笑顔の江川

薬害エイズを考える山の手の会のご案内
薬害被害者、がん患者の支援活動
尊敬する勝海舟や田中正造のコメント

人物は長い人生の中から生まれるー秋月悌次郎の場合

2019-06-09 21:16:04 | 日記
やはり歴史上の人物はその一生涯をみなければ理解できないでしょう。勝海舟も慶応4年の西郷隆盛との江戸城無血開城の談判はその一時にすぎず77年の生涯をみなければ理解できません。最近注目されている渋沢栄一も91年の生涯をみなければ理解できません。
さて今日は秋月悌次郎。私もそんなに知っているわけではありません。幕末の会津藩公用方として京で奔走した人物としかしりませんでした。この人物も1824年に生まれ1900年まで生きるのです。勝海舟は1823年から1899年ですからほぼ同じ時期です。秋月悌次郎は会津藩士の家に生まれ藩校日新館に学び江戸の昌平坂学問所に留学して日本一の学生と呼ばれるほど優秀で幕末の京で公用方として活躍しますが藩の方針が変わったりして蝦夷地斜里代官に左遷されたりもしていいました。再度、京で公用方になるも戊辰戦争で会津藩は朝敵となって敗戦して敗者の使者になったり護送されたりしました。明治に入ると会津藩の処遇は厳しいものでしたが学校の教師として生涯を終えます。ラフカディオ・ハーンが「神のような人」と言った人物こそ秋月悌次郎です。やはり人物はその生涯をみなければ理解できません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする