真夜中、事故の瞬間が何度も夢に出てきた。明け方の夢は最悪だった。被害者が例のオバハンだ。
急ブレーキも間に合わず完全にはねた、タイヤの跡も鮮明にひき殺していた。
オバハンが、血みどろの顔を私に向けて笑っている.。その顔を見た時、「ギャーっ!」目が覚めた。
オバハンはどうなっても良いが、被害者がやくざの関係者とかだったら完全に人生終わっていたなぁなどと、
色々なことが頭をよぎった。
翌日、
出社後、副支店長にシコタマ説教された。副支店長は営業経験のない、人情味が全くない人で、
ねちねち1時間以上の説教は、昨日の警官の調書よりこたえた。
午後は、支店長に随行してもらっての被害者へのお見舞いだ。支店長は営業経験豊富な人情家だ。
「心配するな、わしがちゃんと謝ってあげるから。」「相手さんの住所しっかり調べておけよ。」こんな感じで、頼りになる。
さすがに役員の支店長だ。
十分に調べたうえ、黒塗りの支店長車に乗り込む。
ところが、なかなか住所に当たる家が見つからない。まさか相手様に電話で聞くのも憚れるし、
だんだん支店長の顔色も不安気だ。アポイントは1時。すでに5分を切っている。
車から降りて近所で聞くことにした。昼過ぎでもあり人通りがない。仕方なくある家の戸を叩く。
インターフォンと言うよりまだまだ、昔のことで呼び鈴があるだけ、鳴らし続けた。
諦めかけた時、スリガラスの向こうにかすかな人影。一層大きな声で、「すいません。すいません。」
スリガラスの向こうにはっきりと人の影。しかし、なかなか戸は開かない。よく見ると寝間着姿の老人だ。
両手をスリガラスに当てて顔をガラスにピタリとつけてこちらをうかがっている。
しかしよく見ると、立っているというよりガラスに体を預けているのだ。口のあたりが息で曇って来た。
恐らくこの人は、病気の体を無理して玄関までたどり着いたが、戸を開ける体力までは残っていないのだ。
ただ事ではない気配を感じた私は目的を断念し、立ち去ろうとしたが、振り返るとそのままの姿勢で微動だにしない。
ゾンビが両手を大きく上げて獲物に向かおうとする姿勢に見える。
車の方からは支店長が、「どうした家は分からないのか?早くしろ。」
時間は迫る。しかしこの状態をそのままにも出来ない。
時間は迫る。玄関の人を見殺しには出来ない。
時間は迫る。人としてこのままでは立ち去れない。
時間は迫る。すりガラスの向こうの眼は私を見ている。
時間は迫る。ガラスの曇りが乾いて来た。息してない?
時間は迫る。
続く。