脳出血で無職になった親父のブログ

株式投資に腕時計が好きなオッサンのブログです。年齢を重ねスピリチュアルにも興味を持ったお蔭で人生感も変わりました。

徒然ねるままに(o^^o)輪廻って?

2017年04月01日 18時13分28秒 | スピリチュアル
生きること(^-^)
それ自体が魂の修行だそうです。

安定すると毎日の行動が決まって来ます(^-^)
例えば、起床し朝食を食べて会社へ出勤。
いつものメンバーと会い、いつもの流れ。
そんな毎日が時に退屈になったり
なんのために生きている?
そんな疑問も頭を時々、かすめます。

そんな平凡な当たり前の日常に突然!
病や事故、大きなミス、妻に離婚を言われたり
時々、そんなアクシデントが目の前に。

すると?
平凡な当たり前の日々が
どれだけ幸せなことか。と思う事も。

人は死んで、あの世へと行くと
病はありません。食べる事も不要。
この世の生活感はなく。
基本、結婚もないそうですので離婚もない。
企業の存在もなく売上競争もありません。

穏やかに、のんびりと暮らせるそうな。
そうすると人は(魂)刺激が欲しくなるわけ。
そこで
また地球へ生まれ変わりたい。
死ぬ前の人生を振り返ると、顔から火が出そうな程に恥ずかしい(o^^o)

その償いもしたい。
今度はは人に優しく。
仕事は人々に役立つ仕事。
夢を与える仕事に就きたい。
想像するだけでキラキラしてくる自分。

そして神様やソウルメイト、守護霊様へ相談し決裁を頂きます。
今度の自分の人生
仮に80年
その脚本に登場する人達とも打ち合わせ。
前回は俺が息子になったから、今度は俺があなたの母親をやりたい。
だって、前回は不良息子で迷惑をかけたから。
今度は俺が、その気持ちを知りたいから
女として生まれて、あんたの母親をするから
その時は思いっきりグレて欲しい。とか。言って
打ち合わせ(o^^o)

脚本も出来上がり。
いざ出陣とばかりに地球を目指す。
今度の親は、打ち合わせでは前回はお姉ちゃんだった魂のはず。
あ、いたいた。あそこ。
とばかりに前世では姉だった人が今度は母親。
自分は前世ではグレてた不良な弟。
姉によく助けて貰ったから
今度は親孝行しよう。

そんな思いで地球への旅立ち。
『あー、また大変な人生ゲームに参加することになったなぁ。』そんな思いも持ちながら旅立つ自分の魂。そして、見送ってくれてるソウルメイトは涙、涙(T-T)
『大変だけど頑張ってねーー。あなたの修行の体験は私達にも身になるんだから。その代表なんやでーー。』
人生の問題集と課題を胸に降り立つのでした。

地球では
とある産婦人科の病棟で懸命にいきんでる女性。
隣で必死に励ます男性。
『オギャー🎵』
そんな、ことで
再び、この世に降りた自分の魂は
キラキラした笑顔
今度は人のために優しく生きるんだー!
と言わんばかりの産声をあげたのでした。
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甲子園決勝(^-^)

2017年04月01日 13時58分54秒 | 日記
春の甲子園大会決勝(^-^)
大阪桐蔭高校VS履正社高校

共に大阪府の私立高校です。
大阪桐蔭高校は大東市にあって生駒山を仰ぎ見るような場所です。
大阪外環状線という寝屋川〜大東〜東大阪、八尾を南北に走る大きな幹線道路沿い。
向かいには大阪産業大学があります。

履正社高校 は豊中市にあって、いわゆる北摂。
こちらは大阪でも住みよい豊中で富裕層も多く住む町。
国道176号線。地元ではイナロクと言われる幹線道路が走ってます。
近く?いや車で20分くらいかな。
箕面国定公園があり、空の玄関口
伊丹空港までも近いのです。

両校とも進学校でありますが
大阪桐蔭高校は勉強のできる子とスポーツの出来る子とは少し分けられているようです。

京都の進学校で有名な洛南高校も
お勉強の出来る子と
スポーツの出来る子は少し分けられてるのです。

それにしても
甲子園大会で大阪勢同士は地方の方から見れば
ツマラナイかも。
大阪に長らく住んでいた私としては何か
嬉しい。

でも昭和の昔は野球で強豪は
いわゆる不良生徒が多かっり、おバカさんが多かったのです。
浪商(現、大体大浪商)興国、大鉄(現、阪南大付属高校、 北陽も今では立命館大北陽となりましたが昔はね、近畿大学付属高校も今では偏差値は高いですが昔はね。
お勉強も出来て野球で甲子園と言えば
大阪では明星高校、寝屋川高校、大昔なら北野高校かな。

最近、野球部廃部になったPL学園は
なんか寂しい終わり方です。
時代は変わり
大阪は今回の両校が強豪高校となりました。

さてさて。
今、7回を終わり大阪桐蔭高校がリード。
3対0
頑張れ履正社(´∀`)
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DQNな義兄夫婦(◞‸◟)

2017年04月01日 09時30分08秒 | 義母の認知症
義母が、やたら印鑑!印鑑!と言っていたので自宅にあった普通の認印を持ち出し持っていくと?
『これと違うねん。』
施設で認印がいるとは聞いていたので。
『お母さん、施設で使うのは、これでいいやん。』と答える妻に義母は『ほら、あんたに渡した印鑑!』妻は受かってるのは、みずほ銀行の銀行印しかないので、それしかないので『銀行印しか預かってないよ。』と答えると『それそれ!』義母はホッとしたような表情でいうので妻は銀行印なんか、やたら施設で押すものと違うよ!と答えると、なんと『それを息子の嫁に渡さないとアカンねん!』私は一瞬、は?何?銀行印をよこせと義兄夫婦は言ってきたのです。
妻は鞄から印鑑ケースを取り出し『これ?』その言葉と同時に義母は妻から奪うように印鑑ケースを取り上げました。『私のお金下ろさないと、私の小遣いもないやん!』お金にこうまで執着する義母を私も初めて見たのです。
『お母さん、お金は、ここでは保管できないの。小遣いなら事務所に預けてあるし週に一度、そこから出してお買い物にヘルパーさんといくだけだからお金は不用なの。』妻の言葉に耳を貸そうとしない義母に妻は、みずほ銀行の通帳を出して『そんなにいるなら、ここから下ろしたら?』と通帳の中に閉じたあったキャッシュカードを渡そうとすると『それじゃ、アカンねん。』
もう私と妻は想像が付いたのです。
郵便貯金の通帳と印鑑を預かった義兄夫婦が何らかの事情で郵便貯金の銀行印とみずほ銀行の銀行印が同一で預かった印鑑が郵便貯金の銀行印でなかったかことを。
それで義兄の嫁が義母に私の妻から預かるように頼んだのでしょう。
義母の貯金箱を持ち去り、権利証や郵便貯金通帳まで義母から渡された義兄夫婦。
これまで何の介護支援もせず無関心で母を放ったらかしにしてきた義兄。
私達夫婦は呆れ返り
『お母さん、わかった。これ全部、渡す。でも、別に私達は何も欲しくない。これ渡すけど、もう今後の事はお兄ちゃんに全部言ってね。私達は、もう知りません!』認知症と診断され数多くの事を私達夫婦はしてきて支えました。
今月の家庭裁判所での、やりとりでは纏まらなくとも、かなり内容を詰めて調書を作ってもらうか?もしくは審判に持ち込み判決してもらうことしかありません。
すると
『ゴメン。一生懸命、してくれてる、あんたら夫婦に。ゴメン。印鑑はあんたらが持ってて。』
妻は涙目になりみずほ銀行の通帳と印鑑を鞄に入れました。
今後、この印鑑が大きな担保力となります。
義兄は義母を連れて郵便局に行きお金を引きだすことは出来なくなったのです。
帰りの車の中、妻は
『どうりで、裁判所で私達の条件を全て応じると大人しく言ったのには、これがあったからやわ。あの、兄が、お金にセコイ兄が。』
もう暗くなり、フロントガラスに叩きつけるような雨の中黄色い照明が反射する阪神高速道路。
妻は、梅田から本町のビルの明かりを見ながら
『何度、この高速道路を往復したかなぁ?お父さん?』
『数えられへんなぁ。でも年寄りの貯金箱を持ち去るし、ハイエナみたいやな。』助手席で呟いた私に
『ハイエナやったら、まだマシやわ。ハイエナは死にかけたライオンを襲って仲間で分け合うけど兄は、歳をとった親の財産に襲いかかるから、ハイエナ以下やわ。』
義兄夫婦は、おそらく必死になる、それなりの理由があるのかも知れません。
郵便貯金を引き出して、義母の持ち家を売却し、その幾らかを自分達のモノにする?つもりなのかも知れません。
でも、そうはさせないつもりです。
『疲れたーーー。』
妻は運転しながら大きなため息をつきました。
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