アチャコちゃんの京都日誌

あちゃこが巡る京都の古刹巡礼

952回 あちゃこの京都日誌  新シリーズ「新天皇国紀」⑧

2023-01-21 09:37:18 | 日記

第1章 雄略天皇~継体天皇

 

その1  大古の昔は、130年以上生きた天皇が何人もいた。?

「昭和天皇は最長寿ではなかった。神の話から人間の話へ」

神武天皇 - Wikipedia

天皇の初代は、神武天皇だが、このあたりは神話の世界と重なりかなり歴史的真実とは考えにくい。特に、2代綏靖から9代開化までは、「欠史八代」と言われていて実在は疑わしい。何しろ皆さん御長寿でいらっしゃる。この間、長寿番付け1位は、孝安天皇137歳、2位孝霊天皇128歳、3位初代神武天皇127歳、以下孝元天皇116歳、孝昭天皇114歳、開花天皇111歳、綏靖天皇84歳、懿徳天皇77歳、安寧天皇67歳。なんと昭和天皇の89歳が史上最高年齢と思っていたのに、である。古代では、現在のようなストレスはなく天変地異もなく、また環境問題もまだなく有害物質に侵されることも無かった為か?しかし、当時の平均寿命など鑑みおよそ現実的ではない。まさに神の仕業としか考えられない。

しかし、実在しなかったという証明は難しく、今の半期を1年とする半歴説もある。それぞれ年齢を半分にすると現実味が出てくる。神武天皇は63歳か64歳、最も長生きの孝安天皇で68歳か69歳、(日本の暦にはお彼岸など年2回の行事が多いのはその名残か、また春夏秋冬の四季をそれぞれ1年とする4倍歴説もある。)いずれの国でも「国の大本」は神秘に包まれているもので、実在かどうかの議論そのものが興味深い。

実は、現在の学説では、10代の崇神天皇が天皇家の始まりと言われている。神武天皇の実名が、「ハツクニシラススメラミコト」と、崇神天皇と同じなのだ。スメラミコトは「皇尊」なので天皇の意味だが、ハツクニシラスは「始馭天下」とか「御肇国」と書きいずれも初めて国を治めるという意味なのだ。『日本書紀』や『古事記』を書く時代になって、神話の世界の神武天皇を祖とし、その次に8人の天皇の存在を創作し、始めて国を治めた大王(崇神天皇)の正当性を強調したのだろう。戦国時代など下剋上の時代に、自らの家柄を尊いものに見せる為、遠い昔から続いていたかのように家系図を創作したのと同じようなものなのかも知れない。しかし、女神であるアマテラスの時代からとは言え、同一王朝の男系を繋いでいるとされる国は世界でも日本だけだ。もし新しい王朝が武力で討伐したのならば、その都度、何度もそのような複雑で非現実的な歴史を残すことも考えられるはずだ。

ただ現実にはその後なお、地方豪族たちの覇権争いがあったものと思われる。崇神王朝はその後本拠地を転々とする。まず奈良の三輪神社あたりを拠点にした「古王朝」と言われる時代、次に仁徳天皇陵で有名な泉州・河内の「河内王朝」へと変えて行く。あくまでも皇室内での系統の違う王朝への交代なのかどうかは学説が分かれる。

いよいよ本題の継体天皇を語るのだが、その前に、大王家の統治を確立した一人の強烈な個性の天皇を書かねばならない。考古学的に実在が確定している最古の天皇、大悪天皇とも有徳天皇とも言われるワカタケルこと雄略天皇である。

継体天皇についての伝承地(1) 福井県越前市: 継体天皇紀行 ...継体天皇

☞「欠史八代」・・・『古事記』・『日本書紀』においては存在するがその事績が記されない第2代から第9代までの8人の天皇。現代の歴史学ではこれらの天皇は実在せず後世になって創作された存在と考える。


951回 あちゃこの京都日誌  新シリーズ「新天皇国紀」⑦

2023-01-21 09:19:24 | 日記

 

⑧ 現代に繋がる安定的皇位継承の問題点

皇室の課題|平成から令和へ 新時代の幕開け|NHK NEWS WEB

 現在、今上陛下よりお若い天皇皇位継承権を持つ方は、皇太弟(皇嗣殿下)である秋篠宮殿下とそのお子様の悠仁親王殿下のお二人である。これで次世代まで皇位継承は安泰だという方もいる。しかし、お二人しかいらっしゃらない、このことが最大唯一の問題だ。言うのも憚れるが、万が一の場合は皇統断絶の危機が現実問題となっている。

 そこで女性天皇や女系天皇の議論がある。しかし、女性天皇と女系天皇の違いなど十分に理解されていない事や、歴史上女性天皇がどのような経緯で即位されたかなどの検証も不十分と言わざるを得ない。父親を遡れば必ず天皇に繋がるという我が国固有の男系男子による皇位継承は、女性天皇でも必ず父親(祖父)は天皇であった。両親とも天皇であれば良いが、そのお子(女帝は未婚が基本)は天皇になっていない。母が天皇であった子は女系天皇と言うが、歴史上その例はない。(男系・女系いずれにも該当する天皇はいる)つまり、今上陛下の内親王殿下の愛子さまは、男系の女性なので、そのような女性天皇の例はある。しかしそのお子は、愛子さまのお相手が男系(天皇に直結する血筋)でない限り女系天皇となり前例はない。

皇室のニュース一覧|FNNプライムオンライン

 従って、現在の皇室典範を改正するにあたり前例のない女系などの皇位継承をどうするかは大きな議論となる。まず、愛子様を皇位継承者にする場合、その継承順位を男子優先の後にして悠仁親王殿下の次にするか、今上陛下との血縁を優先して秋篠宮殿下や悠仁さまに優先するかという議論などは難しい問題だ。それは廃太子(現在の皇位継承者を一旦廃止する)という手続きが発生するからだ。また、眞子さまや佳子さまの継承順位をどうするかという議論も発生する。さらに、女系天皇も想定すると、愛子さま、眞子さま、佳子さまのお子に皇位継承順位をつけるかどうかという議論になりかねない。小室圭氏のお子様が天皇になる可能性すら出てくるのである。男女平等やダイバシティーの考え方を持ち込んで皇室問題を議論はできないと考える人が多いのはこのような事情による。

 これは何より皇位継承者の減少が原因である。太平洋戦争終結時、GHQの指示により多くの宮家・皇族を臣籍から民間へ降下させたことによる。実は、明治天皇も大正天皇もそして昭和天皇も女官からのお子であった。つまり皇后さまのお子ではないのである。女官制度では江戸幕府時代の大奥と同じ、将軍や天皇の血筋を守る為多くの女性を用意していた。この制度が現代のモラルに照らし合わせたら問題外だとは思うが、現実的には、一人のお相手だけでは皇位は守られていないのだ。今上陛下にお妾さんをと、言っているのではない。現実を述べているだけだ。そこで、戦後臣籍降下された旧皇族にお戻りいただく案も浮上している。しかし、戦後70年もたち世代交代した旧皇族の皆様には、すでに完全に民間人としての人生を歩んでおられる。当然、職業上の人脈や個人財産、人的つながりなど社会基盤を築いておられる中で、私的自由を大きく制限される皇室にお戻りいただくことは現憲法上適切なのかという議論はある。まして天皇や天皇の父ともなれば、国民の象徴として生きて行くことが求められることになる。生まれながらにして君主教育を受けておられる皇室内に生きている方々と違って、このような人生の激変を受け入れるものかとも思う。一部には、ご理解を頂けた方に限り、お一人かお二人を天皇家の御養子としてお入り頂く案も出ている。そのような崇高な志をお持ちの旧皇族の青年男子の登場を心よりお待ちする。勿論、皇室典範の改正と何より国民の理解を得る必要がある。

 そのような状況の中でも、学校教育現場や報道関係の情報にもしっかり歴史を踏まえた詳しく正しい発信がない事は多いに問題だと思う。江戸時代中期の新井白石のような近未来を見据えた施策を打てる為政者がいないのだろうか。政治家、学者の英知を集めての提言を待ちたい。同時に国民側にも、この機会にイデオロギーを超えて皇室の歴史、日本の歴史を学ぶ必要がある。

 

以上のような事から、8つのケースを詳しく見ることで先人の皇位継承への思いを見て行く。分かりやすいように表にして選んだ理由を書いておく。

 

21代雄略天皇から

26代継体天皇へ

皇統の最初の危機。別系統を立てたか、王朝の交代か

49代光仁天皇から

50代桓武天皇へ

天武系から天智系へ皇統の変更。皇族の争いの歴史を清算する。

57代陽成天皇から

58代光孝天皇へ

傍流が本流へ、藤原摂関家との確執を越えて皇室の権威を守る。

71代後三条天皇から

72代白河天皇へ

天皇親政へ院政を確立

82代後鳥羽天皇から

88代後嵯峨天皇へ

武家社会との競合から共存

96代後醍醐天皇

 

天皇親政と南北朝騒乱へ

108代後水尾天皇

 

武家社会全盛期の天皇、復古主義への道

119代光格天皇

 

傍系からの即位、血統の危機を救う。先人の知恵の集約。