アチャコちゃんの京都日誌

あちゃこが巡る京都の古刹巡礼

678 生きてるだけで丸儲け! 岡八郎  臭っさー

2020-03-03 08:47:31 | 日記

生きてるだけで丸儲け!

㉘ 岡八郎 おくめの八ちゃん

岡八朗の画像

筆者は、岡八郎・浅草四郎の漫才を覚えている。吉本新喜劇から漫才師、漫才師から新喜劇への転籍は昔から頻繁にあった。横山やすしが言うように、漫才で当てたら収入は格段に増える。しかし、岡八郎は、漫才を断念し新喜劇で一世を風靡した.原哲夫、平参平、花紀京、中山美穂(美保ではない。)淀川五郎、船場太郎、チャーリー浜、白羽大介、ルーキー新一、山田スミ子、谷しげる、柳浩一、桑原和男という・・・・。綺羅星の如く爆笑芸人がいた時代だ。その後、間寛平・木村進などが出現する。寛平は花紀京の付け人だった。

原哲男の画像山田スミ子の画像木村進の画像船場太郎の画像

岡八郎は、ギャグのデパートだった。代表的な、

悪役が絡むのに対して、対抗しようと、「言うとくけど、空手もやっとるんや」と言ったあと、「ま、これは、通信教育やけどな」(爆笑)

このパターンは、しばしば筆者も使った。

悪役に対して、「この構えに、スキがあったらな〜、どっからなりとも、」、引け腰の弱そうなポーズで、「かかってこんかい!」そして観客に尻向け人差し指で尻をかき、その指を鼻へ持ってゆき顔をしかめて「くっさー」これは、分かっていても笑える。

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花紀京との絡みは、絶品の芸だった。芝居の中で、座長として突っ込むところは、鋭く突っ込み。クライマックスでは、自ら大ボケをかまして大爆笑を取っていた。もちろん、芝居の最後には定番の名がセリフがあって、人情噺での涙を誘った。しかし、そこで八ちゃん号泣、「がお〜」と、定番のギャグ。ひたすらボケまくり笑わせ続ける花紀京に対して、笑いも涙も取れる貴重な役者だった。

オール巨人、岡けんた・ゆうたなど、弟子の面倒も見たうえでアルコール依存症の進行による病気で亡くなった。

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677 生きてるだけで丸儲け! ㉗ 正司 敏江・玲児 「どつき漫才」

2020-03-03 08:09:59 | 日記

生きてるだけで丸儲け!

㉗ 正司 敏江・玲児

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「どつき漫才」という分野があるのかないのか、分からないがこのコンビはどつき漫才で世に出て来た。元々はしゃべくりで勝負していたが、敏江のセリフ覚えの悪さで、切れた玲児が本気で張り倒したところウケたという。さらに逆切れした敏江が、反撃して大爆笑を取ることでメジャーデビューした。

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敏江は、小豆島出身で苦労して中学出て大阪に出て来た。かしまし娘の付き人から弟子になり、ちゃっかり娘という音曲漫才でギターを担当していたが、売れなかった。一方、玲児も中卒で九州から大阪に出てきて、芸能プロダクションでパシリをしていた。特に、横山やすしと親しくしていた。二人はコンビを組む前から付き合っており、芸人とプロダクションの人間の交際については厳しい掟があり、その事で二人は正司歌江から破門されている。

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売れっ子になっても、夫婦である事は隠し、兄妹漫才で売り出した。その後夫婦であることを公表し離婚しても漫才を続けた。蝶々・雄二や、鳳啓介・京唄子と同様、夫婦の関係は破たんしても芸人としては「稼業」として続けたのである。途中、破門を許され「正司」の屋号を名乗っている。

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しかし、漫才のしゃべくりそのものは2流の域を出ず、玲児の振舞いが「天狗になった。」と悪評を呼び、急速に人気は急落した。その後、玲児が急死した後、敏江はピンで活動している。筆者は、先年、繁昌亭でその姿を見たが、70歳を超えた敏江が振袖で短髪の頭にリボンをのせている姿は、悲しいほどだった。大助・花子のように長く愛される芸人になれなかったのは、何が違ったのか?芸人は「運」が大半を占める。

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