを考えていきたいなあと思っています

コーラスライン(4)

2007年05月30日 | つれづれ

一瞬の出来事だった靭帯断裂は
有無を言わせぬ選択となり
迷うことはなくなりはしました。

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しかしながら、
それまで、打ち込んでいたことが
できなくなってしまったことに
言い表せない大きな喪失感を味わっていました。

大げさに聞こえるかもしれませんが
あの時、今までの私は死んでしまった・・
とまで、感じていました。

多くを語ることもできず
バレエもミュージカルも
観にいくことも
TVでみることも
しなくなってしまいました。

バレエをみたのは
それから10年位たってからのことでした。
本格的なバレエを劇場に観にいったのは
実に20年以上経っていました。

こんな風にここに書けていることも
自分の中では大きな変化かもしれません。
この20年という時間が
私にとって踊れなくなってしまったことを
真に受け止めるためのグリーフワークだったのだと思います。

(明日に続きます)
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9 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
私も大好きです、ダンス (みや)
2007-05-30 21:57:14
初めておたよりします。私もモダン、コンテンポラリーをやっています。日々エクササイズと特訓の連続でデビューの日を待っています。もちろんすでに舞台は経験していますが怪我をしないのがプロの基本、という言葉を大切にしています。
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Unknown (Hana)
2007-05-30 23:19:50
こんな深い喪失体験があったのですね。だからこそ、患者さんや家族の方の悲嘆に付き合い、信頼される緩和ケア医師として慕われていらっしゃるのでしょうね。
私もバレー大好きです。大昔に初めて観たバレーがマイヤ プリセツカヤのDying Swan,感動でこんな美しいものを見れただけでも生きている甲斐があったと思いました!
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Unknown ()
2007-05-30 23:33:30
私の母は末期で施しようがなくて、緩和ケアのお世話になることもなく亡くなりました。こういうブログでお願いできるとすれば、なにか具体的なことを言っていただくことです。患者と家族は疲れています。でもそれを病院ではなかなかいえません。そのこと、先生はわかっておられますか。母の病院ではそのことがはっきりしません、先生や看護部さんが、いったりきたり、という日々でした。
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・・・ (そら)
2007-05-31 08:48:45
ここ、個人的なブログだから、何を書くかは先生次第ですよね。それは、ここの先生が言えばいいことだろうけど、自分達のぶつけようの無い気持ちをここに書いてあると、それ、違うんじゃないかって思う。
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コメントありがとうございます (aruga)
2007-05-31 22:01:12
みやさん
怪我をしないのがプロの基本・・本当にそう思います。デビュー成功しますように、心から応援しています。

Hanaさん
心底の痛みを共に感じて頂けたこと、本当にありがとうございました。偶然にも私の初めてみたバレエもプリセツカヤの瀕死の白鳥でした。あの腕の動きはこの世のものではありませんでした。

楓さん
ありがとうございます。いろいろ、考えさせられました。

そらさん
正直な気持ち、お書きくださったことに感謝しています。ブログポリシーをどこかに掲げたほうがよいのかもしれません・・
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極めて主観的ですが・・・。 (ぴょん)
2007-06-01 20:54:49
極めてピンポイントで、済みません。(いつものことか・・・。笑)

我が主人、初めは、とある都内の病院で、治療を受けておりました。

一般総合病院でしたので、緩和ケア科は、当然ありませんでした。
でも、主人が癌を再発してからも、そして、初動の頃も、看護師さんが常に、精神的なことも含めて、緩和ケアなるものを、して下さっていたと思っています。
そして、家族(妻の私ですが)の私の精神状態と顔色を常に、見て下さっていました。

後に転院し、主人の人生の最期となった病院では、緩和ケア科がありましたので、当然、私をも含めたケアがありました。

近親者に癌を罹患した人が、私には、たくさんありましたし、間近に観ておりましたので、主人が癌と診断された時から、緩和ケア病棟がある病院、もしくは、キチンとそう言った意味で、面倒を見て下さる病院を常に選んできたつもりですし、幸い、主人は、入院することができました。
本当に有り難いことでした。
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ありがとうございます。 (aruga)
2007-06-01 23:57:38
一般総合病院で緩和ケア科はなかったけれど、スタッフに緩和ケアをしてもらえたとのこと。素晴らしいことだったと思います。
他の方から、緩和ケアチームと思われる支援があっても十分なケアではなかったというお話を伺うと、緩和ケアチームや緩和ケア病棟にかかわってもらえたことが大切なのではなく、支えられたという実感が得られることが大切なのではないかと思うのです。
(もちろん、その後に移られた緩和ケア病棟では、とても素晴らしいケアをしてもらえたことは、今まで幾度となく頂いたコメントで十分存じております。その病棟の方とは以前一緒に少しだけ働かせて頂いたこともあるのですよ。)
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やっぱり、つながってらっしゃるかも? (ぴょん)
2007-06-02 08:36:35
主人が初めて、癌を告知された、主治医も、後日、主人が最期を迎えた病院もちょっとだけ関係があったりして、先生同士で、つながっていて下さる事を感じられる日になりました。

先生のご活躍も、もちろん、お祈り申し上げます。
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先生の立ち位置 (太陽)
2007-06-02 21:31:43
緩和担当医、そしてブログをたてる一個人として、先生はどこにいらっしゃるのですか。それをはっきりしていただくと読む者はより理解できると思います。先生が様々な方にそれぞれの返答をされるのは、ブログだから可能ですよね。でもそれは先生に期待する人、先生を擁護する人、それぞれに近いスタンスを見せるのみで、先生がキーワードが緩和ケアだとされるこのブログの趣旨にはそぐっていないのではないですか。ブログポリシーが必要なら掲げていただいて、そこに反応する人が来るだけだと思います。これは、先生の皆さんへの返事や記事を批判するものではありません。先生のはっきりしたお考えをしめされればどうか、と思うだけです。
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