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私たちは悪魔的な時代の中に生きています!カトリック大学の本当の使命について

2021年08月29日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、ショタール(F-M. CHAUTARD)神父様によるお説教をご紹介します。
※この公教要理は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

悪魔的な時代の中に生きています!カトリック大学の本当の使命について


ショタール(F-M. CHAUTARD)神父様の説教
2021年5月02日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン 
いとも愛する兄弟の皆さま、我々は悪魔的な、ルシファー的な時代の中に生きています。確かに、だからといってフランスにおいて正式にサタンへの公式の礼拝が行われたり、あるいは割れた蹄(ひずめ)の悪魔らがこの世を徘徊して、野生の嫌悪感をもって毒づいてキリスト教を暴力的に迫害しているといったような意味で、この表現を使ってはいません。

そうではなくて、「ルシファー的な時代の中に生きている」という意味は、現代社会は独立精神、または天主を拒否する精神の下に生きているという意味で言っています。というのも、こういった精神こそがルシファーが犯した罪の根本にあるからです。現代はルシファー的な時代だというのは、厳しすぎる指摘ではないだろうかと思われるかもしれません。

本日の福音書を御覧なさい。我らの主は悪魔について話されています。しかしながら、悪魔についての御言葉はどういうものとして仰せになったでしょうか?「この世のかしら」と呼ばれていますよ。強い表現です。つまり、この世へのサタンの支配はどれほど強いかということを強調して示すために仰せになった表現です。我らの主はこの御言葉を通じて、サタンの影響力、この世と現世の影響力に負けないように我らに思い起こさせ給うのです。

そして、サタンのこの世への影響力とは具体的に何でしょうか?基本的に形を問わず、天主を拒む、天主を拒否するようにさせるという意味です。天主からの御光を拒むことにするという態度です。ことに超自然の光ですが、また天主の聖寵、また天主の恩恵を拒む態度でもあります。天主のみ旨に従えば、永遠の至福が得られるということを忘れさせるのがこの世です。



ルシファーは天主、その生命である聖寵、永遠の至福、天主の御光などが大嫌いで、拒みました。最初に、悪魔が叫んだとおり「Non Serviam(奉仕しないぞ)」という精神です。このような精神は、独立精神、あるいは近代風にいうと自由精神は具体的に三つの形で現れます。
第一に、天主ご自身を見ないことにする、という精神です。第二に、天主の光、天主の原理原則に照らして物事を評価しないことにするという精神です。また第三に、天主の掟に従って行為をしないことにするという精神です。

第一に、天主ご自身を見ないことにする、という精神です。サタンの呼び名には「暗闇の王」というものがあります。サタン、つまり「光を運ぶ者」という意味になるルシファーは天主の光を拒み、つまり、超自然の秩序を否定した結果、信仰を否定しました。サタンはこのような最初の反逆というかたちで罪を犯して以来、やむことなく、暗黒の種、誤謬、嘘を撒きき続けて、この世を毒づかせ続けます。

こういった特徴はまさに近代の特徴ではないでしょうか?近代性の特徴ではないでしょうか?快楽、誤謬、幻想、理想、綺麗な空論や思想、あらゆる手段を使い、人々は天主へ目を向けないように、天主から、天主の日から目をそらすようにしているのではないでしょうか?
皆様、考えてください。現代社会で「政教分離」(ライシテ)を絶賛して制度化されているのは、天主を見ないようにさせることでなければ何でしょうか?

また、フランスにおける共和政という新しい宗教を見てください。つまり、天主なき宗教ですが、幼児期から、公立私立学校において、小学校からそして中学校において高校においても、大学においても、天主を一斉考慮しない、天主を完全に無視して、天主の光を見ないふりにしながら、「論じる、考える、知る」ように教え叩きこまれているのではないでしょうか?つまり、天主には一切かかわらない形で、少しでも天主は配慮されないように、現代人が常に考えているように養成されているのではないでしょうか?

つまり、学問において、論じるために、知るために、考えるために、天主の光を一斉配慮しないように教えられています。
だからといって、学校において、明らかに天主を否定したり天啓を否定したりするというわけでもありませんが、それよりもある意味で酷いことに、天主は想像にすぎないと、天主は存在しないようにするということです。すなわち、天主は単なる価値観、価値のない単なる意見に過ぎないという風に現代社会のすべてはなっていて、教育もそうなっています。こういった無関心は攻撃的でもないので、味のない、痛みをも与えない毒でありながら、大変効率的ともいえるのです。

さて、以上のように、基本的な原理原則、一番根源にある原理原則、天主、信仰を考慮することすら拒否していることから、次に天主の光に照らして評価したり、結論付けたり、判断したりすることへの拒否を生み出します。ご存じのように、我らの主はサタンについて「嘘の父」とも呼んでいます。そこで、歴史上のサタンの最初の嘘を見てみましょう。

楽園で、サタンがヘビの姿をとり、エヴァを誘う時でした。「あなたたちは死なないからさ、この実を食べたら天主のようになるからさ」という誘惑で、まさに嘘です。注意していただきたいのは、サタンの最初の嘘は天主が命じた掟に関するものだったということです。つまり、天主の法についての嘘でした。サタンは天主の命令について嘘をつくことによって、本来の秩序を逆さまにさせようとしています。つまり、善を悪と呼び、悪を善と呼ぶ嘘をついて、エヴァを誘うのです。この嘘によってエヴァの判断力を濁らせた結果、エヴァは罪を犯してしまいます。そしてアダムを引きずって罪へ落ちていった結果、アダムとエヴァの子孫である全人類は引きずられて罪へ落ちていきます。



近代社会は以上のように判断力を濁らせて、逆さまにさせようとする点において完全にルシファー的です。ほら、道徳に反する法律はいとまなく成立していき、悪徳を正式に推奨して、犯罪行為を合法化して推奨して、また悪徳を行ったら保険料あるいは助成金が下りるようにされているほどです。典型的なのは、堕胎がそうでしょう。人間性に反する行為や風俗、家族の破壊、キリスト教的な社会への徹底的な破壊などもそうでしょう。

現代社会はこれらの災いを推奨して助けていくわけです。単なる堕落とか、災いとかではなく、よいこととして国家によって社会によって制度化されたりしています。逆に、こういった災い、悪徳、弊害に対する戦い、これらの弊害を防ごうとする人々を現代社会は容赦なく弾劾して、弾圧して、小ばかにして、黙らせようとしているのではないでしょうか。完全に逆さまになっています。堕胎あるいは人間性に反する自称結婚に対して戦う人々は迫害されているのではないでしょうか?もう、完全に逆さまになっています。

そして、それより酷いことに、天主を考慮する事すらしなくなったどころか、なにもかもすべてにおいて、天主が存在しないという前提に立って判断し、決定して、行為する悪習が深く身についています。すべての分野においてです。哲学なり、道徳なり、政治なり、宗教なり、天主を抜きにして考えて判断していくというのが現代です。

例えば、良心の自由、あるいは表現の自由、思想の自由と言ったようなうぬぼれなどはまさにそうでしょう。考える自由という綺麗な言葉は結局、天啓を拒否しなければならないということを意味します。天主の御言に従ってはいけないという意味になります。ルシファーの叫び声に他なりません。

最後に、天主の否定は天主による秩序、天主が創られた秩序を拒否する精神においても現れます。「Non Serviam」と叫んだサタンは、天主が敷きたもうた自然秩序をも超自然秩序をも否定します。現代社会もまさにまったくこの精神にしたがっているのではないでしょうか?具体的には、現代フランスではどうしても人間による人為的な秩序、フランスなら共和政の秩序を最高にさせて、天主の秩序よりも上に置くのではないでしょうか?
旧大統領、故シラクは「共和政の法律の上に宗教的な法が存在することはだめだ」と言ったことがありますが、これは政治界におけるルシファーの「Non Serviam」を代弁するものではないでしょうか?

以上のことは驚くべきことではありません。筋の通った帰結です。天主を見ないことにしたのなら、当事者が意識するしないにはかかわらず、天主によって判断することも、天主によって実践することもなくなって、天主が敷いた秩序に適おうとすることもなくなって、個人単位にしても家庭にしても国家にしても本来の秩序への反逆を意味するわけです。

皆様はあれかと思うかもしれません。なにか、聖ピオ十世学院に関する話であるはずなのに、まだまだ一言も触れていなくて、ちょっと変わった紹介だろうと。あれ?発表の趣旨を忘れているのではないかと。

ご安心ください。忘れていません。確かに、今年は聖ピオ十世学院に関して、他の大学と変わらない部分については触れないことにしました。いわゆる、授業、試験、教師、大学生たちについては具体的に触れないことにしました。どことも同じように、学生の内に勤勉の生徒もいたら、果たすべきことをよく果たす生徒もいたら、残念ながら疲れない程度に頑張っている生徒もいます。どこも変わらないのですね。あるいはいわゆる、卒業してからの入社率などをはじめ、このようなどこの大学もやっていること、またコロナ時代やデジタル化によって大学が掲げる新しい問題についても話せますがあえてそうしないことにして、天主の王とこの世の王との間の巨大な戦いにおける聖ピオ十世学院のささやかな貢献について話すことにしました。

というのも、サタンに続いて近代が天主の真理を否定する世界において、カトリック大学の第一の使命は天主の真理を何よりも上に置くべきではないかと考えるからです。近代は勝手に善悪を決められると自称する世界のなかで、あえて善悪が何であるか人間が決めるものではなく、天主が決めたもので、また正しく間違わないで判断するように、カトリック大学は大学生に教える義務があるのではないでしょうか?

つまり、近代は自然秩序や超自然秩序をともに破壊しようとしている中で、我々は我らの守護聖人、聖ピオ十世のモットー「Omnia instaure in Christ」をもう一度踏まえるべきでないでしょうか。キリストを基盤にすべてを復興させるという意味ですが、言いかえると、分野を問わず、イエズス・キリストをその立場である頭としておいで、その頭に従って、それらの原理原則に基づいてすべてを復興させるという意味です。

そうするために、第一に、知性を真理に向かわせることです。この精神は大事であって、カトリック教育の根本にあります。つまり、それぞれの学問において、奥深く知ろうとして、一番高度な原理原則を見つけて現実をみていくことです。
それについて卒業生の感想が浮かびます。それは彼らは他の大学あるいはクラス・プレパラトオアールなどに通った経験もありまして、聖ピオ十世学院との違いについての感想です。

卒業生の感想はこうでした。「聖ピオ十世学院では、先生たちなどは優秀でありますが、他のところにも優秀な先生もいますし、優れている教養人もいるので、これは聖ピオ十世学院の特徴ではないのですと。しかしながら、聖ピオ十世学院の大きな違いは他にあります。先生たちは知識だけでなくて、奥深く、我々生徒が考えるように、ながめていくように教えています。つまり、他の大学よりも奥深くまで考究し、表面的分析にとどまらないのです」

これは驚くべきではないことです。なぜなら、聖ピオ十世学院の先生たちはキリスト教の真理によって、より上にある原理原則によって深く考察するように教育されているので、より高みから学問を見ることもできれば、より奥深く広く論じることができるといっても驚くべきことではありません。

また、自分の理性を真理に従おうとすること、現に存在する現実という意味での真理に従おうとすることは、それぞれの個別の真理、つまりそれぞれの学問にある限られた真理のすべてはみんな、唯一なる真理である天主から来るということに気づき、自覚することでもあります。つまり、学問にある多くの真理は永遠の真理の単なる影に過ぎないということを知ることでもあります。

また、自分の理性を真理に従おうとすることによって、もう一つ分かります。つまり、学問を志すということは、あるいは単に真理を知ろうとすることは、真理を利用するためにあるのではなく、真理に従うために、真理に奉仕するためにあるということである、ということを自覚できるということです。つまり、真理に対しては、我々人間が主人ではなく、慎み深く、真理を受け入れる立場にあることに気づきます。

ある話が思い浮かびます。ドミニコ修道会の修道女はミッション系の学校の教師でしたが、ある生徒について「彼女は真理に対してまだまだ相応しい態度にはなっていない」といった話を聞きました。言いかえると、真理に対して 慎しむ心、奉仕する心はまだまだだったという意味です。とても素敵なコメントだったと思います。「真理に対してまだまだ相応しい態度にはなっていない」。

つまり、我々の理性は真理を作るために、真理・表象を表現するために、真理を形作るために、学問としてあるのではなく、真理をありのままに認識して受け入れるためにあるということに気づくことが大事です。

ですから、このような志で学問に挑んだら、単に学位をとるような、就活するようなことよりも高尚になっていきます。もちろん、学位などもいいですが、それがあってもいいことですが、学位のために学問があるわけではなく、真理のために学問があるわけです。ですから、学院などに留まらないで、その先にある真理、そして真理に対する相応しい態度までいかなければなりません。

言いかえると、叡智を得ることが学問の目的でもあります。つまり、正しい原理原則に照らして物事を評価し、物事を正しく知ることにあります。叡智を得ることは単に知識を蓄積するだけではなく、また研究方法論を発展するだけでもありません。知識も方法論ももちろん、欠かせないことで大事ですが、それ以上に正しい判断力を、正しく評価する能力を身につけていくということがもっと大事です。たとえば、哲学なら、哲学者の判断力、文学なら文学者の判断力、歴史学なら歴史家の判断力などいろいろありますが、基本的により上から見て、距離をとって、より高い所からより根本的な原理原則に基づいて、結論を出していくというのが本当の叡智です。
より具体的にいうと、信仰の光に照らして物事に対して正しく評価できて、判断できるような。つまり、いつも信仰による光が背景にずっと照らしているように。

Gustave Thibonによると、「Henri Massisは、近代思想の中にある一つ一つの要素を排除することではなくて、近代思想においてある無秩序、混沌、誤解や混同」などを指摘して排除して、不動の本質に基づく原理原則という垂直の秩序にしたがって、改めてそれらの要素を相応しく置くだけ」ということです。

このThibonの言葉はかなり当たっています。つまり、本物の叡智、本物の学問はすべての個別の知識が統合されるときにはじめて得られます。そして、これらの個別の知識を統合するためには、より上にある原理によってのみ統合されうるわけですが、これらの原理を考慮しないかぎり、できませんので、叡智にはなりえません。

当然と言ったら当然ですが、信仰の照らしはすべての学問において同じように働いているわけでもなければ、それぞれの学問の特徴もあって、信仰の照らしの程度も多少があります。しかしながら、歴史学、哲学、文学を信仰の照らしから関係なく考慮することは相応しいことであり得るでしょうか?つまり、天啓はこれらの学問においてどういった役割を持つのかという問題です。

たとえば、文学通の学者が二人いて、一人がカトリックであって、もう一人は不可知論者でもあるとしたら、或る文学作品の構造を研究する時にその研究の成果は変わらないのは当然です。しかしながら、そういった表面的な研究(必要な研究ですが)より一歩踏み出して、より全体的に捉えようとして、どういった意味、どういった本質、どういったことであるかになると、全然変わります。

たとえば、文学だと、人間の心の在り方、人間性のありさまを表すとしての文学、あるいは人生の意味、人生の目的、約束の意味、死、愛、人間に関する意味などになると、信仰の照らしのお陰で、カトリックの学者はより高度な視点を持てて、深い観点を出せて、広く真に当たる結論を出せて、桁が違ってきます。

つまり、信仰に基づく判断力はそれぞれの学問の方法論を変えることはないのです。ですから、単なる知識レベルの具体的な作業なら、何も変わらないのですが、それらの知識を正しく整理整頓することにおいて、その全体的な秩序における意味付けにおいて、ぜんぜん変わります。でより奥が深くなって、意味も深くなって、貴重な結論や成果をだせるのです。

シャルル・モーラスは次のように言いました。「天主における統合性を抜きにして、そして、天主の統一性により帰結、つまり教義における統一性と知性における健全な秩序と掟を抜きにして、思考の統一性も道徳の統一性も政治の統一性もその瞬間に消える。失われた統一性を取り戻すために根本にある統一性(創造なる唯一の神から来る統一性)をその本来の位置におくしかない。
天主を抜きに、真も誤も、善悪も成り立たなくなる。天主を抜きにしてどれほどしっかりとした厳格な論理に沿ったとしても、最高に道理に適ったことは一番狂った思想と変わらなくなる。なぜなら、天主を抜きにして(つまり、学問の要石である天主を抜きにして)検討という原理のみ残るが、検討によって何でも排除できるが、何も基礎を築くことができない。」からであると。

そして、学問の最後の要素について語りましょう。知識だけではなく、真理に従った叡智を得ることは学問の目的ですが、その上、叡智に従って、つまり判明した正しい原理原則に従って我々の人生を歩み、実践していくことです。ですから、大学の本来の目的は学位だけではなく、就活だけではなく、他の学位あるいは資格習得のためだけではなく、よりよく生きる為です。


※参考画像=アメリカのセントメアリーアカデミー


聖ピオ十世学院の教育方針はキリスト教の叡智を学生たちに与えることによって、学生たちはこの英知を踏まえ、より善い人生を歩んでいけるように、よりよく自分の人生を生きられるようにしております。つまり、卒業したら、卒業生の判断力はなるべく成熟して、より善い相応しい正しい決定やよい実践を選べるように。人間としても共同体の一員としてもカトリック信徒としても、より立派に実践してもらえるように聖ピオ十世学院の学部における教育を整えております。

Henri Massisの言葉にかなり的を射た言葉があります。「二十歳の時に起きる重要な成熟によって、そのあとのすべての人生はきまる」ということなので、よい成熟になるように、多くの善い実りを結ぶ大人が卒業するように望んでなりません。

愛する兄弟の皆さま、結びに代えて、以上のようにご紹介した学問の基本的な在り方を悪魔は否定していると強調しましょう。
つまり、一番上にある原理原則に立って学問に臨むこと。秩序にそった正しい判断力の養成。こういった叡智に従って人生における実践。聖ピオ十世学院はこの三つの目的を果たすべく学問を学生に教えていきます。すべてにおいて、最初の原理を見て、それらの原理に照らして研究を進めて判断、結論を出して、これらの結論に従って、自然秩序と超自然秩序にしたって実践していくように。

そうするためには簡単なことではないのです。努力も要ります。辛抱強い忍耐力も要ります。反省も要ります。また物質的な基盤も必要です。
ちなみに、ある日、記憶がただしかったらニューヨークの大司教だったとおもいますが、名前は今思い出せないのですが、その大司教はルフェーブル大司教につぎのように言っていたという話があります。「猊下、聖寵とドルさえあれば何でもできる」と。

皆様、言いたいことが分かったと思います。聖寵というのは、皆様の祈りを我々は必要としています。またお金もですね。両方において皆様の貢献があれば聖ピオ十世学院は何でもできます。毎年毎年、聖ピオ十世学院のための献金を皆様に頼んでいることなので、昔からの皆様の強い支えをいつも受け続けてきたことを心から誠に感謝しております。

これから試験の時期ですが、試験が終わったら、学生たちと一緒にPontmainへ巡礼に行きます。その時、Pontmainの聖母マリアに、貢献者の皆様のために、また皆様の祈祷をも特別にお祈りを捧げます。

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

終末の使徒たち

2021年08月25日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、ブベ(Boubée)神父様によるお説教をご紹介します。
※この公教要理は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

終末期の使徒たち


ブベ(Boubée)神父様の説教
2021年4月28日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン 
いと愛する友人の皆様、本教会では、毎日の主なミサの時、ローマ暦の重要な聖人のミサを捧げる慣行があります。しかしながら、本日、フランス人たちが特に大切に愛しくお祝いする聖人について私が話すことを忘れたならば、皆様の忠告を頂いたことでしょう。というのも、ご存じのように、本日、聖ルイ・マリー・グリニョン・ド・モンフォールを祝うからです。

フランス西部の立派な使徒です。また、フランス革命の一世紀まえに、信仰の頗る高揚を促したことによって、フランス革命の時、共和政府がフランス西部の民衆の抵抗に負けそうになり、フランス革命の思想がまさに敗北する寸前まで至らしめることを可能にしたのが聖ルイです。フランス革命を止めるようにヴァンデーをはじめ、西部の農家たちによる反革命運動はキリスト教信仰に支えられて、キリスト教は立ち上がったのです。
なぜこの反革命運動は可能になったでしょうか?カトリック信仰はその地方に深く根を下ろしており、そのルーツは深いです。フランス西部においてそして信仰の根を確立して教化したのが聖ルイ・マリー・グリニョン・ド・モンフォールです。

しかしながら、彼の手柄は他にも多くあります。彼はブルターニュのモンフォールという場所に生まれました。彼は1673年1月31日に生まれ、その場所から名を貰いました。そして、比較的若くして亡くなりました。1716年に帰天したからです。18人子供の家庭に生まれました。そして、幼児期の教育は非常に敬虔であり、イエズスと聖母マリアへの帰依によりその敬虔さは養われました。



そして、レンヌの方で勉強するために学校に入りました。そこでは、すでに彼の性格は目立っており、並外れた性格の持ち主でした。教会のなかでも深く印象的であり、彼の聖徳に満ちた姿はすでに目立っていました。そして、二十歳になって、家族や友人と離れて、故郷を出て、パリへ歩いて旅経ちます。神学校に入るためでした。途中で、持っていたすべての金や持ち物を貧しい人々に渡し続けたため、パリに到着した時はぼろをまとい、手ぶらの状態でした。

最初から聖ルイは貧乏人向けの神学校に席を入れるつもりでした。というのも、当時、神学校は多くありまして、その内に学費を払っての神学校が基本でしたが、当時は学費を払えない神学生のための神学校も増えていました。そのなかで彼はサン=シュルピスの神学校を選びます。ご存じのように、そのあと、聖ルイはサン=シュルピスで重要な役割を果たしていきます。そこで叙階を授かって司祭となって、初ミサ聖祭を捧げました。ここのすぐ近くにある教会ですね。1700年の時でした。

サン=シュルピスの神学校には特徴がありまして、特別な役割を果たしていました。というのも、当時、トレント公会議によって促された、司祭職にかかわるあらゆる改革を強化して確立して勧めるために力を入れた神学校だったからです。このようにサン=シュルピスの神学校は50年前にAulier氏によって創立されました。また、Bérulle枢機卿によって代表される「フランス型霊学派」を象徴する神学校としてしられています。今晩、この学派については割愛しましょう。



また、聖ルイはサン=シュルピスでClaude Poullart des Placesという人と出会いました。皆様は恐らく初耳の人物でしょうが、一言で言うと、ルフェーブル大司教が総長を務めた聖霊修道会の創立者です。そして聖ルイとClaudeは親しく協力していって、サン=シュルピスの神学校で霊的な講演や授業を担当していました。

しばらくしてから、聖ルイはポワティエへ行って、そこで、病院系の修道会のシスター(修道女)たちの世話をすることになります。ポワティエで聖ルイは最初の修道会を創立します。というのも、死ぬまで三つの修道会を創立したわけですが、ポワティエで「英知修道女会」を創立しました。「英知修道女会」の目的は貧乏人や病人の世話をすることでしたが、そこで多くの聖別された霊魂、つまり奉献された霊魂が集まって聖ルイはその世話をしていました。サン=シュルピスの神学校においてもその才能がありましたが、ポワチエもそうでした。
そのあと、「マリア宣教会(モンフォールの布教司祭修道会とも)」を創立しました。
マリア宣教会は聖ルイのミッションにおいて一番有名です。また「サンガブリエル兄弟会」という修道会をも創立しました。

そして、聖ルイは旅しながら宣教活動を始めていきます。ある程度の時期から宣教の際、少しずつ彼にとって重要なことをおしえ始めました。いわゆる「ミッション(布教、宣教)」についても話していました。ミッションとは、つまり、信仰が揺るがされていた田舎で信仰を改めて強化する運動ということです。

具体的に言うと、聖ルイのような司祭はどこかの村にいって、野外での黙想会を執り行うという感じになります。現地の信徒たちは場合によっては夕方から集まり、あるいは朝と夕方の間に集まり、大掛かりな告解が行われたり、荘厳な行列が行われたりしました。つまり、何かの理由で信仰が動揺していた小教区のために、信仰の熱心を燃やしなおすためでした。

しかしながら、当時のヤンセン主義はこういったミッションは気に入らなかったのです。というのも、ヤンセン主義者たちはキリスト教の信心が熱心にならないように、冷めるようにしたかったのですから。つまり、ヤンセン主義者とは、一般人は敬虔にならなくてもいいという考え方であり、霊的なエリートだけが価値があり、熱心で敬虔で完全な純潔でいられればよいという考え方の人々でした。

そこで、聖ルイ・マリー・グリニョン・ド・モンフォールは福音の布教活動のために、ローマに行きました。教皇の下に行って、海外での布教へ派遣してもらうように提案しました。しかしながら、教皇は聖ルイの依頼を聞き入れないで、フランスにおける布教活動に努めるように命令しました。これはみ摂理による命令でもあったと言えます。そして、聖ルイはそれ以降、フランス西部を歩いて、我らの主、イエズス・キリストと聖母マリアを宣べ伝えていきます。

もちろん、現地の司教の許可なしで出来なかったのですから、司教の意向次第で布教活動できたりできなかったりしました。たとえばAvranchesの司教は聖ルイの活動を許可しなかったのですが、Coutanceの司教は逆に積極的にCoutance教区における彼の活動を応援しました。ようするに現地の司教との関係はまちまちでしたが、絶えず布教活動に従事して説教して秘跡を授けて、また多くの十字架を立ち上げていきました。また、ロザリオの信心を広げました。そして、聖歌を積極的に推奨して、かなり多くのよい実を結びました。

これらの聖歌のいくつかは、今でも私たちも歌っています。いわゆる、誰でも歌う聖歌で、公教要理あるいは人間の人生の目的あるいは聖母マリアについてのこと、あるいはホスチア(御聖体)におけるご現存などを想起するような聖歌が多いです。場合によって、既存の音楽を活かして歌詞を変えたし、場合によって新しい音楽をも作成しました。いずれにせよモンフォールの聖歌は古典化していって今でもフランス風の聖歌集に入っています。これらの聖歌は永遠なる真理を想起するために作成されました。

十字架をもちろん重視していました。本日の朗読にもあったように、あらゆる布教、伝道は十字架に帰するわけです。そして、聖ルイは現地でミッションを行って、ミッションが終了したら、ミッションの終了記念としても必ず十字架を立ち上げました。「ミッションの十字架」と呼ばれて、この慣行は多くの村において長く続いて、場合によって、20世紀の最近までやっていました。それはミッションの後、村全員は荘厳に行列した結果、十字架を立ち上げて、ある種の共同体全体による誓いでした。つまり、ミッションの恩恵を受けた分、これから、より敬虔な信徒になるように頑張っていくことを誓うというようなことでした。
周知のように、モンフォールが残した一番有名な十字架はポンシャトーの巨大なゴルゴタの丘の十字架です。ナントからちょっと北にある村です。巨大なカルヴァリオの上に十字架があって、天辺までの十字架の道行きもあって、多くの実物大の石像があります。



また聖ルイにたいして嫌悪感を持った人々の憎しみもありました。ルイ14世にまで働き掛けた聖ルイの敵は、ポンシャトーの十字架は遠くから見えるので、敵軍の軍艦がこれを目印に使う恐れがあり、そこにあった聖地を模型にしていた洞窟を避難所としても使われる恐れがあるというようなことを国王の耳にいい述べました。そこは敵の巣窟になるおそれがあるというような口実をつけて、その十字架の破壊のために働き掛けたのです。この結果、ルイ14世は防衛という理由で、このカルヴァリオの解体命令を出します。そして、一旦そうなりましたが、ナポレオンの帝政期が終わると聖ルイの継承者はそのカルヴァリオを完成させました。

聖ルイは世の終わりに向けての戦いをすごく意識しており、霊的な戦いのために軍団を編成する必要があると確信していました。この軍団の人々のことを「世の終わりの使徒たち」と呼んでいました。ちなみに、そのあとのラサレットの聖母のご出現の時、「世の終わりの使徒たち」という言葉を聖母マリアも使います。

もちろん、カトリック教会は完全に認めていませんが、最近、天啓と受けたとされる女性が聖母マリアが12人の世の終わりの使徒を必要としているというような「天啓」を述べています。まあ、どの時代も聖母マリアに頼んだら自動的に予言してくれるような「神秘主義者」はいますが、その女性は12人の人を選んで(その内に私の知り合いもいます)世の終わりの使徒を選んだという妙な話です。それは幸いにして自然消滅したのですが、このような妙な「世の終わりの使徒」は聖ルイの「世の終わりの使徒」とは全く関係ありません。違うことです。

聖ルイ・マリー・グリニョン・ド・モンフォールがいう「世の終わりの使徒」はとんでもない困難に陥っている人々、つまり棄教して教会を積極的に潰そうとするような人々で、信仰を潰そうとしている人々に対して戦える強い信者を指すのです。そうして、このような戦士を守る必要もあります。では、彼らを守るためにどうすればよいでしょうか?簡単です。いとも聖なる童貞マリアへの信心によってこそ守られるということです。



イエズス・キリストの最初の到来は聖母マリアの「フィアット」、聖母マリアの承諾によってのみ可能となりました。御托身の玄義は聖母マリアに頼ることで実現しました。聖母マリアこそがその全ての責任を負いました。その時、拒否したのならば、もはや托身もなく、贖罪もなかったのです。つまり、贖罪を果たすためには、聖母マリアの協力は必要不可欠な条件でした。また、同時に、聖ルイは、キリストの再臨、つまり世の終わりの時のイエズスの再臨も聖母マリアの手によって見守られるというか、保護されるというか、聖母マリアも中心なる役割を果たすと確信していました。

ですから、聖ルイ・マリー・グリニョン・ド・モンフォールは世の終わりが近づけば近づくほど、聖母マリアが天主より与った御力は特に強くなっていくと教えています。それを根拠づける手がかりとは、近代期になってからの聖母マリアのご出現の大増加です。正式にカトリック教会によって本物のご出現として認められたものをみるだけでも、自明です。しかも全世界で起きています。

ようするに、聖母マリアのこの世への働きは頻繁にかつ大規模となっていきます。そこでは「世の終わりの使徒たち」は聖母マリア自身によって守られる必要があると聖ルイが説明します。ですから、「世の終わりの使徒たち」は聖ルイにとって、特別に強く聖母マリアに奉献されるべきだということです。御托身のように、天主の御業と御働きは必ず聖母マリアを通じます。ですから、「世の終わりの使徒たち」も聖母マリアの手を通じてのみ、我らの主イエズス・キリストの統治のために、王たるキリストの統治のために、聖心の統治のためにはじめて効果が出ます。

しかしながら、そのためには、聖母マリアに奉献しなければならないのです。モンフォール著の『聖母マリアへのまことの信心』は特にその奉献の必要性を強調します。ご存じのように、聖ルイも生前に預言したようにこの名著はいったん消えたのですが、1842年に、たまたまその写本が発見されて、そのあと、出版されました。この名著において、聖母マリアに自分のすべてを託して、奉献して、常に聖母マリアの内に生きていくべきこと、また、自分の身体も霊魂も行為も財産も功徳もすべてを聖母マリアに奉献するべきだと説いています。

というのも、これらのすべては私たちよりも聖母マリアこそがよくお使いになり、実らせてくださるからです。我々は弱い人間であるので、この脆弱な手段で、世の終わりの時に起きる戦いの際、イエズスの統治のためにいったい何ができるでしょうか?ですから、世の終わりの戦いに臨むためには、聖母マリアの手を完全に通さなければなりません。要するに、モンフォールの精神は単純であると同時に豊かです。聖母マリアへの聖なる奴隷になることです。

皆様、よく説教でお勧めする奉献ですし、黙想会の時も、本教会でお告げの祝日の時にも特にお勧めする慣行がありますね。
聖母マリアへの完全なる奉献、聖母マリアの手にすべてを任すという奉献こそ、世の終わりの使徒たちの盾と剣の強みとなります。これは聖ルイ・マリー・グリニョン・ド・モンフォールが与えてくれた充実した信心です。現代になっても、霊的に富んだこの信心の効果をなるべく数多くの人々につたえないでいられません。というのも、われわれ、一人一人の各分限におかれて、皆、使徒的な使命を負っているからです。ですから、世の終わりの時代に入って、この時代における戦いに臨みうるために、特別な忍耐が必要です。

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

教会はなぜ畏れるべきところなのか?Terribilis est locus iste

2021年08月22日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、クロゾンヌ(B. MARTIN de CLAUSONNE)神父様によるお説教をご紹介します。
※この公教要理は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

教会はなぜ畏れるべきところなのか?


クロゾンヌ(B. MARTIN de CLAUSONNE)神父様の説教
2020年11月18日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン
いと愛する兄弟の皆様、「Terribilis est locus iste」。これは本日のミサの最初の言葉です。今日は使徒聖ペトロ・聖パウロ大聖堂の献堂式の祝日です。「Terribilis est locus iste」「ここは、畏(おそ)るべきところ」という意味です。その通りです。教会という場所はまさに畏(おそ)るべきところです。なぜでしょうか?



というのも、天主は教会という場所に御聖体においてお住いだからです。また、教会という場所こそはこの上なく信徒たちの聖化の場所だからです。またこの上ない祈りと祈祷の場所だからです。信徒個人の祈りの場所のためにもそうですが、それよりも、第一に公教会の公けの礼拝と儀礼・祈祷のための場所でもあるからです。そしてこの上なく祈祷中の祈祷であるミサ聖祭のための場所だからです。ミサ聖祭は我らの主、イエズス・キリストご自身によるこの上ない完璧な祈祷なのです。また、ミサ聖祭こそはこの上なく完成された愛徳の施しなのです。というのも、十字架の犠牲を再現する完成なる愛徳の施しだからです。

ですから、教会は畏(おそ)るべき場所です。というのも、教会という場所は新しいカルヴァリオであり、新しいゴルゴタ丘であるからです。数世紀にわたって教会ではカルヴァリオで行われた生贄が毎日再現されて、その犠牲は延長されている場所だからです。

「全能の主よ、主の住居は好ましい、私の心は、主の家に入りたいとのぞみあこがれる」(詩編、83、2-3)と典礼にあります。

カトリック教会に入る時、そこにあるすべては天主を語っています。また、人間の目的地、人間の生まれた理由とその使命、人間の最期、人間の希望、我々の過去と原罪と将来などのすべてが語られているのが教会なのです。また、教会に入っていくと、そこにあるすべては天から与えられた多くの聖寵を語っています。教会に入ったら、手前にすぐ教会の祈りによって祝別された聖水が置いてあります。この聖水の清さを見て、我々もイエズス・キリストのお望みに沿うべく、どれほど清い状態でこの聖なる場所に入らなければならないかを示してくれます。そして、教会に入ってから目線をちょっと上げたらすぐ十字架が見えます。

ここ、聖ニコラ教会では、聖壇の上の十字架が見えて、それから後陣のステンドグラスの十字架も見えます。十字架を見るだけで多くの真理が思い起こされます。十字架を見ると、人となり給った天主の限りない愛徳や我らの主の磔刑を引き起こした「罪」の非常な深刻さなどといった重要な真理を思い出します。

それから、その下に聖域にある聖壇の近くに灯っている赤いランプが見えます。聖櫃の内に我らの主、イエズス・キリストが御体、御血、ご神聖とご霊魂とが一緒にましまし給うことを示してくれるランプです。
また、教会に入ったらすぐに手前に洗礼式用の洗礼堂が見えます。洗礼堂を見ると、洗礼の時に頂いた素晴らしい超自然の命を思い出します。洗礼の陰で天に入ることが可能となったことを思い出します。また、洗礼を受けたお陰で、怒りの子とサタンの奴隷だった自分たちは我らの主、イエズス・キリストの貴き御血によって我々が浄められて再生されて、天主の養子になったことを思い出します。



また、教会の中へ歩を進めていったら、告解室が壁の方に並んでいます。告解室は我々を待っています。告解室は天主の下に戻りたいと思っている我々、罪人の避難所であり、アジール(聖域)である、また我々の希望をもたらす場所です。告解室は聖寵と憐みの泉の場所です。救いをもたらす禊(みそぎ)の場所であり、天主との友人関係を残念にも失った天主と仲直りしたい人々にとって安心していける場所です。



さらに、中へ歩を進めていくと、説教壇が見えます。それを見ると、説教壇から伝えられたカトリック信仰の諸教義を思い出します。また、我らの本物の祖国なる天国という我らの目的地にたどり着くために、天主によって与えられた多くの手段を思い出します。

それから聖壇が見えて、内陣と区切る聖体拝領用の白い布も見えます。我々は天での宴に誘われていることを思い出します。そこで、我らの主、イエズス・キリストは御聖体という形で我らの糧になり給うておられます。聖体拝領は、天主が我々の心と霊魂とにおいてお住いを構えるためであり、我々の心と霊魂を支配するためです。



そして、その先に聖壇が見えます。そこで、永遠なる天主は正義を全うされるのです。毎日、我々の多くの侮辱と罪を償うために、天主なる御子を天主が生贄として捧げることによって妙なる正義が全うされます。また、毎日、聖壇の上の父なる天主はいとも高く愛されている御子なる天主を生贄として我々の救霊のために捧げられることによって、御憐みを尽くし給うのです。祭壇の上にイエズス・キリストは罪が齎す死を打ち勝って、我々に聖寵の生命をもたらし給うのです。




また、聖壇はあたかも聖母マリアの体内であるかのようです。というのも、ミサ聖祭が執り行われるたび、天主はもう一度この世に来りて神父の指が挟むパンにおいて現存し給うのです。
聖壇は新しい馬屋であるかのように、ミサ聖祭が行われるたびにもう一度この世にご降臨され給うのです。また、聖壇はまさに、カルヴァリオの丘のように、この世に降り給った天であるのです。天ではイエズス・キリストは御父の右に座り給い、我々の御取り次ぎをなさっておられます。
この聖壇を見ると、どれほど多くの素晴らしい喜ばしい物事がこのように知らされていますのかがよくわかります。
また、内陣は多くの小聖堂に囲まれています。これを見て、限りなく多くの人々にイエズス・キリストの聖寵が届けられるようにされていることが示されます。

また、教会のあちこちでは素晴らしい絵と像が飾られており、我らの黙想のために用意されています。これらの聖人の像などを見ると、聖人らがいかに慎み深い人生を送って、侮辱の対象になったりして、苦しみと迫害にあったかということと、その報いとしていかに天において栄光に満たされているかを思いおこさせます。「この世での我々の苦しみは天においてどれほど報われるかということを少しでも理解してもらえたら我々の模範に倣って我々と同じ道に歩むためにすごく励んでくれるだろう」と聖人らが我々に話しかけるかのようです。
愛する兄弟の皆様、教会の中にあるすべてのことは天主を語り、天主に近づくためにあります。「天主よ、あなたの家に住む者はしあわせ」、「まことに、あなたの入り口での一日はその千日にまさる」(詩編83、4、11)。

我々の教会は救霊の場であり、赦しの場であり、礼拝の場であり、憐みの場であり、贖罪の場であり、償いの場、聖寵の場であり、感謝の場であります。ですから、悪魔がどうしても教会を破壊しようとする憎悪感を理解するのは容易なことです。あるいは悪魔はどうしても信徒たちが教会に入らせないように暴れ出していることはわかりやすいです(注・現在、フランスではミサが禁止されています)。

愛する兄弟の皆様、我らの教会を踏ん張って守っていきましょう。ただし戦う目的を間違わないように気を付けましょう。教会の前の祈祷なども(注・完全に違憲なのに)強制的に解散されるのは理不尽であることはその通りです。が、それよりも幾倍に理不尽なのは教会の中にミサ聖祭に参列が禁止されることです。これほど理不尽なことはありません。

ですから、どれほど激しい迫害になっても、そういった迫害に慣れてはいけません。問題は教会内のミサ聖祭への参列であり、単なる教会の門前の「祈祷」という「ましな状態」を許してもらえることではありません。教会内でお祈りして、教会の中でミサ聖祭に参列することこそを我々が望んでおりますので、そのために踏ん張って戦っているのです。教会という建物はそのためにだけ存在する場所だからです。教会は、ミサ聖祭のためにあり、天主のためにあり、祈祷のためにある場所です。

マスクの着用が義務化させられている中で、一方、王たるキリストの敵らは実に正体を現しているのです。十字架の敵らはもはや自分の身を隠そうともせず、正体を現しています。彼等は単なるカトリック教義を知らないだけではないのです。彼等はカトリック教義に関して大体の場合、無知であるのはそうですが、天主より来るすべてのことをこの世から取り除く意志が彼等にあるのは自明であり、わかりやすいです。

彼等はまだ知りませんが彼らはもはや負けました。教会という建物をどんどん破壊していっても、天主にとってこの上なく好んでお住いになる不滅の教会は、我々、信徒の一人一人の霊魂なのです。

我らの心こそは十字架上の生贄のためのこの上なく相応しい場所です。天主は彼等、背信者らを厳しく裁くでしょう。我々にとって、これらの迫害をありがたく受け入れて、我らのイエズス・キリストへの愛着を示す機会とし、我らの主、イエズス・キリストの奴隷になっていることを我らの誇りと栄光の冠といたしましょう。

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

救われるためにどうすればよいでしょうか?カトリック信者が自覚すべきこと。イエズスのご命令。

2021年08月17日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、ジャコー(Jacot)神父様によるお説教をご紹介します。
※この公教要理は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

救われるためにどうすればよいでしょうか?


ジャコー(Jacot)神父様の説教
2021年4月18日 よき牧師の主日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン 

いと愛する兄弟の皆様、この世における我らの人生のすべては永遠の命のための準備にすぎません。ですから、いと愛する兄弟の皆様、当たり前といえば当たり前ですが、我らはこの世に生まれた瞬間に、存在した瞬間に、母の胎内から生まれた時から、我らの一番この上なく至上の課題は我らの救済です。救われるためにどうすべきなのかということです。このように、こういった救霊、救済という人間の生まれながらの目的は我らの人生を導くべきそもそもの目的、原動力であるのです。救われるためにどうすべきなのか?また、誰によって救いを得られるのか?

いと愛する兄弟の皆様、ご存じのように聖ペトロもユダヤ人のサンヘドリンの前で発言されたように、「家づくりのあなたたちに軽んじられたその石イエズスは隅の親石とされました。救いは主以外の者によって得られません。この世において我らの救われる名はその他にはないからです。」(使徒行録、4、11-12)

イエズスご自身も、この世から去られる前に仰せになりました。「私は天と地のいっさいの権威が与えられている。」繰り返します。「私は天と地のいっさいの権威が与えられている。行け、諸国の民に教え、聖父と聖子と聖霊の名によって洗礼を授け、私が命じたことをすべて守るように教えよ。私は世の終わりまで常におまえたちとともにいる」(マテオ、28、18-20)

また、聖木曜日の夜、使徒たちに我らの主、イエズス・キリストは仰せになりました。「私がいないとあなたたちには何一つできぬからである。」(ヨハネ、15、5)繰り返します。「私がいないとあなたたちには何一つできぬからである。」

このように、我らの人生の目的は、我らの人生のすべては永遠の命、救霊のために存在します。しかしながら、以上のように知られるように、生きている御方、我らの主、イエズス・キリストを我らの人生の中心に据える必要があると知ります。

他に選択肢はありません。我らの主、イエズス・キリストは皆を救うのです。しかしながら、いと愛する兄弟の皆様、ご存じのように、我らの主、イエズス・キリストは天に昇られました。つまり、もはやこの世におられません。ところが、「私はあなたたちを孤児(みなしご)にしてはおかない」(ヨハネ、14、18)と仰せになったように、イエズスが果たされた司祭職は彼が昇天していても、この世に世の終わりまで、果たせられ続けられるようになさったのです。



ですから、イエズス・キリストはご自分の司祭職にかかわる権能を人間に伝えられたのです。この結果、2千年以上、今日にいたるまで、普通の人々を通じて救霊は世界中に広まってきました。司祭たちという人々を通じてです。そして、司祭たちは全世界へ旅立って、救霊のために、天主の生命である聖寵を伝えるために、心を浄めるこの聖寵、心を超自然化させるこの聖寵を注ぐために布教していきました。

いと愛する兄弟の皆様、これは天主の御計画です。これは大事なことです。天主の御計画です。天主のみ旨です。神学は机上の空論ではありえない、幻想ではありえないのです。自分の好き勝手な想像力に任せてはいけません。もしかしたらそうでもないかも、司祭はいらないかも、他の宗教でも救われうるかも、まあ皆誠実であるのならいいだろうと思いながら、イエズス・キリストの御計画を否定してはいけません。

これは思ってもいいが、過ちとなります。つまり、客観的に存在する天主の御計画の外になるということです。つまり、救いにつながり得ません。天主は仰せになるように、「世の終わりまで」我らを救うための御計画を決められておられます。この一環に、「救霊を得るために必ずイエズスの司祭職を通じなければならない」ということです。

しかしながら、現状はどうなっているでしょうか?少し数字を紹介します。フランスの数字ですが、どこも多少なりとも同じ状態です。フランスの人口は6千7百50万人です。この内、4千7百万人はカトリックで洗礼をうけています。そして、フランスでは司祭が1万2千人います。その内の多数は引退年齢に達していて、これから数年の内に亡くなっていく司祭も多いでしょう。

ですから、具体的にいうと、平均的にいうと、フランスでは、一人の司祭あたり、3750人の信徒を担当することになります。さらに加えて、一人の司祭あたり、2000人の洗礼を受けていない非カトリックの人々へ福音を運ぶ義務あるということです。これは一人の司祭あたりの数字ですよ。言いかえると、自明なように、無理があります。その義務を果たすのは無理となります。

皆様の理解を助けるために、ちょっとした比較を示しましょう。フランスでの聖ピオ十世会は平均的に、一人の司祭は200-250人ぐらいの世話をしています。このぐらいの人数なら、神父として義務を十分に果たせます。現実的に言うと、これ以上になると、よい世話はできなくなります。これ以上になっていくと、表面的な活動になって、効果の乏しいことになります。

ですから、要するに、これらの数字を見た場合、どういう意味になるでしょうか?
現在、あるカトリック司祭は自分の仕事をしっかりと果たそうと思ったら、つまり、救霊のために尽くして、200人ぐらいの霊魂の世話に尽くそうとしたら、3500人ぐらいの霊魂を見捨てざるを得ないということを意味します。この3500人は洗礼を受けたカトリック信徒だけですよ。つまり、一人の神父あたり3500人のカトリック信徒はもはや、何の秘跡も、何の世話を受けないということです。洗礼を受けない非カトリック信徒への布教はなおさらのことです。



言いかえると、これらの3500人のカトリック信徒は、次世代になると、0人となります。ほら、もはや公教要理もない、秘蹟もない、説教もない、それらの子孫は洗礼を受けないでしょう。罪の赦しをも受けないでしょう。聖体拝領もしないでしょう。
以上のことの意味はお分かりでしょうか?一つの世代だけで、平均して、3750人のカトリック信徒から、250人になってしまうということです。その原因とは?司祭が足りないからにつきます。

これはフランスの現状です。これらの数字を見ると、現代のカトリック教会の危機がどれほど深刻であるのかを知れるでしょう。
ですから、いと愛する兄弟の皆様、洗礼者なら皆、司祭の召命のための祈りはどれほど重要であるのかを自覚すべきです。また、特に現代では、カトリック教会の将来のためにどれほど肝心なのかを自覚しましょう。

福音書において、よくご存じのように、イエズスは仰せになりました。「穫(と)り入れは多けれども働く者は少なし。故に働く者をその穫(と)り入れに遣わさんことを、穫(と)り入れ主なる御父に祈れ」(マテオ、9、35-38)と仰せになった通りです。ですから、くれぐれもお願いです。この言葉について考えなさい。また、イエズスご自身が決められたことで、召命(召命)は信徒たちの祈りに依っているということについて考えなさい。イエズスの命令です。「故に働く者をその穫(と)り入れに遣わさんことを、穫(と)り入れ主なる御父に祈れ」

要するに一般の信徒たちこそが天の御父にひれ伏して希って、召命のために祈れば祈るほど、神学校は一杯になっていきます。これは条件です。イエズスが決めた条件です。いと愛する兄弟の皆様、これは必要不可欠な条件です。これを知りましょうよ。ですから、あなたたち一人一人にかかっています。身分年齢男女を問わないで、一人一人にカトリックの将来がかかっています。あなたたちの祈りにかかっています。

つまり、召命を求める祈りを一生懸命に捧げてくれて、犠牲と祈りをささげてくれて、あなたたちの部屋で、一人で、人々の目から隠れて、ロザリオを祈って、一日も欠かさないで毎日、忍耐強く、ひれ伏して希って、善き天主がより多くの人々を召すように祈ったら、召命は必然的に増えます。善き天主はあなたたちの祈りを叶い給います。あなたたちは一生知らないとしても、一人の神学生はあなたのお陰で司祭になれるでしょう。皆の祈りこそ、善き天主の御心から召命を呼び給うことを奪い取れるのです。

いと愛する兄弟の皆様、これは我ら、一人一人の責任です。最後にもうちょっと、数字を紹介して、召命のために祈る励みになるように。
聖ピオ十世会に関する数字です。現時点では、聖ピオ十世会には680人の司祭がいます。220人の神学校生がいます。2020年、新入学生は61人います。また聖ピオ十世会は35カ国において修道院を持ちます。修道院があるということはしっかりとした拠点であるということです。複数の司祭が共同生活できているということです。35カ国です。しかしながら、いと愛する兄弟の皆様、本日、現時点では、このほか、32カ国が正式に聖ピオ十世会は本部へ修道院設立の申請をしているわけですよ。

32カ国ですよ。そこでは、安定的なカトリック信徒たちは集まっていて司祭たちを必要としています。場合によっては、それらの国々では聖堂が設立されて、時々、司祭は訪れます。飛行機にのって、月一回、二回、それらの信徒たちを訪れます。(コロナになって国際移動が難しくなった中、秘蹟に与れない信徒たちも増えました)。修道院がない場所です。ですから、司祭は全く来れないよりましですが、信仰を維持するために、信仰を成長していくには全然足りないのです。

また、この32カ国の内、新しい少ないグループもあります。彼らはまだ聖堂を持たないで、個人の家、ある家族の家に集まって、司祭がいない時、一緒に祈っていて、司祭や修道院が来れるように一生懸命に祈っていますよ(注・日本は去年までこの状態は20数年続きました)。

いと愛する兄弟の皆様、これが現実です。32カ国において、我ら聖ピオ十世会は期待されています。しかしながら、聖ピオ十世界の管区長、総長、権威者たちはこれらの申請を受けても「申し訳ありません。司祭が足りないのです。送れる司祭はいません。」と答えざるを得ないのですよ。

いと愛する兄弟の皆様、ですから、我らは召命のためにどんどん祈りましょう。召命さえ増えたら、あとは将来につながります。32カ国が我らを待っています。想像してください。その呼びかけに答えられたら、どれほど聖伝の信仰は復興して全世界に広まるか想像してください。ですから、いと愛する兄弟の皆様、良き牧師の主日を機に、召命を求める祈りを忍耐強く、熱心に毎日に安定的にやるようになる励みになり、力になるように。聖職者の元后である聖母は我らの祈りが果たされる恵みを与えるように。

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

本物の陰謀とは?

2021年08月15日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、ビルコック(Billecocq)神父様によるお説教をご紹介します。
※この公教要理は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

本物の陰謀とは?(マテオ、24、15-35)


ビルコック(Billecocq)神父様の説教
2020年11月22日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン 
いと愛する兄弟の皆様、典礼暦の最後の主日である本日の福音は有名な文章で、世の終わりについての預言です。この福音を聴くと、我々人間の現世欲から生じる好奇心に由来するのだろうと思いますが、人々はよく、イエズス・キリストが使徒たちに予言した世の終わりはいつどこでどうやってくるのかを知ろうとします。また、今は終末に近いのだろうかとか、アンチキリストの時代になったのだろうかというような好奇心を持ちがちです。

しかしながら、このような好奇心は虚しくて無駄なものです。この世の終末はいつどこでどうやってくるのかを知ることはだれ一人として不可能だからです。イエズス・キリストが明らかに仰せになられたように、世の終わりについて知るのは天主のみです。
更に言うと、イエズス・キリストの預言には多くの事柄が混ざっています。終末についての預言もあれば、エルサレムの神殿の破壊についての預言もあります。イエズス・キリストが終末を予言するとき、我々にいつ死ぬかということを知らせるためではありません。個人単位でも我々の臨終の時と場所を知らせないし、天使より知らせることもありません。イエズス・キリストが明らかに仰せになったように、泥棒のように、死の時は我々に訪れるのです。

本日の世の終わりの福音においてのイエズス・キリストの目的はいつもと変わりません。同じ教えを届けるためです。この世は戦いであり、戦闘であるという教えです。我らの主、イエズス・キリストはこの福音で、世の終わりまでずっと広い陰謀が存在するという事実を改めて仰せになります。この陰謀の首謀者は他でもない悪魔です。そしてこの戦いの相手は我らの主、イエズス・キリストです。



ですから、本日の福音の趣旨は終末がいつどこで起きるかというよりも、「悪魔の力が非常に強くなる時がいずれかくるだろう」ということです。その時代になったら、「選ばれた者ら(正しい者ら)すら惑わそうとする」ほどに悪魔が有力になる時代が予言されているのです。

以上の陰謀の起源はどこにあるでしょうか?悪魔の嫉妬にあります。これこそを念頭に置きましょう。思い出しましょう。最初に天使らが創造されました。それから人が創造されました。そして、聖伝によると、天使らの三分の一ぐらいは天から落とされました。罰されて堕落しました。その罪は自分自身の力だけで、自分の幸せを得ることができると自慢して天主のように振舞おうとした結果、堕落しました。そして堕落した天使ら、すなわち悪魔は、天主が人々にもたらした多くの善や聖寵や永遠の命の約束を見て、嫉妬してやまないのです。

その結果、嫉妬の心に燃やされて悪魔は絶えることなくできるだけ多くの霊魂たちを地獄に引きずり落とそうとして自分と同じ不幸に貶めようとするのです。これは、世のはじめから世の終わりまでやまない悪魔の業です。要は、悪魔は全力を尽くして、人々が天主に対して反逆するように誘ってやまないのです。悪魔は、天主の持ち物である霊魂たちをなるべく多く奪おうとしているのです。

我々を地獄に導くために悪魔は二つの武器を使います。それは我々の中にある現世欲とこの世の多くの誘惑です。

まず悪魔は現世欲を武器に使います。人には必ず色欲などの多くの現世欲があります。このような乱れた現世意欲を利用して、悪魔は「この世で幸せになれる。この人生には幸福というものがある」ということを我々に信じ込ませようとしています。「荒らすもののいとわしいものが聖所に立つ」という恐ろしいことがなぜ実現するかは、まさに以上の誘惑に負けた時におきます。つまり、人々はこの世で自分の力だけで本物の幸せを得ることがあり得ると信じ込んでしまった時、恐れ多くも聖所に立つということです。

現世欲は過剰に快楽を求めて、この世の利益を追求します。また、自分自身のためにだけ、そして自分自身の力で、「福利」を得て、自分自身が自分自身の幸せになることを追求するという意味です。しかしながらこれは現実に反します。天主ご自身のみが人間の目的地であって、ご自身に向かわせています。人々の目的地は自分自身ではなく、天主にあって、天主に生まれながら向かわせています。



残念ながら、現世欲を利用して悪魔は私たちを誘っています。「さあ、自分自身の力で快く楽しめるだろう。だから、幸せになるために自分自身の力で、自分の幸せを得なさい」と誘っています。要は、現世欲による行為をみたら、結局すべては、自分自身を目的にしているという共通点があります。つまり、「自分自身の幸せは自分自身の力で与えられる、得られる」という迷信になります。その結果、「荒すもののいとわしいものが聖所に立つ」ことになるのです。というのも、我々の霊魂は聖所でもあるからです。天主が我らの霊魂にお住みになることを望んでおられるからです。

それから悪魔が武器として利用するのは、金銭の誘惑です。いわゆる富裕への誘惑です。富裕への誘惑を利用して、「あなたの幸せのために必要となるすべてはこの世にあるよ」ということを悪魔が我々に信じ込ませようとします。つまり、天主からの贈り物や宝物がなくても幸せになれるという迷信を示そうとしています。つまり、この世の財産や物質的な物事を取得することで幸せになれるという幻想を悪魔が抱かせようとします。
悪魔は聖寵がなくても、望徳という超自然の徳がなくても幸せになれる、この世にある財産や物事によってのみ、我々が満足できると悪魔は信じ込ませようとします。

愛する兄弟の皆様、現代ではこの誘惑は強いでしょう。過剰な贅沢において生きている現代人はこの誘惑に陥りやすくて、それよりも何でもかんでも手段が多くて便利な社会にある現代ではすべて簡単に得られることを信じて、何でもかんでも取得できるということを信じやすくなるから注意しましょう。つまり、聖寵は必要でもない、聖寵は二次的になっているといったことを信じ込みやすい時代になりました。

そして、悪魔が武器として使っている第三の現世欲は、権力より生じる傲慢さなのです。そして悪魔は権力へのあこがれと権力より生じる傲慢さとともに、人間的な尊敬を悪魔が利用しています。権力より生じる傲慢さとは「自分の力で、何でもできる」と信じこむことです。これにおいて、悪魔は最大に「この世」を利用しています。悪魔はあちこちの幻想に向かわせて霊魂たちを堕落させようとしているのです。

権力より生じる傲慢さを通じて、悪魔は弱い霊魂を支配しようとします。また、権力より生じる傲慢さを利用して、信仰が足りない霊魂を騙そうとします。我らの主、イエズス・キリストは仰せのとおりです。「(艱難の日々が)もし縮められないならば、救われる者はないであろう、しかしその日は選ばれた人のために縮められるであろう。」

統治を利用して支配することを通じて、その傲慢さを使い、悪魔は多くの霊魂を堕落させようとするのです。愛する兄弟の皆様、現代はこれこそを軽々しくみているのです。現代の権力は完全に悪魔の支配下にあります。権力者たち、それから地上におけるイエズス・キリストの統治権の代表者らは、というかその代表者になるはずの人々は、悪魔の支配下にあります。悪魔の言いなりになっています。

悪魔の支配を示すのは、「我々が覇権であり、なんでも決める権力がある」と思い込んでこのように命令したりします。まさに全体主義の現れですね。言いかえると、全体主義とは「われわれがすべてを支配できる」という悪魔的な誘惑に負けた権力者や指導者たちの現れなのです。悪魔の誘惑に負けて「自分の権力は絶対的であり全能である」と思い込む指導者たちの姿はまさに悪魔の支配を表すのです。この結果、全体主義的な政治、独裁政治になって、多くの人々を絶望させて、場合によっては、選ばれた人々の信仰でさえ揺るがす羽目になります。

このような覇権主義、全体主義は本当に恐ろしいです。というのも、霊魂たちを悲しみに追い込ませて、絶望させるから恐ろしいのです。
幸い、我らの主、イエズス・キリストは希望と喜びを我々にもたらし給っておられます。
世の終わりの本日の福音を読んで、悲しくなってはいけません。絶望に落ちてはいけません。確かに、悪魔は現世欲から生じる我々の弱点を最大に利用したとしても、この世にあるすべての権力と支配を握ったとしても、悪魔がわれわれの霊魂への力が皆無であることを忘れてはいけません。我々の内面には悪魔は何もできません。我々が悪魔を霊魂に積極的に意図的に向かえ入れない限り、悪魔はわれわれの霊魂を支配することは不可能です。

ですから、カトリック信徒なら我らの主、イエズス・キリストは常にわれわれの霊魂の主であり、支配し給うことを信じるのです。外の社会はどうなっても我らの主はいつも我らの喜びと希望の泉です。我らの主は我らの霊魂を司り続けるために主に一つの手段を用いられます。それは福音に現れる印です。「そのとき人の子の兆(しるし)が天に現れるであろう。」人の子の兆(しるし)とは他でもない十字架のことです。人の子の兆(しるし)は贖罪の御業です。愛する兄弟の皆様、人の子の兆(しるし)は十字架上の生贄の再現であるミサ聖祭です。これを忘れてはいけません。



ずっと思い出さなければなりません。現代では「荒すもののいとわしいものが聖所に立つ」からこそ、また罪によって現代人の多くの霊魂という聖所にも立つからこそ忘れてはいけません。残念ながら、外だけではなくて、教会においても「荒すもののいとわしいものが聖所に立つ」ということです。新しいミサによるとんでもない弊害、すべての儀式の非聖化の弊害、また、残念ながら、聖職者の非聖化の弊害のせいで、教会においても「荒すもののいとわしいものが聖所に立つ」ようになりました。残念ながら、「荒すもののいとわしいものが聖所に立つ」ということはローマにもたってしまいました。信仰を守り宣言し、霊魂たちを守るべきキリストの代理者であるはずの人自身は残念ながら、グローバリズムという死をもたらすイデオロギーを広めるお先棒をかついでいます。

しかしながら、我らの主は十字架を遺し給い、また聖伝ミサを遺し給いました。我らの主は死ぬ前に、使徒たちに新しい約束を結び給い、ミサ聖祭を制定さないました。つまり、ミサ聖祭、霊魂の糧として御血と御体という遺産をわれわれに与え給いました。暗い現代においての我々の遺産は聖伝ミサなのです。愛する兄弟の皆様、フランスでは政府がミサを禁止しようとするのですよ。確かに、悪魔なら何よりもミサ聖祭を禁止すべきところです。的確です。ミサ聖祭こそはこの上なく人の子の印なので、悪魔はどうしても消えてほしがるわけです。

愛する兄弟の皆様、ですから必ずいつまでもミサ聖祭を大切にし続けましょう。ミサ聖祭こそが聖寵の泉です。ミサ聖祭こそがすべての喜びの泉です。ミサ聖祭こそが現世欲を治す薬です。色欲であろうとも、財産などのこの世の現世欲であろうとも、権力の現世欲であろうとも、ミサ聖祭こそがわれわれの霊魂においてこれらの現世欲を治す薬です。また、ミサ聖祭こそがこの世の堕落と腐敗を治す薬です。

愛する兄弟の皆様、1979年の叙階五十周年記念の際のルフェーブル大司教の説教を改めて拝聴することをお勧めします。その説教の中でアフリカの宣教活動の際、目撃したことを述べておらます。つまり、ミサ聖祭に与るに連れて、どれほど現地のそれぞれの社会は変化してきたことを述べます。

ミサ聖祭によって、霊魂に深く染み入って、霊魂たちは聖化されます。そして、ミサ聖祭によって、家庭に深く染み入って、家庭も聖化されます。そして、最後に、社会に深く染み入って社会も聖化されます。ですから、「恐れるな、小さな群れよ」(ルカ、12、32)とイエズス・キリストが仰せになる通りです。

愛する兄弟の皆様、現代では多くの堕落した霊魂たちがいるかもしれませんが、我々は恐れてはいけません。我々の主、イエズス・キリストは十字架を持って勝利し凱旋し給い、そして遺産として我々に十字架を継ぎ給いました。十字架は我々の勝利なのです。

愛する兄弟の皆様、我らの主、イエズス・キリストの十字架を大切にし、何よりこの上なく十字架とミサ聖祭を愛しましょう。なるべく多くの御聖体を拝領し、多くの犠牲を払い、犠牲を払うことを通じてどんどん愛していきましょう。犠牲こそは生命の泉であり、犠牲こそはすでにこの世において勝利の泉である上、それよりも天国における永遠の勝利の泉でもあります。

聖父と聖子と聖霊のみ名によりて。アーメン

悪魔(サタン)の罠 | 超自然の視点からみた歴史_勝負はついている

2021年08月13日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、ショタール神父様によるお説教をご紹介します。
※この公教要理は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

悪魔(サタン)の罠。(マテオ、24、15-35)超自然の歴史観。

FM CHAUTARDショタール神父の説教
2020年11月22日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

いと愛する兄弟の皆様、本日の福音、世の終わりについての福音ですが、現代、ぼろぼろとなっているカトリック教会をみて、ことにローマでの堕落を見ると、そしてフランスをはじめとする多くの国々に健康上の全体主義、独裁政治が進んでいる状況を見ると、なにか絶望あるいは心配あるいは不安という気持ちに負けそうになることがあるかもしれません。

このような気持ちに負けたらサタンの罠に陥ることになります。悪魔は恐怖や失敗や悲しみを煽ることに関して優れています。あるいはこれらの恐怖などの気持ち、あるいは正当な心配を活かして、ある霊魂を落胆へ落とそうとしていて、絶望させようとしています。悪魔はいやなことを忘れるために快楽へ落とそうとし、あるいは果たすべき義務から逃れるように我々を誘うのです。

中国の古代に、孫子という将軍がいましたが、「兵法」という代表作を作成しました。「戦わずして敵に勝つ」という戦略思想を展開しています。このように、敵の士気をなくす戦略、敵陣に恐怖を広めて、落胆させて、心配と不安を煽る戦法を奨励しています。その結果、敵陣は戦場に来ても戦わず、降服するように働き掛ける戦略なのです。このような戦略はまさに悪魔が使う戦略なのです。悪魔は我々を悲しみと心配事に溺れさせようとしています。特に悪魔は正当な気持ちを利用して、我々が罪を犯すように唆して誘導しようとしています。つまり、「戦わずして」、言いかえると誘惑して我々が抵抗することすらさせないで、我々を自ら陥らせるという悪魔の戦略です。

愛する兄弟の皆様、本日の福音をきっかけにサタンと天主と間の関係を考えましょう。
はじめに、サタンは嘘の父であることを思い出しましょう。サタンこそは最初の嘘つきなのです。そして、聖書に照らして、サタンの主な嘘は「自分の力」を誇張して大げさにいって、現実より大きくして自分の力が絶大であるかのように見せかける嘘をつきます。ですから、念頭に置きましょう。サタンは単なる被創造物であり、ある程度の力があろうとも、悪魔たちの力は制限されていて、限りがあるわけです。天主は悪魔の力をいつでも抑止することがおできになります。天主はお望みならば悪魔の業を瞬間的に止めることができます。

天主こそは創造主であり、全宇宙の主であり、歴史の御主なのです。天主はみ摂理を通じて、あらゆる物事の世話をやっておられます。例えば福音書には鎮められた嵐の場面があります。使徒たちは船に乗っていて非常に強い嵐にあって死にそうだと怖がっています。そして、船に寝ていた我らの主、イエズス・キリストに救いを頼みますが、イエズス・キリストが立ち上がり、一言、そして手のちょっとした仕草で、瞬間的に嵐を鎮めました。つまり、大自然はその主である天主の命令に従うということです。瞬間的に嵐が止まって、非常に静かになって晴れていて何もなかったかのように静謐な状態に戻りました。使徒たちは我らの主の力を見て唖然としていました。

悪魔に対しても同じです。どれほど悪魔が暴れ出しても、我らの主が手の軽い一仕草で悪魔を制圧します。つまり、悪魔は展開している業などは天主の望みの内に制限されて、天主こそが最終的に決めておられます。つまり、悪魔の力は我らの主、イエズス・キリストによって制限させられているわけです。

言いかえると、大自然においても創造主なる天主は制限を施しました。どこの海も地上に流れでることはないのと同じように、山々には一定の高さが課されていると同じように、悪魔の力も制限されていて、天主は悪魔の力に限界を設定されました。
悪魔が将来を見ることができないだけでも悪魔の力はかなり弱いと言えます。はい、悪魔も天使も将来・未来を見ることはできません。悪魔・天使は来る将来を支配していないのです。

悪魔は確かに能力が優れているから、多くの計画や予測を立てて策略を展開していけることはあるでしょうが、また悪魔は自分の計画通りになるために将来を準備しているでしょうが、悪魔は将来を見ることもできないし、悪魔は将来に手を及ぼすことはできないのです。しかしながら、天主は逆に過去、今、将来、すべてを支配していて、将来をすでに完全に把握して支配しています。これから、相応しい時に、どういった霊魂が生まれるか、どういった召命を降すか、どういった聖人を呼び求めておられるか、どういった神父を啓示するかは天主が当然ながらすべてご存じです。しかしながら、悪魔はこれらを知ることはありません。絶対に。悪魔は知ろうとしても、どうしても将来を全く読み取れない存在なのです。

たとえば、シエナの聖カテリーナの人生を見ても、聖カテリーナは悪魔によって非常に激しく強く誘惑されています。しかしながら、聖カテリーナは悪魔の誘惑に対して強く勇敢に抵抗しています。そして、ある日、悪魔は「もう、抵抗することをやめたら?どうせ、この抵抗は不要だろう。地獄であなたの席はすでに決定されているからさ。あなたがすでに業罰が決定されているよ。どうせあなたはもう天国に入れないからさ。」と誘うわけです。

それに対して、聖カテリーナが「そうならば、あなたが勝つことが決定だったら、一体なぜ私を誘う必要があるのでしょうか」と答えます。そして、聖霊の息吹に従っていた聖カテリーナの答えに対して悪魔は呆れて、馬鹿にされて瞬間的に去らざるを得ませんでした。はい、正に正解でした。悪魔に至っても将来は未確定になっています。将来が未確定になっているだけに、悪魔が多くの計画を勧めようとしても、絶えずこれらの計画は善き天主によって妨害されて阻止されて反対されてばかりいる事実があります。天主は常に悪魔の策略一杯の計画を無駄にさせます。というのも、悪魔の謀(はかりごと)に、天主はそれを無駄にするある聖人を呼び求めたり、歴史的な出来事を起こしたりします。



例えば、旧約聖書において、ユダヤ人たちがパレスチナから強制的に移住させられる場面があります。バビロンへの追放で、現代のイラクあたりにあたる地域に移住させられました。その結果、神殿の再建も拒まれて、先祖たちの礼拝を引き継ぐことは困難となって、先祖たちの宗教は遠く離れる羽目になっていました。絶望になりそうになった時、善き天主はこの追放状態という試練の終焉を告げました。

キュロス国王はメディア帝国を征服して、ユダヤ人たちがいた中東を支配するようになりました。そして、キュロスはユダヤ人のために、神殿の再建を許可することにしました。ご覧のように、イエズス・キリストの到来を準備するために存在するユダヤ人たちの宗教を悪魔は潰そうとしていて、その追放はユダヤ人たちの罪の罰として許可されたにもかかわらず、善き天主は最終的に悪魔の計画を無駄にされて、逆にイエズス・キリストの到来に向けてその宗教を強化されました。

もうちょっと近い例を挙げましょう。歴史に残した大出来事ですが、スルタンの馬をローマの聖ペトロ教会の前に牧してみせるという野望があったことでわかるようにオスマン帝国はどうしてもカトリック教圏を潰そうとして、絶望状態になりかけた時、善き天主は聖ピオ5世を出現させ給いました。聖ピオ5世はロザリオの十字軍を激しく強く展開した結果、レパントの勝利につながりました。



このように、悪魔の計画は常に成功せず、いつも失敗に終わります。いや、悪魔の計画は阻止されるばかりではなく、悪魔の計画ですら、天主のご計画の一部であります。我々はこの真理を聴いて驚くことが多いです。「悪魔の計画は天主のご計画の一部だと?いったいそんなことどうやってあるのだろうか?」と。「善き天主は悪を望むことはできないだろう。悪魔の計画自身を望むことはできないだろう」と。

はい、その通りです。天主は悪などをもちろん望んでおられないのです。ただ、善き天主は悪魔の動きをやらせっぱなしすることもあり、そして悪魔が計画をある程度に進めた時、善き天主は介入して、より多くの善を悪から生み出させ給うのです。つまり、悪魔の計画はより高い善のためにあるということです。

例えば、アダムとエワの創造を見ましょう。サタンは堕落して、永劫の罰を、永遠に罰せられる事実をサタンは知っています。そして、天主はアダムとエワを創造されます。人間です。サタンは耐えられないほどの聖寵の内に造られた人間に嫉妬します。ですから、悪魔はあらゆる手段を利用して人間を攻撃していきます。悪魔は天主を直接に攻撃できないので、天主の御業、被創造界を攻撃することにします。



つまり、アダムとエワを攻撃します。その結果、悪魔はエワをおとして、そしてエワはアダムをおとします。その時、天主の御業が傷つけられたことを見て、悪魔が喜びあがるのです。そのあとの歴史を知らなかったサタンは原罪を犯したアダムとエワに対して天主が彼等を地獄に落とすだろうとサタンが期待していたことでしょう。

しかしながら、サタンの予想外のことに、天主は何をなさったでしょうか?救い主の到来を告げ給い、人々を赦し給う結果になりました。要するにサタンによる悪魔的な計画を利用して、天主はご自分の人間への愛を示し給い、その愛をより深くしたまい、人々を贖罪するために来るメシア、救い主の到来を告げ給います。

要は、以上の悪魔の計画は結局、悪魔をより不利な立場にさせたことになりました。そういえば、復活祭の前夜祭の際、いつも歌っている祈りがあります。「O Felix Culpa」「O certe necessárium Adæ peccátum」と歌います。「幸いなる過ちよ!」「これほどの救い主をもたらした幸いなる罪よ」「必要だったアダムの罪よ」という祈祷があります。なぜ必要だったでしょうか?天主の御慈悲を示し給うためにアダムの罪は許可されました。

救霊の歴史を通じて、もう一歩先に進めましょう。
我らの主、イエズス・キリストの時代を見ましょう。ご降誕なさって、大人になって教えを広め始めます。これを見る悪魔はこのイエズスが誰なのかを知りたくなるわけです。それを確かめるため、砂漠の方でイエズス・キリストを誘うのですが失敗に終わります。その時、悪魔はどことなくこのイエズスが自分の覇権を揺るがしうる存在だと分かって、あらゆる力と手段を活かしてイエズス・キリストを破壊することを決意します。最終的に、悪魔の計画通りに、十字架に我らの主をかけられて死なせたことが果たされました。その瞬間、悪魔は喜びあがって、自分の計画が成功になって自分の支配は続くだろうと思っていたからです。

しかしながら、悪魔が将来を知れなかったから、彼の予測力を越えるところで、十字架上のイエズス・キリストの御死は限りのない聖寵の泉となりました。ご覧ください。悪魔の策略の結果、イエズス・キリストの御心に槍で刺させるまでに悪魔が成功しているのに、イエズス・キリストの御脇より開けられた御心より聖寵はわき出しました。そして、御脇より湧きだす聖寵は悪魔の支配を破壊しました。悪魔の支配の基盤を決定的に攻撃する聖寵が湧きだしました。要するに勝ったと思ったところの悪魔は結局、彼の負けを自分で不本意にも助けたという結果になりました。



また、教会の歴史の続きを見ましょう。
我らの主の復活のあと、使徒たちは世界の果てまで布教活動を展開していきます。彼等を止めさせるため、悪魔はユダヤ人たちを利用して多くの迫害をキリシタンたちに対して起こさせました。つまり、シナゴーグのエリート層のイエズス・キリストに対する憎しみを利用して、キリシタンや使徒たちに対する迫害を実現するように働きかけて成功します。また、悪魔の計画通りになるように見えます。一番最初の迫害です。

それで、み摂理は何を用意されていたでしょうか?み摂理は聖パウロを呼び出し給い、異教の国々、異教徒たちに福音を運び、回心してもらうようという召命を聖パウロに与えまい、より多くの人々に救霊をもたらすことになりました。要は、悪魔がユダヤ人たちの内のキリシタンを仕留めることが成功したと思った瞬間、より広く多くの異教の人々までに救霊は及ぼし、自分の支配が弱まった結果となりました。悪魔は負け組ですが、天主のみ摂理のために不本意にもずっと働きます。

そのあと、今度はローマ帝国からのキリスト教徒に対する迫害がありました。迫害ごとにどんどん流血を伴い、暴力的になっていきました。ローマ帝国が行った最後の迫害は一番激しかったかと思います。要は、当時の古代ローマを支配していたのは悪魔でしたが、その帝国をキリシタンを殺す機械にしていたわけです。当時の人々からみると、絶望的な状態となって、もはやカトリック教会は亡くなるだろうと思われることが多かったです。が、結局、絶望的になっていたその時、み摂理で善き天主はコンスタンティヌスに帝位を継がせ給いました。だれも予想もしなかった大逆転となりました。ローマ帝国は一番カトリックを迫害して、カトリックを破壊する存在から、いきなり、カトリックを一番擁護して支える存在と変わりました。コンスタンティヌス皇帝の即位によって、ローマ帝国こそキリスト教の最大の媒体となっていきました。み摂理がお望みになった素晴らしい逆転です。

つまり、歴史をみたら、いつもこのようなことが起きます。絶望的になりかけている時こそ、当時の人々だったら誰も予想も想像もできない逆転が起きます。悪魔の計画は成功しそうになる時こそ、結局、これらの計画が信仰のためになるという歴史的事実があります。
「あなたたちの中に党派があるのは避けがたいことであるが、それによって徳のある人が目立ってくる」(コリントの信徒への第一の手紙、11、19)と聖パウロが言う通りです。

つまり異端者なども出る必要があるというのでしょうか、そのおかげで信仰はより強くなっていきます。歴史においては、悪魔が誘う異端者が出るたびに、天主の真理と教えを曖昧にさせて、人の目から隠そうとするたびに、結局、いつもいつも天主は信仰の博士らや宣教師らを呼び出し給い、信仰はより強化されていきます。つまり、悪魔が真理を隠そうとも、追い出そうとも、歪曲しようとも、結局、これらの真理はより明らかになり、より良く愛されて守られて、より良く理解されて、より広く伝わる結果になりました。

いつもいつも、悪魔の計画は不本意ながらも悪魔の目的からずれて、天主のご計画の助けとなるのです。
数か月前のことを思い出しましょう。また同じようなことが起きています。ミサは禁止されていた時でしたが、復活祭の夜をここで捧げました。この教会で荘厳に前夜祭を捧げたところ、やさしい近所の人々は我々がミサをやっていることを警察に密告しました。その結果、メディアは嵐のように暴れ出しました。その結果、その報道の嵐のお陰で、我々の存在はより広く知られて、この聖伝ミサの存在はより広く知られて、このおかげでミサ聖祭と初めて接触できた人々も多くて、そしてミサ聖祭のために戦いに有利となりました。

もう、悪魔はなんともできませんよ。悪魔の計画は必ず失敗におわります。最終的に、悪魔が不本意ながらも、彼の計画は、必ず、み摂理の御計画のためになるのです。
ですから、禍にあってこそ、その分、我々は期待する価値があります。望徳を増やしましょう。

例えば、最初、悪魔はエワ、つまり女性を誘導して人間を落とそうとしました。その結果、善き天主は聖母マリアを登場させて、悪魔の頭は女性の足に踏みにじられる運命となりました。人間の創造の当初から世の終わりまでこのようなことはずっとあります。変わりません。天主は悪魔の計画を使って、御計画の一部となっていることを忘れてはいけません。ですから、愛する兄弟の皆様、期待しましょう。天主に信頼しましょう。

本日は黙想会の日曜日でもあります。黙想に参加することを奨励します。というのも、黙想会は信仰の真理をゆっくりと黙想する時間です。つまり、信仰の光に改めて満たされるための貴重な時間です。黙想会の時、例えば救済の営みを黙想するだけではなく、つまり、ルシファーの罪や原罪や贖罪などを黙想したりしますが、このような真理による光を得るだけではなく、黙想会に参加すると、多くの聖寵をも得られる貴重な時間を過ごせます。日常生活の試練に備えるために我々が必要となるのが真理と聖寵です。

悪魔の計画が進めば進むほどですね。そして、実際に悪魔の計画は進んでいるのです。というのも、将来を読み取れないとしても、悪魔はどことなくすでに負けていることを感じていて、そのぶん焦って計画の実現の速度を高めようとします。で、悪魔の支配が強ければ強いほど、我々はその分、善き天主が溢れるほどに与えたまう多くの聖寵を必要となってきます。

最後に、愛する兄弟の皆様、思い出しましょう。一年前、この国で今、ミサが禁止されることを言われたら誰一人も信じられなかったでしょう。同じように、この内に黙想会をやりましょう。明日、迫害はどこまで進むのか誰も言えません。簡単に黙想会などはできなくなるかもしれません。ですから、今こそ、天主より頂ける聖寵を蔑ろにしないように、今の内に確保しておきましょう。そして天主のみ摂理と聖寵、それから聖母マリアの御取り次ぎに寄り頼みましょう。

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

ナポレオンと聖ピオ5世とマレンゴ

2021年08月11日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、プーガ神父様によるお説教をご紹介します。
※この公教要理は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

ナポレオン、聖ピオ5世とマレンゴ

プーガPuga神父様の説教
2021年5月5日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン 
愛する兄弟の皆さま、イタリアの北部、トリノとジェノヴァの間に小さな村があります。マレンゴです。歴史を少し知っている人なら、マレンゴと言われたら、ナポレオンが皇位に就く際においておそらく一番決定的な戦いでした(1800年)。まだ第一執政官だった時期のナポレオンはオーストリアに対して勝利しました。その結果、アミアンの平和条約が結ばれて、それから、元老院はナポレオンをナポレオン一世、フランス人の皇帝として任命することになり、ご存じのように1804年になって、フランス人の皇帝としてノートルダムにおいて、教皇ピオ7世の司式の下、戴冠式(即位式)は行われました。

そして、有名な場面は、皇帝冠を戴く時、本来の儀礼を破って、ナポレオンは勝手に皇帝冠を教皇の手から取って、自ら自分の頭に置きました。なぜ、この話を今日やるかというと、ナポレオンの死から200周年を機に、フランスにおいてナポレオン一世を記念する人々が現れたからですが、また、本日の祝日の聖人との関連を思い起こしたいと思います。教皇聖ピオ5世です。彼はマレンゴとどういった関係をもつのでしょうか?

1504年、教皇聖ピオ5世はマレンゴに生まれました。つまり、マレンゴでオーストリア軍と戦っていたナポレオンは戦場からまだ教皇になっていなかったピオ5世が建設させた教会を見たことでしょう。その教会は自分が死んだら生まれた故郷にその遺体を収める為の教会でした。ただし、教皇として選定されることなどまだぜんぜん知らなかった時の建設でした。

なぜ、こういった関連をご紹介することにしたのでしょうか?比較的つましい家庭に生まれ、14歳の時、ドミニコ修道会に入ったアントニオ・ギスリエーリ(後の聖ピオ五世)の運命はかなり抜群だったからです。彼の才能、優秀さ、それから善徳の実践によって、カトリック教会の位階を少しずつ昇進していきました。24歳、司祭となりました。そして間もなくして司教となって、トレント公会議に参加しました。そして、枢機卿となってから、1566年、教皇に選ばれました。偉大な教皇であり、カトリック教会の歴史の中で重要な役割を果たした教皇です。彼の信仰は確たるもので、深かっただけではなく、信仰を正しく良く世へ伝えていくように非常に気を配った教皇でした。

聖職者の階級を昇っていった教皇聖ピオ5世は非常に深い不安をもつようになっていきました。昇進するたびに、「我が霊魂を救えるのか」と悩み、おそれながら昇進してゆきました。要するに、昇進すればするほど、彼は救霊に関する不安が増えていったのです。聖ピオ5世の言葉によると、「司祭だった時、何とか救われるようにやってみようと思いました。司教になった時、救われたらいいのにと思うようになりました。枢機卿になった時、自分の救霊を考えて心配でならなかったのです。教皇になった時、もう永久に業罰を受けることはほぼ疑うことができないでしょう」と聖ピオ5世は言っていました。なぜなら、彼は天主の前に覆っていた大きな責任を深く認識して自覚していたからです。つまり、個人の人としての責任ではなく、与えられた権威と権力、権限などによる大きな責任を深く深く自覚していたからです。



ちなみに、昔は、教皇の即位式があり、教皇は冠を戴いていました。それはともかく、即位式の際、人々に担われた教皇坐の上、教皇が座って行列する儀式がありましたが。その時、人々の歓呼を浴びながら教皇の前に彼に向っていた十字架がありました。そして、それよりも教皇の前に一人の聖職者が歩いていました。彼は、行列の際、頻繁に教皇へ振り向いて、麻屑をとりあげて、それに火につけました。ご存じのように、麻屑に火をつけると一瞬で焼けて消えます。そして、これをやりながら、聖職者は「Sic transeat gloria mundi」と言いました。「この世の栄光はこのように過ぎ去るよ」と。

愛する兄弟の皆さま、指導している人々の責任を考えてみると恐ろしいです。司祭なり、司教なり、教皇なり、あるいは世俗の指導者も同様に、彼らの天主の前の責任を考えると怯えるのです。というのも、こういった立場にある人々は、死んだときに自分の霊魂をどうしたかと聞かれるだけではありません。結婚された方なら、妻と子供の霊魂をどうしたかと聞かれるだけではありません。天主はさらに、「預かった多くの霊魂たちはどう世話したか」と聞かれるからです。

聖ピオ5世は少なくとも、死んで裁判に臨まれた時、自分の弁護のために「この地位を望んだことはなかったのです」と言えました。はい、聖ピオ5世は教皇として選ばれた時、当時の他の枢機卿は皆、驚いて意外だったという。ちなみに、ドミニコ修道会の一員でしたので、教皇になってもドミニコ修道会の白衣を捨てることがなくて、このままにドミニコ修道会の白衣を纏ったままになりました。そのことから、現代までも歴代教皇は白衣を纏う慣行ができました。聖ピオ5世は教皇になろうともしませんでした。

それと打って変わって、現代によく見える権力や権威、地位と身分のために野望と切りのない競争をみると恐ろしいです。彼らは死んだら、いったいなぜこのような責任を追及されるかを後悔するでしょう。責任を覆おうとしたのはどれほど狂気の沙汰だったかを自覚するでしょう。「Sic transeat gloria mundi」。「この世の栄光はこのように過ぎ去るよ」。

ナポレオン一世は教皇を侮辱して、傲慢にも自分は力ずくで皇帝になったぞと自慢しながらノートルダムから出ましたが、結局、ナポレオンは可哀そうにすべてを失って失敗ばかりで、敗北したまま、若くして、病気で、小さな孤島で一人ぼっちでなくなっていきました。まあ、最期になって、秘跡に与ったといわれてはいますがどうでしょうか。まあ、可能ではありますが、19世紀中葉に出来上がったナポレオン神話によって美化されたところが少なくないので、そういった神話を鵜呑みにしてはいけません。まあ、その可能性は否定しませんが、ナポレオンの責任を考えるとなんて恐ろしい!



ナポレオンの戦争や政治のせいで、革命思想、また近代の病を全欧州に広まってしまいました。また、死者でいうと、とんでもなく多くの人々が彼のせいで死にました。はい、天主の前に、それと逆に、教皇聖ピオ5世は自分の責任について深く認識して自覚していました。ご存じのように、改革は聖ピオ十世の働きが大きかったです。厳密に言うと、トレント公会議が決定した改革を聖ピオ5世は実施したにすぎません。聖ピオ5世はトレント公会議が終了してからの最初の教皇だったからです。ことに典礼の改革は有名ですね。改革といっても、もちろん第二ヴァチカン公会議のあとに起きたような改革と全く異質です。トレント公会議の典礼の改革の目的は、単に信仰を復興するために、典礼において聖伝に沿った精神が改めて重視されるように、強調されるようにするための改革でした。

というのも、多くの教区において、数多くの付属儀礼などが追加されたり、場所によっては本来の典礼から歪みも出てきたりして、信仰を妨げたところがあったのです。聖ピオ5世はこのように、現代に至って我々がまだ使っているミサ典書を編成された教皇です。このミサ典書の旨はローマカトリックにおいてすべてのミサの原型になるように、ローマにおいて捧げられた典礼に基づいて編成されました。もちろん、近代的な発想はなかったので、一律に他のすべての典礼は廃止されたわけではありません。一定程度古い典礼だったら、改めなくても許可されていました。例えば、アンブローズ典礼あるいはドミニコ修道会典礼、あるいはガリカン典礼、あるいはとても古いシャルトル典礼などは今でも残っています。聖伝ドミニコ修道会でミサに与ったことがある方、小さなところで典礼はこことちょっと違うことに気づいたでしょう。

聖ピオ5世はつまり、このような叡智を破滅させることもなく、単に、典礼を復興することが目的でした。改革というより、1570年の教皇勅書、『Quod Primum』は復興だと言った方が正しいでしょう。また、なぜローマの典礼を原型にしたかというと、ローマの行われていた典礼こそがカトリック教義、カトリック信仰を一番優れた形で表現されていたからだという理由でした。ちなみに、聖ピオ5世はドミニコ修道会出身だったので、ローマ典礼は「自分」の典礼でもなかったわけですね。つまり、キリストの生贄とミサの時のその再現を一番表す典礼だったから選ばれました。

ご存じのように、プロテスタントの異端による一番著しい誤謬は生贄についてでした。この結果、祭壇の方向を変えたり、逆さまにしたり、典礼を徹底的に変えたり、言語を方言に訳したり、ご現存を否定したり、司祭職を否定したりしました。それに対して、トレント公会議はそれぞれの誤謬に対して教義を再断言して、典礼においても戒律においても司祭職においても、本来の本質が保たれるように整理整頓しておきました。

そして、典礼について、聖ピオ5世は命令しました。ローマの典礼はラテン圏の全域に捧げる「生命」という原則をたてました。なぜなら、ローマの典礼こそが聖なる生贄であるミサに関するカトリック教義を一番完璧に表現する典礼だからです。そして、この命令は永続に有効であると聖ピオ5世は宣言しました。また、「このミサ典書を改革する人に呪いあれ!」と聖ピオ5世は誡めたほどです。

要約すると、教皇、聖ピオ5世は典礼の改革によって知られています。聖ピオ5世について有名であるもう一点は、トルコ民とイスラム教の欧州への進行に対する心配でした。当時、オスマン帝国は地中海の海岸のほぼ全域を支配していました。ところが、地中海というと、中心なる交通海路と貿易海路で、皆、通っていた海でした。そして、オスマン帝国系のガレー船は地中海の商船や町を攻撃したり、掠奪したり、キリスト教徒を拉致して奴隷にさせたりしました。それは今に始まったことではありませんでしたが、16世紀になるとオスマン帝国の海上覇権は天辺に立って、会場の治安は非常に悪かったのです。

聖ピオ5世はこういった拉致や治安の問題を解決するために、カトリックの諸侯、王々を呼びかけて、聖なる同盟を組み、オスマン帝国の海軍による地中海の侵略を食い止めるように要請しました。この結果、かの有名なるレパント海戦に至ります。聖ピオ5世がいなかったのなら、このような同盟は実現しなかったと思われます。つまり、カトリック同士の喧嘩は絶えなかったので、聖ピオ5世は「これらの喧嘩や対立を一旦捨てて、いま深刻な状況であるので、しっかりしろ。多くの霊魂の救いはあなたたちの行為にかかっている」というような呼びかけでした。このように、聖ピオ5世はこの同盟の設立のために貢献して、そして、オスマン帝国に対して宣戦して、レパント海戦という決戦に至ります。



さきほど、ナポレオンについてマレンゴの戦がありましたが、今度はレパント海戦ですね。この意味で、聖ピオ5世も歴史上の有名な決戦の主要人物でした。しかしながら、革命思想を広く流すためのマレンゴ戦とは打って変わって、レパント海戦はイスラム教の侵略から欧州を守るためでした。

レパント海戦のために、聖ピオ5世には武器がありました。
ご存じのように、ナポレオンは最初、砲兵隊の中尉でしたが、ナポレオンはその後、多くの凱旋や勝利を抑えた一つの理由はナポレオンが戦略上、大砲などの運用に秀でていたからと言われています。聖ピオ5世の大砲はナポレオンとの大砲とかなり異なる趣きでありました。イスラム教の侵略に対する十字軍を打ち勝つために、聖ピオ5世はキリスト教圏全域に、ロザリオの十字軍を行うように命令しました。つまり、ロザリオという祈りを推奨して、オスマン帝国と戦っていく諸侯のために祈っていったのです。

そして、1571年10月7日、その日はレパント海戦の日でしたが、神聖ローマ皇帝カール5世の庶子にあたるドン・フアンが率いた艦隊はアドリア海の出口あたりで、オスマン艦隊を長くさがしていましたが、いよいよ接触しました。ギリシャの南にある、コリントとギリシャとの間で、パトラ湾に両艦隊が接触しました。日曜日の朝でした。パトラ湾に臨むレパント港を出たばかりのオスマン艦隊はいきなり前に現れました。キリスト教の海軍は不利な状況で海戦に臨みました。艦隊の規模ではなかったのです。というのも、戦艦数でいうと神聖同盟の方は多少に多かったですが、不利でした。なぜなら、太陽に向かっていて眩しかったからです。戦闘隊形をとるために太陽を前にせざるを得ませんでした。さらにいうと、風に逆らっていました。逆に、オスマン帝国の艦隊は風が有利となって、太陽も有利となって、戦いに臨むための最高の状況にありました。

そこで、戦いが始まる前、従事司祭もいましたので、戦艦で多くのミサが捧げられて、軍人たちは告解して聖体拝領しておきました。そして、攻撃開始の瞬間の時、オーストリアのドン・フアンの戦艦に、十字架上のキリストの御旗が高く揚げられました。オスマン帝国の将軍、アリ・パシャの戦艦にはイスラム教を象徴する新月旗が揚げられました。かなり激しい衝突となりました。そこで、海戦の時に不思議なことが起きました。急に、風向きが逆となったのです。つまり、風が逆の方向性に吹き出します。急に。キリスト教の艦隊にとって不利だったところから、海戦がはじまった瞬間に有利となりました。このおかげで、数時間後には、オスマン帝国の艦隊を壊滅させました。壊滅させたということはつまり、海戦を勝っただけではなく、オスマン帝国の地中海への覇権を決定的にやぶり、その覇権は終焉を告げて、二度と同じ軍力までオスマン帝国が回復することはなかったということです。

そのとき、ローマにいた聖ピオ5世は海戦の日に天啓を受けました。つまり、レパント海戦の展開を見ていました。そして、勝利したことをも見ました。この勝利を受けて、聖ピオ5世は10月7日、「ロザリオの聖母マリア」という祝日を設定しました。レパント海戦の奇跡的な勝利を祝うためでした。ですから、聖ピオ5世から我々は多くの恩をいただき、立派な勇気のある教皇でした。また、彼の模範を仰いで、我々も多くの教訓を得られるのではないでしょうか?

聖ピオ5世はローマでつましい環境で質素に亡くなられました。今でも、ローマに行ったら聖ピオ5世の墓はあります。サン・ピエトロ大聖堂ではなく、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の中の小聖堂にあります。天主のみ前に聖ピオ5世は出廷された時、多くの手柄や実りを果たしたうえで亡くなり主の前に出られた幸いな者でした。「Sic transeat gloria mundi」。「この世の栄光はこのように過ぎ去るよ」。

自尊心のため、自分の栄光のため、野望のため、地位、権力を望む者に不幸あれ。いずれか、天主の前に総決算の時が来ます。その責任、やったことが問われる時がきます。我々一人一人も、それぞれの立場で程度の多少はあるものの、それぞれ責任がありますので、こういったことを考えると我々も恐れずにいられません。

今日、5月5日、聖ピオ5世の祝日ですが、また聖母マリアの月である五月なので、それを機に、現代の困難と試練の中に生きている我々のために聖ピオ五世を取りなしに、聖母マリアの加護を希いました。レパント海戦の時、風の方向を奇跡的に逆にされてキリスト教徒を勝たせた聖母マリアに祈りましょう。
聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン


天主を馬鹿にして、罰せられずには済まぬ

2021年08月05日 | お説教
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの、ビルコック(Billecocq)神父様によるお説教をご紹介します。
※この公教要理は、 白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために書き起こしをアップしております

天主を馬鹿にして罰せられずには済まぬ

ビルコックBillecocq神父様の説教
2021年5月31日
Saint-Nicolas du Chardonnet教会にて

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

いと愛する兄弟の皆様、本日、パリ教区では、ノートルダム大聖堂の聖別式(献堂式)を祝う日なのです。毎年、お祝いする献堂式の記念日というのは人に例えるとちょうど洗礼を受けた日を祝うことと似ています。教会あるいは大聖堂の献堂式というのは、天主に奉献された日であり、天主のために聖別された日となります。そして、聖別されたら、毎年この献堂式の日を祝い、そうすることによって、最初の聖別を想いだして祝うのです。

さて、天主のために教会を聖別して奉献する理由とは何です?教会の献堂式とは非常に古い儀式なのです。旧約聖書において既にありました。というのも、神殿は聖別されるようにと天主は命じたからです。そして、ソロモン王は神殿を造ると荘厳に献堂式がささげられました。そして、そのあと、毎年、この献堂式を祝う習慣もありました。

バビロンへの追放の間、神殿は破壊されました。そして、Zorobabelゾロバベルの時代、ヘブライ人はパレスチナに帰れた暁に、新しい神殿が造られましたが、もう一度天主のために聖別されて、献堂式が挙げられました。このように前例に従って、カトリック教会は天主のための建物であるすべての教会を聖別すべきだと決定しました。

そのため、司教は教会を聖別しますが、かなり荘厳な長い典礼となります。献堂式の時、教会を聖別するだけではなくて、祭壇をも聖別します。それから、教会の壁へ聖水を投げて、また教会の柱に聖油を塗るのです。ここの教会においてもすぐ見られます。それぞれの柱には十字架のしるしがあるかと思います、塗油された場所です。柱は12本あります。12人の使徒を象徴する柱です。

教会の柱である使徒たちを象徴します。また、聖別の日、それぞれの柱の十字架しるしの前に、特別な蝋燭が点されます。また、教会の中の地面には、灰に書かれた十字架に、司教がラテンとギリシャの文字を書いて、この教会は天主の物だよということを示す式などもあります。


要するに献堂式というのはとても荘厳で壮麗な祝いであり、その記念日はずっと重視されて大切にされました。なぜでしょうか?
教会は神殿だからです。そして神殿は宝石箱なのです。言いかえると安置するための場所なのです。つまり、宝石箱よりも偉大な立派な大切な物を安置するための場所だということです。聖別された宝石箱であり、聖なる宝石箱となります。つまり、いとも貴重な宝石箱となります。

なぜなら、それ(宝石)よりもいとも貴重な物を納まっているからです。二つの貴重なものが教会に安置されています。王の王であるイエズス・キリストです。ご聖体におけるご現存によってです。そして、さらにいうと、ご現存によってイエズス・キリストは体現されておられるすべての玄義も入れられてあります。それは、至上の玄義であるミサ聖祭も含めてです。祭壇上に再現される十字架上の聖なる生贄というミサ聖祭です。

この世において、地上では、我々と一緒にましまし給うイエズス・キリストより偉大なものは存在しません。また、この世において、地上では、イエズス・キリストのご現存に伴う聖なる生贄より偉大なものは存在しません。イエズス・キリストと十字架上の生贄は一体化しています。また、ご現存(ご聖体)と十字上の生贄の再現、ひいてはミサ聖祭は教会においていとも聖なるように行われているわけです。

ですから、ご聖体もミサ聖祭もあらゆるものごとより神聖で、何よりもいとも聖なる事柄なので、それを行うために、安置するために、いとも聖なる宝石箱が必要となります。聖別された宝石箱が必要となります。このように、叙階式の時、ミサ聖祭ひいてはイエズスご自身を捧げるために特別に聖別されて奉献される司祭と同じように、ご現存であるご聖体を安置するために、そしてミサ聖祭が行われるために、教会も聖別されます。

ですから、いと愛する兄弟の皆様、教会は天主の神殿です。神殿に入ったら天主を畏怖すべきです。ですから、教会に入るためには畏敬を抱かなければならないのです。そうするために、カトリック教会は教会への入堂のためにいくつかの規定を制定しました。態度と服装に関する規定です。聖別された神殿なので、聖なる場所だからです。我々は天主に対して畏敬を示さなければなりません。

こういった畏敬は内面的であるのです。しかしながら、われわれは霊魂と肉体の一体なので、外面的にも示すために、具体的な仕業や行為で体現します。ですから、教会内ではたべてはいけない、しゃべってはいけない、躾よく礼儀正しく振舞うべき所以です。また、典礼において、座り、跪き、立ち上がりなどの動きも義務化されているのはそのためです。聖なる神殿であるからです。また聖なる神殿において、いとも聖なる行いとご現存があるからです。

いと愛する兄弟の皆様、献堂式を祝ったりするのは、それよりも大事な玄義を理解するために存在します。本日の福音(献堂式の記念ミサ)において語られている玄義です。お分かりのように、本日の福音は神殿の献堂式についてではありませんでした。普通に考えたら、なにか旧約聖書の献堂などといった朗読があるだろうと期待してもいいですね。献堂式の記念日ですから。

しかしながら、そうなっていないのです。本日の福音(ルカ、19)は、ザアカイの家へのイエズス・キリストの訪問となります。カトリック教会はなぜこの福音を今日置いたでしょうか?我々に何を思い起こさせるためでしょうか?

簡単です。岩から建てられた神殿が存在すれば、それよりも貴重な大事な神殿があるよということを思い起こさせるためです。肉体からなる神殿です。我々の身体のことです。聖寵によって、我々の身体は聖霊の神殿となっています。我々も、洗礼を受けた日に、聖霊のために聖別され奉献された神殿となりました。洗礼の時、水は注がれたことによって、聖なる三位一体がわれわれの霊魂において入りましたが、我々は天主の物となりました。

しかしながら、思い出しましょう。洗礼の儀礼の時、司祭は他に何をやるでしょうか?司祭は受洗者の身体に聖油を塗ったのです。教会の柱に聖油を塗る司教と全く同じ意味です。このように、我々は身体においても霊魂においても天主の物となりました。身体も霊魂も奉献されました。またこのように、霊魂に対しても身体に対しても、我々は身体と霊魂に値する畏敬を払われなければなりません。ですから、質素で慎み深い態度で振舞い、つつましく上品な服装を全うする義務はそこから生じます。我々は聖霊の神殿だからです。

教会内での規定は、我々がどこでもいつでも守らなければならないのです。聖霊の神殿であることを忘れてはいけません。カトリック信徒ならだれでも、どこにいようとも、天主の神殿であるので、その分の尊厳と畏敬が必要です。ほら、考えてください。教会などの聖なる場所に対し、力を尽くして大切にしているのと同様に、我々一人一人も聖霊の神殿としてそのように力を尽くして大切にしなければならないのです。我々の身体をも尊厳に全うして畏敬して精華させるべきです。

いと愛する兄弟の皆様、現代のカトリック教会の不幸はそこにあります。特に、典礼の改革の最も大きな弊害は天主への畏敬、畏怖、それから天主に値する荘厳、尊厳を表すようなすべてのことごとを排除したことはもっとも不幸なことです。

それ以降、建てられた神殿はもはや何の神聖さを発揮しなくなったし、聖職者ですら神聖や聖なることを体現しなくなったわけです。残念ながら司祭服などを排除することによって行われた非神聖化が進められました。そして、次はどうなったでしょうか?当然と言ったら当然ですが、平信徒も司祭の模範に従ってどんどん下品にだらだらとなっていきました。それは当然です。天主への畏怖も、教会への畏敬も、自分自身への畏敬もなくなったからです。

いと愛する兄弟の皆様、本日、パリの大聖堂、ノートルダム大聖堂の聖別記念日を祝います。大聖堂は焼かれたことがみ摂理の御業であるかもしれません。少なくとも天主の御手にある出来事であったことに違いありません。
ノートルダム大聖堂の破壊という悲劇は、我々に何が思い起こさせるでしょうか?はい、ノートルダム大聖堂の火災は悲劇です。惨事です。
第一の教訓は、岩から造られた神殿は永遠のために創られたのではないということ教えがあります。いずれか、岩からの神殿は破壊されます。この世に、我々に霊魂の世話のために存在する岩の神殿です。それは覚えておくべき第一の教訓です。

そして、こういった火災は天主が許可されたのですが、ちなみに、世界中の多くの人々はノートルダム大聖堂の火災をみて、その尖塔の落下をみて泣き出したわけです。悲劇ですから。しかしながら、天主はその火災を許可したわけです。それは、冒涜などの忌まわしい行為にたいして天主がいずれか罰することを忘れないように、思い起こさせるためです。

ここにいう冒とくは新しいミサであれ、エキュメニカルなどの儀式であれ、数多すぎるほどあります。天主のみ前に嫌悪される酷い冒涜の行為です。そういった冒涜行為が行われる場所である天主の神殿を傷つける行為です。これら冒涜行為は神殿を汚すのです。
ですから、そこに教訓があります。天主はこのような火災を強化することがあったら、我々が天主に対して無礼なこと、侮辱などの行為、罪を犯すことにおいて、特に身体上の慎みを破って、淫乱の罪にかかる行為に対しても、天罰を下ることもあることを忘れてはいけません。永遠に地獄で焼く霊魂がいることを天主は許可しています。

ですから、いと愛する兄弟の皆様、畏敬や畏怖を軽くしたら大変なことになります。聖書にしるされているように「天主を馬鹿にして罰せられずに済まぬものだ」。天主を馬鹿にして罰せられずに済まないものです。
典礼などにおいてその美しい規定に従って、天主の神殿に対して畏敬を払うべきですが、それよりも大事な貴重な神殿があることを忘れないでおきましょう。それは神殿となっている我々の身体です。なぜなら、身体は聖霊の神殿だからです。聖なる三位一体ひいて、聖父と聖子と聖霊は我々の内に居を構えておられるからです。

ですから、いと愛する兄弟の皆様、これらの出来事を見て、教訓を覚えておいて、実践しましょう。また聖母マリアに祈りましょう。聖別される意味、聖なる身体として奉献された意味を深く体現できるように祈りましょう。
はい、我々は洗礼によって聖別されて天主に奉献されたものです。もはや自分自分の物ではなく、天主の物であるからこそ、我々の身体を天主に値する奉献物として質素に慎みぶかく汚してはいけないのです。模範として教会をどれほど大切にしているかを参照しましょう。

また聖母マリアを見ましょう。聖母マリアこそはご出現されるたびに、特に子供の前に、聖母マリアを見た子供などは聖母マリアについて「美しき婦人」と言います。
また、多くの霊魂も回心すると、特にこの教会、聖ニコラで善くある話ですが、はじめて聖伝の典礼に与ったら、「美しい」と評価します。
同じように、いと愛する兄弟の皆様、だれも我々を見て言えるように努力しましょう。「美しい信徒」と。つまり、見た瞬間で、カトリック信徒であることが見えているように。美しいから、天主の聖なる神殿であるから。
ですから、天主への畏敬を体現する、天主の神殿である我々の身体への畏敬を実際に体現して実践するように聖母マリアに祈りましょう。

聖父と聖子と聖霊とのみ名によりて、アーメン

聖母の汚れ無き御心教会の献堂式の動画です。フィリピン イロイロ島



お城が学校になる!フランス自由テレビ 『伝道地』

2021年08月03日 | カトリック
白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんの動画をご紹介します。
※白百合と菊Lys et Chrysanthèmeさんのご協力とご了承を得て、多くの皆様の利益のために、動画の書き起こしをアップしております

お城が学校になる!



TV Libertés Terres de Mission 
自由テレビ 『伝道地』
作家Sacha Guitryサシャ・ギトリの城がドミニコ修道会のシスター経営のカトリック学校に!

Jean-Pierre Maugendre ヴェルサイユの近くにあるFontenay-le-Fleury市のTernay城におります。南フランスのFanjeauxに本部をおいてあるイエズスの聖なる御名修道会のドミニコ修道女が案内してくださることになります。Ternay城はかつて、Sacha Guitryサシャ・ギトリの城でした。現在、修道会のお城となりました。
さて、最初の質問です。購入する前の、この城の歴史ご紹介していただけるでしょうか?

Diane-Marie修道女 Ternayという地名の最初の出現は15世紀末の公正証書において見られます。Ternayは恐らくラテン語のTernasに由来しておりまして、「第三、三番目」との意味であります。というのも、Le Vicomte家の三番目の領土だったことから転じます。当地の封領はVillepreuxにあり、そして第二の領土は本学校の隣にある「Ferme des Graviers」にありました。

1740年になって、Grassot氏はTernay城を購入しました。狩猟御用官(王室のための狩猟用の領土などを担当する官職)だった彼のお陰で、Ternay城の領土は整えられて庭も整備されて、済みやすい家に建て直されたと思われます。1770年になってルイ15世はTernay領土を購入しました。当地にとって大出来事でした。というのも、その時、Ternay領土は王領に格上げされて、ルイ15世の狩猟御用領土となったからです。そして、1774年、ルイ16世が即位した時、Ternay城を継承しておられて、高等賓客のために使わされたのです。

1793年になって、革命によってTernay領土は「国家財産」と宣言されて、また革命期の間、領土の建物や庭などに対する弊害は多かったのです。それを示すのは19世紀の間に行われた大がかりの修理工事でした。修理の建築様式は総裁政府時代の建築様式です。革命以前から残ったのは本館だけです。それから、1938年になって、Sacha GuitryはTernay城を購入しました。

名声のあるその作家は週末や夏季をここで過ごしていました。庭と家をさらに整備しました。また、ヴェルサイユ宮殿にあるル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌを模倣しながら、小さな動物園のようなものを設けました。その時代、多くの動物は庭で自由に放し飼いされていました。1957年、Sacha Guitryが亡くなると、領地は売られて、2015年まで市井の家族がここに住んでいました。そして2015年に当地の学校が開校します。

Jean-Pierre Maugendre 学校についての質問ですが、修道会系の女学校の特徴、教育方針について説明していただけるでしょうか?

Marie-Pascale修道女 全国の他の学校(13か所)と同じく、本校においても第一の目的は遺産を伝えていくことにあります。まず、信仰という遺産です。またギリシャローマの文明において育まれた信仰の遺産を伝えていきます。
また、文学や歴史上に残された真善美の作品などを教えることによって、人間という存在への理解を深めて、その神秘とその目的、存在理由と運命に接するように努めております。

女学校なので、さらに、女性に与えられている特別な使命と役割を教えて、つまり、大人になってから生徒たちが担っていく役割を立派に果たすように生徒たちを指導しております。このように、教えられる文化を元に、私たちの生徒は人生にかかわる基本的な現実や物事に対して客観的な判断と評価ができるように努めて、そのおかげで生徒たちはより完成な人になっていくように、自由になっていくように努めております。
このようにして、今日の女子をそれぞれの召命に従って、置かれた場所で、立派なカトリック女性になっていくように養成するという教育方針です。

Ternay領土は岩や緑や水からなる詩のような場所です。ヴェルサイユ宮殿とパリからすぐ近くにありまして、教育事業に従事するために、またドミニコ修道会の召命に従って教育するために理想な場所です。
このように、建物の修理や庭の整備の計画をやっております。このように、Ternay領土は大昔のように復活して、復興して、ヴェルサイユ宮殿を心にした王冠の一つの輝かしい宝石になるように努めております。

Jean-Pierre Maugendre
 さて、遺産という意味で、どういった修理などの計画があるでしょうか?購入した時の状態はどうだったでしょうか。そして今までどういった修理などは行われたでしょうか?

Diane-Marie修道女
 購入した時、よい状態で引き継ぎました。現在、いくつかの修理工世事を行うことによって、当地の特別な雰囲気と性格を維持するように努めております。つまり18世紀風の建物です。庭に関して、特筆すべき樹木を維持する方針です。例えば、オーストリアの立派な樹木がありまして、18世紀の樹木なのです。また、フランス風の庭、この庭が最初に創られた時のスタイルを復元する予定です。フランス風の整然とした風に合わせて、穏やかなカーブを持つイギリス風の庭なのです。



Jean-Pierre Maugendre 本日のルポルタージュにおいて、当地の遺産にかかわる者を中心にご紹介しております。切っ掛けとして、「Valeurs Actuelles誌」の記事で、「シスターたちが国家遺産を維持してくれる!」と題された記事です。
それから、増築の計画もあると聞いておりますが、詳細を聞かせてください。

Marie-Pascale修道女 増築の計画は具体的にいうと二つの別館を作ることにあります。両別館合わせて、一階での広い二つの部屋、それから、二と三階で合わせて教室を14つ整備して、本館と歩道橋でつながらせる計画です。建築の計画は領土の様式を尊敬して合わせて造るということです。庭の均衡も保って、町側で庭の低度あたりに建てるという方針です。建築家、Madelin氏によると、「森の宝石に安置された海中の別館」となる予定です。国会遺産の建築家や国会財産委員会の調査委員会の基準を満たすために、建築家はほぼ20ほどに計画を見直すことがありました。最初の提案は大昔の図式をそのままに採用することでしたが、何度も修正版を経て、より斬新的な建築計画となっていきました。

Jean-Pierre Maugendre 先ほど申し上げた記事において、ヴェルサイユ宮殿の管理保管長は本計画について非常に積極的に称賛したと記されています。Marie-Laure de Rochebruneです。彼女はここに来たと思いますが、どういった反応だったでしょうか?

Diane-Marie修道女 Rochebrune氏をはじめ、他の多くの方々もそうでしたように、当地を訪れて、美しい遺産だとすごく驚嘆されました。ヴェルサイユ宮殿の管理保管長としても、他の方々よりもヴェルサイユ宮殿との特別な絆を深く感じられたようです。また、教育でいうと、どういった芸術の教育を生徒に伝えているかを見て、大変に喜ばれたとされています。



Jean-Pierre Maugendre さて、そろそろ最後になりますが、結びの言葉はあるでしょうか?また、具体的に協力したいと思うなら、どうすればよいかを教えてください。

Marie-Pascale修道女 結びとして、Ternay城で過ごしている若い娘は詩人になる話をやりたいともいます。内の一人の生徒が作成した詩です。小学校四年生です。「我が学校」と題されています。
「王たる住いよ、大昔はこの松の下にルイ15世はおられたのではないのか?
昔の門は王の前に開かないが、夢の並木道を歩く女子たちを教室まで道ばれる
美しき天井の下と豪華な壁に囲まれて、教室で時間が経つ。
城主となった有名な作家もここに住んだよ。
私らも羊毛の帽子をかぶっても、城主になったよ。」

Jean-Pierre Maugendre なかなかうまかった。さて、視聴者たちが協力したいと思うのならどうすればよいでしょうか?

Marie-Pascale修道女 庭園の維持に貢献して、樹木一本でも植えることを支えたい方がいらっしゃるでしょうか?あるいは、ヴェルサイユの平に位置している王たる空気の一本の維持のために協力したい方がいらっしゃるでしょうか?あるいは、別館の建築に、岩を一個でも一〇個でも建てるために協力したい方がいらっしゃるでしょうか?
Peguyの言葉を借りたら、フランスもキリスト界も続くために協力したい方がいるでしょうか?未来の世代へ知識や文明を伝えていくために協力したい方がいらっしゃるでしょうか?
ぜひともウェブサイトのwww.scholae-fanjeaux.orgにて、寄付するための詳細情報がありますので、ご参照までよろしくお願いいたします。

Jean-Pierre Maugendre 院長様、私たちを迎え入れてくださってありがとうございました。
次回の番組のため、また来週に会いましょう。そこまで、聖父と聖子と聖霊である天主様のご加護があるように。皆さま、よい日曜日、よい週になるように。