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脳出血で無職になった親父のブログ

株式投資に腕時計が好きなオッサンのブログです。年齢を重ねスピリチュアルにも興味を持ったお蔭で人生感も変わりました。

昭和40年代 高級家電製品

2015年04月15日 09時24分28秒 | わが半生
昭和40年代前半になり漸く庶民も食べることに楽しみ持ったり自家用車が少しずつ普及し始めました。テレビも白黒テレビからカラーテレビに時代が代わるのですが、とにかく高価で、なかなか一般庶民には贅沢な家電製品の代表みたいなものでした。そんな時代に父は新し物好きで当時、、たまたま買った株が大暴騰したみたいで、ウチにはカラーテレビにエアコン(当時はクーラー)がありましたね。カラーテレビはアンテナが白黒テレビの、アンテナと違いましたので団地の屋上を見るとウチ、一件だけカラーテレビだったので友達にも自慢してました。そんな、ある日、学校から帰ると玄関にたくさんの履物があって部屋からは、、オバちゃんの声が響きわたっていたのです。『わぁ!やっぱりカラーって、ええなぁ!ウチとこも欲しい!!』たった六畳二間の団地に何人ものオバちゃん達が一台のTVの前に群がり。まるでウチのTVは街頭TVの状態です。驚いて立ち尽くす私を見た母が『ご近所さんだよ(^^)カラーテレビ見たいって、みんな来てくれた(^^)』大阪のオバちゃんパワーが我が家で暫く炸裂したのを覚えています。20型のカラーテレビでしたが、当時では大きい方の画面なんですよ。カラーの番組も一部しかなくドラマやニュースなど、まだ大半はカラーテレビで見ても白黒でしか映らない時代でカラーの番組には新聞の番組欄にカラーと書いていたのです(^^)ホンマです。そしてTVの番組がカラーだと画面の右下あたりにカラーって記載されてるんですが1人のオバちゃんが『画面にカラーって書いたあるけど見たら、分かるっちゅうねん(^^)』画面に向かって突っ込み入れてました(^^)当時、子供向け番組でカラーはマグマ大使とかウルトラマンです。マグマ大使が金色なのは妙にインパクトが大きかったです。昭和の高度経済成長の走りでした。
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